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32 素人vsプロ(ざまぁ回)

 第4班の最期の一撃は、いつもそよ風が吹き抜けるようにさりげない。

 ロウソクの火を「ふっ」と軽く吹くかのように、命の灯火をこの世から消していくのだ。


 吹き消された者の多くは、背後から首を斬り落とされ……。

 宙に浮いた生首を通り過ぎていく剣閃で、己の最期を知る。


 そしてここに、またひとつ、消えゆく炎が。



 ……フッ!



 この音は、いつもの吹き消された音……ではなかった。

 オッサンが、ほんの少しだけ動いた音である。


 今まで何の変哲も無かった、彼が……。

 肩をゆっくりと上下させる以外は、なにも動かさなかった彼が……。


 ブオンブオンとうるさい羽虫が顔にたかっても、払いのけることもせず……。

 チクチクと刺す虫に肌を刺されまくっても、叩くこともせず……。


 なにもしなかった、彼……。

 この世のすべてのものを受け入れる仙人のように、あるがまま、なすがまま、されるがままに……。


 ただじつと(●●●)、佇んでいたはずなのに……。


 隔世(かくりよ)から使わされたような、死神の鎌だけは。

 なんの気配もなく放たれた、白刃に対してだけは、



 ……スカッ!



 と皮一枚を残すほどにギリギリに、首だけを傾けてかわしてみせたのだ。

 背後からの剣閃を、首が飛ぶことなく拝んだ初めての人間となったのだ。


 しかしこれだけであれば、奇跡的な偶然、ともいえなくもない。


 座禅の位置が悪くて直したのだろうと、思えなくもない。

 死に際に、宝くじの特等に当たるほどの運を使ったのだろうと言えなくもない。


 姿なき暗殺者は、絶対の一撃に手応えがなかったので「!?」と目を剥いていた。

 それでも彼もプロである。すかさず返す刀で二撃目を放つ。


 しかし野良犬マスクも同時に動いていた。

 振りあげた木のフォークが、彼の手の中でくるくる回転。


 頂点で、逆手に握りなおされたそれが、闇を巻き込むように振り下ろされると、



 ……グサッ!



 プロの二撃目よりも圧倒的な速さで、プロの手の甲を貫く。

 プロたちは魔法金属の手甲をしているのだが、それすらも豆腐のように貫通し、フォークの隙間で指の骨を挟み込んでいた。


 かっさばいた腹から臓物(わた)を取るように、突きたてたナイフをぐいと引くと、



 ……ずるりっ……!



 と闇の腸のような手が引きずり出される。

 それは暗殺のプロフェッショナルである、第4班の姿が初めて、第三者の手によって白日のもとに晒された瞬間であった。


 とはいえ薄闇。とはいえ片手。

 しかしながら彼らにとっては、照りつける太陽のもとに投げ出された、ミミズ同然の衝撃……!


 彼の手はそのまま、間違って海辺のバーベキューに飛び込んでしまったトビウオのように、



 ……ジュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーッ!!!!



 焼けた石板に押し当てられ、焦がされるっ……!!



「ふんぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ------------っ!?!?」



 声なき悲鳴が激しく噴き上がる。

 死にかけの蜘蛛のように暴れる手から、薄汚れた煙と、皮膚が焼ける匂いがたちのぼる。



「ふぬっ!? ふぬっ!? ふぬぬぅぅぅっ!?」



 影は……いや、もはやひとりの男となってしまったその者は、涙声を振り絞り、石板から懸命に手を引き剥がそうとする。

 肉を焦がす手を踏ん張るだけでなく、あいている片手で手首を掴んで、力の限り引き寄せた。


 しかし、微動だにしない……!?


 オッサンは片手のみ。

 鉄板で転がるウインナーを軽く抑えこんでいる程度の力しか、入れていないように見えるのに……!?


 また、風が切れた。



 ……ヒュンッ!!



 別の影が、首ではなく、今度は背中を狙ってきたのだ。

 オッサンはあぐらという、すぐには動けない態勢で座っているので、この一撃をよけることは不可能。


 しかしオッサンは、自分の横に並べてあった、孫の手のように長いフォークを掴むと。



 ……ガキィィィィィィィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!



 自分の背中を掻くように、刃を受け止めたっ……!

 そして背中に担いだ刀を引き抜くように、すらりと孫の手を抜くと、



 ……ドスッ!



 ふすまの向こうにいる相手を突くように、肩越しにひと突きっ……!



「ふぐうっ!?」



 腹を抉られ、息を吐きながら前のめりになる影。

 黒ずくめの顔が、がっくりとオッサンの肩に乗る。


 もちろんこれで終わりではない。


 オッサンは男の襟を掴むと、背負い投げをするように、相手の身体を持ち上げる。


 叩きつけるのは背中ではない。叩きつける先も畳などではない。


 男の顔面を、石板めがけ……!



 ……ゴシャッ!!

 ジュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーッ!!!!



 鼻が潰れ、顔全体が焼け石に密着。



「ふんぎゅぅぅぅぅぅぅっぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」



 焼けた鉄のマスクを被らされたような、眼球が煮沸するほどの、豪熱に晒されるっ……!


 まるでワープホールを覗いたら、その先は火責めの山だったかのように……。

 顔面だけひと足はやく、地獄にたどり着いてしまったかのように……。



「ふんぎゅっ!? ふんぎゅっ!? ふんぎゅっ!? ふんぎゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」



 男は狂ったようにあばれまくった。

 しかし水責めのように後頭部をオッサンに押さえられているので、逃げられない……!


 オッサンの人間とは思えない動きに、まだ闇に潜む4班の者たちは一瞬たじろいだ。

 しかしアイコンタクトをすると、一斉に飛びかかる。


 それは、人の世において最も激しく、しかし静かなる戦いの幕開けでもあった。


 オッサンは焼いていた手と顔を解放すると、調味料の入っている竹筒を掴み、



 ……バッ!



 と背後に向かって振りまいた。



「ふぐっ!? げほっ! ごほっ!? がはっ!?」



 たちまちむせる影。

 そのうちのひとりが、孫の手によって襟首を掴まれ、また引きずり出される。


 オッサンは一本釣りのように、孫の手を釣り竿のように操って……。

 またしても背負い投げのように、石板に叩きつけるっ……!



 ジュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーッ!!!!



 傍目から見たらそれは、バーベキューでふざけたDQNが、鉄板に飛び込んでいったようにしか見えなかった。



「……へっ!? へんっ!?」



 岩場から離れた茂みの中から、その様子を覗いていたストロングタニシは、思わず素っ頓狂な声を漏らしていた。

 あの薄闇のなかで何が起こっているのかよく見てやろうと、禁断のゴーグルを取り出す。


 一瞬ためらったものの、「これは緊急時だ!」と自分に言い聞かせて一気に被る。

 そしてとうとう、抑えきれなくなった。



「なっ、なんだっ!? ありゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」

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