25 素人の罠2(ざまぁ回)
神尖組の各隊には、隊を示す固有のエンブレムがある。
それらはすべて動物をモチーフにしている。
たとえば第15番隊はイノシシ、第14番隊はゴリラといった具合に。
しかし第13番隊には、それが無いとされていた。
神尖組の旗とともに掲げられる隊旗も、黒一色の布。
いや……無いわけではなかった。
見えないだけなのだ。
暗闇のなかで、墨汁をぶちまけたような鴉が……。
死期を悟った者にした目にすることができない死神のように、翼を広げて描かれているのだ。
その事実を知るものは限られている。
そして第13番隊の黒装束にも、同じ色の糸を使った鴉の姿が刺繍されていた。
音もなく進む彼らの元に、羽音ひとつないそれが舞い降りる。
脚爪に握られた、漆黒の紙片に目を通す班長。
「……第1班が、全滅したらしい」
「班長、やはり最初は第1班でしたね」
「相手が素人だと思って、油断したのでしょう」
「ヒヨッコどもめ……」
「賭けにもならなかったな」
「予定時刻より早いが、先陣が全滅したとあっては仕方ない。第2班、出発するぞ」
「はっ、班長!」
闇に翔ぶ天使のように、はばたきすら宵に溶かす鴉を見送ったあと、第2班は行動を開始する。
神尖組第13班の隊長であるゴルゴンは、訓練された鴉を伝書鳥として利用し、各班に指示を出していた。
ゴルゴンはこの『シンイトムラウ』の全てを見通している。
だからこそ第1班の全滅を、いちはやく他の隊に伝令することができた。
各班は山の東西南北に散っている。
明らかなる死角もあるはずだというのに、千里眼があるかのように、ゴルゴンはすべての班の状況を察知していた。
彼にとっては神の住まう山ですら、手のひらの中……!
そしてその中にいる野良犬は、檻の中にいるも、同然……!?
第2班は夜の闇と、折り重なる茂みにまぎれ、誰からも気付かれることなく、じりじりと山を登っていく。
すると、木製のベアトラップが並んでいる地点に到着した。
「……ゴルゴン様の伝令どおりのベアトラップだな」
「いかにも素人くさい配置ですが、この奥にある別の罠に誘うための、偽装だとは……」
「相手は、我々が抱いていたイメージを予想していたのだろう。だからこそこのような二重の罠を仕掛けたのだ」
「はい、なかなか手強い相手のようですね」
「そのようだ、油断するなよ」
「はっ、班長! 我らは、第1班のようなヒヨッコどもとは違うことを、班長にお見せいたします!」
「よし、ベアトラップを解除しろ。奥には落とし穴のように陥没する池があって、触手のモンスターが潜んでいるらしいから注意しろ」
ベアトラップを外した隊員たちは、その先にある地面を棒で突いて調べた。
「確かに、今までとは土の感触が違いますね。ぬかるんでいるように柔らかいです」
「棒で押すと、より深く沈む……か。よし、この感触を頼りに、池を迂回しつつ進むぞ」
「はっ、班長!」
棒を持った隊員を先頭に、一列の陣形をとる。
棒の通りが良い場所を避け、悪い場所を選んで這い進んでいく。
しばらく進んでから、あることに気付いた。
「ああっ、まわりは全部ぬかるんでる。この先へは進めません、引き返しましょう」
「またか、しょうがないな」
「ここは沼地みたいに、ぬかるんでる所だらけのようです」
「まるで、見えない迷路の中を進んでいるような……」
「うぅむ……このままでは夜が明けてしまう。よし、2人ひと組になって、出口を探すぞ」
「はっ、隊長! ……あっ、すいません! 班長が隊長のようにご立派だったので、間違ってしまいました……!」
「おべんちゃらは任務が終わってからにしろ。それよりも身体を動かすんだ。この沼地を抜けたグループがいたら知らせろ。残されたグループは鉤爪ワイヤーを使って、一気に合流するんだ」
「はっ……はい、班長!」
彼らのいる場所は、ぬかるんでいる場所とそうでない場所が入り組んでいるようであった。
もしぬかるんだ場所に入ってしまえば、『ドラウン・テンタクル』の待ち構える池へと、真っ逆さま……。
まるで壁のかわりに、深い深い穴が掘られた迷路のようになっていたのだ。
匍匐前進になって一列で進んでいるので、なかなか出口は見えなかった。
業を煮やした班長は、班員を3グループに別れ、攻略の頭数を増やすことで対応する。
……この判断は、間違ってはいなかった。
相手が素人ではないと判断した場合での、罠の対処方法としては最適解のひとつともいえる。
ただそれは、相手がプロ程度という前提での話。
判断は間違ってはいない。
ただその前提が、誤っていたとしたら……?
人間の世界において、『悪魔』と呼ばれるようなモンスターたちが跳梁跋扈する、彼の地において……。
予知能力で未来を見通すような、『神』と崇められるような者たちですら、罠にかけてきた……。
とんでもない化け物が、相手だったとしたら……!?
すべてが、拙策・愚策・失策……!
そして、田吾作っ……!!
3方向に分かれた班員たちが、散開して進み……。
まるで測ったかのようなタイミングで、別々の行き止まりに、ブチ当たった途端……!
……しゅるんっ!
棒を持って進んでいた者たちの足首に、植物のツタのようなものが巻き付き……。
「「「うっ……!? うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっ!?!?」」」
真っ逆さまに、吊り上げられたっ……!
3人の隊員が同時に、宙ぶらりんになる。
天地が逆転してしまった、彼らの頭の下には……。
……ボコンッ……!
巨大な食虫植物が、土を突き破って現れ、
……ガパアッ……!
人間ですらひと呑みにしそうな口が、花開いた……!
食虫……!
いや、食人植物っ……!?
……ズルズルズルッ……!
吊られた者が、重さでゆっくりと沈んでいく。
すると、残された隊員のそばに落ちていたツタも、掃除機の電源コードのように引きずられていく。
とっさにガッと掴んで引っ張ると、上空の木々に向かってピーンと張り詰めた。
さらに引き寄せると、暗闇から垂れたツタに吊られた者が、連動するように上にあがる。
鋭い刃のようなものが生えそむる、食虫直物の口がガチンと閉じたが、タッチの差で毛先を刈り取るだけですんだ。
「た、助かった……!!」
「ど、どうやらそのツタと、俺の足首についているツタが繋がっているようだ」
「だから絶対に、手を離すなよ……! 絶対、絶対にだ……!」
もちろんそれは、フリなどではない。
「まさか先輩がドジ踏むだなんて!? ひとつ貸しですからね!」
「いっそ首から上を食いちぎられたほうが、モテるようになるんじゃないですか?」
「班長、帰ったら一杯おごってくださいよ!」
などと冗談めかして応えているが、もちろんこれもフリではない。
……彼らはまだ、気付いていない。
第1班が、水責めの拷問で全滅したように……。
この罠が、彼らが数日前、別の集落で仕掛けていた、ギロチンの拷問そのものであることに……!
残された者たちが握っている命綱が、有刺鉄線のような棘にまみれたツタであることに……!
彼らはまだ、気付いてはいなかったのだ……!