27 素人の罠4(ざまぁ回)
すべての境目が取り払われたような、漆黒の闇。
すでにそこに溶け込んでいるような、6人の男たち。
しかし彼らは、確かに境界によって分れていた。
まっぷたつといっていいほどに。
『他人の命を握った者』……。
『他人に命を握られた者』……。
そのふたつに……!
命を握られてしまったのは、班長をはじめとするふたりの隊員。
彼らの命を握っているのは、3人の隊員。
奇しくも握っていた側は、その班においても後輩……立場の弱い者たちであった。
班長の配慮で、先輩と後輩のペアに分れていたのだ。
後輩たちはすでに暗殺のプロであったが、何かについて先輩風を吹かせる彼らを快く思ってはいなかった。
偶然にも隊長がハゲになってしまったので、調子にのって他の後輩たちも掴んでいたツタを緩め、ぶら下がっている先輩の髪を毟ろうとする。
……バリバリバリッ!
「ぎゃあああああっ!?」
「あぐううっ!? うがああああっ!?」
逆さ吊りのまま芋虫のようにもがく彼らを見て、後輩たちは小躍りして喜んだ。
「ぎゃっはっはっはっはっ! 髪の毛が! 髪の毛がっ!」
「まるで逆さになった、てるてる坊主みてぇになっちまったぞ!」
「それも3つも! ぎゃはははははははは!」
「しかもよく見たらお前のヤツ、頭の皮まで剥がれちゃってるじゃねぇーか!」
「てるてる坊主のくせに赤い雨を降らせるだなんて、ケッサクだな!」
彼らの様子は、かつての関係など、まるでないかのようであった。
吊られていた先輩たちからすれば、彼らなりに目をかけてやっていたつもりだったのに。
それなのに、まるで赤の他人……いいや、むしろ敵……。
いやいや、それすらも通り越して、子供たちと昆虫のような関係性……。
吊られた者たちは今や、余興のために手足をむしられる、カナブン同然であった……!
「や……やめろっ! やめてくれぇぇっ!!」
「こ……こんなことをして、タダで済むと思っているのか!?」
「このままじゃ、我ら第2班は任務失敗となってしまうぞ!?」
そんな正論ですら、残忍な子供たちには羽音程度にしか響かない。
「べっつにぃ~!」
「任務よりも楽しいこと、見つけちゃったしねぇ!」
「それに任務失敗になっても、その責任は班長に行くでしょ?」
……思い出してみてほしい。
勇者たちの、出世のための手法を。
『外部の敵を倒して功績をあげる』よりも『内部の味方を蹴落とす』……。
それはチャンスさえあれば、任務中とて例外ではなかったのだ……!
「わ……わかった! キミたちは疲れているんだろう!? すぐにこの任務を中断して、帰投しよう! そしてしばらくこの島で、バカンスを楽しむんだ! 失敗の責任は、ぜんぶ私が負うから……!」
「失敗じゃなくて、中断じゃあなぁ」
「責任を負うなんて言っといて、あとあと俺たちにロクでもない評価を下すつもりでしょ?」
「アンタのやり方はわかってるんだよ! 気づかうフリして、副隊長に精神薄弱だと訴えて、神尖組から追い出すんだ! それで俺の仲間を何人も、訓練場送りにしやがった!」
「じゃ、じゃあ、どうすればいいんだ!? なにをすれば、キミたちは私たちを助けてくれるんだっ!?」
「そうだなぁ……んじゃあまずは、ズボンをずりあげて、逆さションベンでもしてもらうか」
「なんだとっ!?」
「ああっ、それイイ! 『浄化』を記録するための記録玉もあるから、ソイツを使って、バッチリ真写に撮ってやろうぜ!」
「それを本部に提出したら、すげー面白ぇことになるかも!?」
「本部のヤツらが粛正の真写と間違って、記念館に引き伸ばして飾ったりしてな! ぎゃはははははははは!」
『記念館』というのは、正式には『勇者清浄偉績記念館』。
勇者が異教徒たちを『浄化』した、記録の真写や資料などが集められた場所である。
斬首に使った拷問器具や、それが実際に使用された瞬間の真写などが、大きく引き伸ばされて展示されている。
ちなみに勇者学校では、修学旅行に必ず行く場所のひとつとなっている。
「ションベンだと……!? ふざけるなっ!」
「そ……そんなこと、してたまるかっ!」
「俺たちは、穢れた異教徒なんかじゃないぞ! 誇り高き神尖組だ!」
隊長をはじめとする『命を握られた者』たちは断固拒否したが、ツタを少し下げられ、頭皮を剥かれた途端、
「ひぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ~!?」
「やりますっ! やりますぅぅぅぅーーーーっ!!」
「やりますから! やりますから! 下げないでぇぇぇぇぇぇーーーーっ!!」
ジタバタもがいて、あっさりとチャックをおろす。
そして三人とも、息ピッタリに。
自分の顔めがけて、一斉に。
放水っ……!
……じょばばばばばばば……!
「ぎゃっはっはっはっはっ! ぎゃーっはっはっはっはっはっはっ!」
「おらっ、顔そむけんじゃねぇよっ!」
「ほらっピースピース! はいチーズっ、と!」
作り笑顔で汚液にまみれる、かつての上司や先輩たちを見て……。
『命を握る者』たちは狂喜した。
重大な秘密を握ってしまったので、運命共同体のような意識が芽生えはじめていたのだ。
「すげえ! 神尖組本隊のヤツらが、まるで弾圧されてるゴミどもみたいだ!」
「これがありゃ、コイツらを一生、俺たちの言いなりにできるぜ!」
「よぉし、コイツらをうまく踏み台にすりゃ、俺たちは第13番隊……いいや、神尖組のトップに立てるかもしれねぇぜ!?」
異種族の『浄化』とは比べものにならないほどの愉悦が、若者たちの中で花開く。
……はらり。
それとは違った類いの花がほころんだかのように、隊長の胸ポケットから、一枚の真写が落ちる。
ひらひらと舞ってきたそれを、若者のひとりが拾い上げた。
それは……家族とともに写る、隊長の写真であった。
暗殺集団に所属していても、やはり人の親であったのだ。
新たなる嗜虐が熾ったかのように、狂気混じりの嬌声があがる。
「うっひょぉーーーっ! 見てみろよ! コレ!」
「ひょっとして、隊長の家族か!?」
「普段は仏頂面してるクセして、こんなツラで笑えるとはなぁ!」
そして、鰹節を見つけた猫のような思考に至るのは、一瞬であった。
「おいおい、奥さんも娘さんも、メチャクチャ美人じゃねぇーか!」
「そうだ、せっかくだからこの女どもも、同じ目に遭わせてやろうぜ!」
「だよなぁ! こんな男のションベンなんかより、ずっといいぜ!」
「俺、この末っ子、ハーレムにいーれよっと!」
「ずるいぞ、俺も同じことを考えてたのに!」
「弄んだら捨てるつもりだから、その時にお前にやるよ!」
そして、鰹節だけでなく、イキのいいカツオが食卓にあると気付くまでに、それほど時間はかからなかった。
「まぁ待てって! 娘がいるのはなにも隊長だけじゃないだろ!」
「あっ、そっか! 他の2匹にも、たしか……!」
「ちょーどツタを持ってるヤツの命を、俺たちは握ってんだ! ソイツの家族も自由にしていいってことだろ!」
「そうそう! 今まで異教徒どもの家族も、俺たちは自由にしてきたしな! 当然の権利……!」
……シュッ!
不意に、レーザーのような銀閃が闇を切り裂いた。
……ガツッ!
「はぐっ!?」「うぎっ!?」「ぎひいっ!?」
同時に前かがみになる、『握る者たち』。
彼らの股間にあったのは……。
……潜入用の、鉤爪っ……!?
虎の爪のようにわし掴みにする鉄爪。
そこには蜘蛛の糸のような、細いワイヤーが繋がっていて……。
いまや『握る者』と化した、『握られた者』たちが……!
かつての『握る者』たちを、『握られた者』に変えていたのだ……!
「お前たちは、俺たちを本気で怒らせた……!」
「そして、忘れていたようだな……!」
「俺たち3人が、鉤爪の名手であることを……!」
「そのうえ調子に乗りすぎて、気付かなかったようだな……!」
「お前たちの心がひとつになったように、俺たちも心をひとつにしていたことを……!」
「俺たちは同時に、貴様らのキンタマを掴むチャンスを、伺っていたんだよっ……!」
「おおっと、動くなよ! 動くと、ワイヤーを引っ張るぞ!」
「鉤爪が貴様らのキンタマに食い込んでいる今、ワイヤーを引っ張れば、どうなると思う……!?」
「ハーレムが開店休業になるどころか、血のションベンを漏らすことになるぞっ……!」
立場、逆転っ……!?