24 素人の罠1(ざまぁ回)
隊長であるゴルゴンから、神尖組13番隊の隊員に下された、野良犬暗殺の手筈。
作戦ネーム『野垂れ死に』の全貌はこうであった。
まず30名の隊員を、6人、6人、9人、9人の4班に分け、野良犬が潜む山、『シンイトムラウ』の東西南北にそれぞれ配置。
深夜になったら、北にいる第1班から時間差で出発。
頂上を目指してアタックを行う。
最後に出発する第4班は、現地人であるストロングタニシを連れ、彼の案内によるルートを進む……というもの。
この作戦を副隊長から知らされたときの、隊員たちの反応は、
「たった1匹の野良犬を狩るのに、フルメンバーで出動するのかよ!」
「しかも、最新式の迷彩服を着込んで!?」
「1班……いや、我が隊の新人ひとりでも十分でしょう!」
不満たらたらであった。
しかし隊長であるゴルゴンは、どんな任務であろうとも全力を持って臨む。
その用心深さが、彼を神尖組隊長という、精鋭中の精鋭たる地位に据えている理由でもあった。
部下たちはさらに、火は絶対に使わないということと、巫女は傷付けてもいいが殺してはならないという諸注意を受けたあと、配置についた。
この時期のシンイトムラウは、木々が特に生い茂るため、夜になると森は完全な暗闇となる。
そのうえ迷彩服を着込んだ者たちともなれば、目視は不可能といっていい。
さらに彼らはプロなので、隠密移動においても風にまぎれる程度しか葉を揺らさない。
いくら、野良犬でも……。
いや、たとえ犬神様であったとしても、寝首を掻かれるのは時間の問題かと思われた。
最初に出発したのは、山の北側にいる第1班。
草木も眠る敷闇のなかで、彼らは匍匐前進をしながら進んでいく。
「……あーあ、野良犬1匹相手に、なんでここまでせにゃならんのか……」
「村を襲うみたいに普通に乗り込めば、30分も掛からず終わるだろうに……」
「最近は暗殺任務がなかったから、ゴルゴン様が鈍った勘を取り戻させようとしてるのかもしれんぞ」
「こんなおままごとに、勘もなにもあるかよ……ほら、見てみろよ、コレ」
隊員のひとりが笑いを噛み殺すように示した先には、手作りのベアトラップが置かれていた。
あまりの原始的な罠、しかも木製のものがずらりと並んでいたので、他の隊員たちは思わず吹き出してしまう。
「ぶっ! なんだこりゃ!?」
「ぶふふっ! こんな古くせぇ罠、まだあったのかよ!」
「くくくく……! それにコレ、木でできてやがる!」
「ひひひひひひ! しかもこんなバレバレの形で仕掛けるだなんて……! たくさん仕掛けりゃいいと思ってやがるんだ!」
「こりゃ、完全にド素人じゃねぇか! あっはっはっはっ!」
とうとう声を抑えきれず、腹を抱えて笑いだす1班のメンバー。
相手が村人クラスのアマチュアだとわかったので、声で居場所がバレたところで構わないと思ったのだろう。
彼らはもう姿を隠すことすらせずに立ち上がり、ベアトップを大股で跨いだ。
反対側の地面に、足を付けた瞬間、
……どっ……!
と地面が陥没、
ぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーんっ!!
水しぶきとともに、深く沈み込んだ。
突然のことに不意を突かれてしまい、しかもギリースーツは水を吸う。
ウツボカズラの消化液に落ちたアリンコのように、アップアップと溺れる隊員たち。
「わっ!? うわぁぁぁっ!?」
「な、なんでこんな所に池があるんだっ!?」
「わ……罠だっ!? こっちが本命の罠だったんだっ!?」
「ちくしょう! しまったぁ!」
と思った時にはもう遅い。
……シュルルルルルッ……!!
と首に触手のようなものが巻き付き、水中へと引きずり込まれる。
必死にもがいて上がろうとするが、引っ張る力が強くてあがれない。
水底を見ると、触手どうしがペアとなって、別の隊員の首に結びついていた。
触手の長さは限られているので、あがれるのは片方のみ。
……そう……!
彼らが数日前、別の集落で仕掛けていた、水責めの拷問そのものだったのだ……!
隊員たちは最初、水中で腰のナイフを抜き、触手を切断しようと躍起になった。
しかし、切れない……!
いくらやっても……!
そうなると、最終ステップに至るのはすぐであった。
拷問を受けた集落の住民たちは、最後までそれをしなかったというのに……。
彼らに至っては、あっという間……!
……グォォッ……!!
何のためらいもなく、ペアである隊員に凶刃を振りかざし……!
触手を切るように仲間を切り捨て、自分だけが助かろうとする……!
しかも全員が同時に同じ考えに至っていたので、水中は一気に修羅地獄と化す。
「てめぇ……死ねっ!」
「ごぼっ……! ぐはあっ! てめぇこそ、死ねぇっ!!」
「お、俺は班長だぞっ!? 班長の命令に従えねぇってのかよ!?」
「班長もクソもあるかっ! 隊長ならまだしも、班長ごときでいばりくさりやがって! 前から気に入らなかったんだよっ!」
「こんな所で死んでたまるかよっ! お前ら全員殺してでも、俺だけ助かってやる!」
「おい、聞いたか今の!? コイツ、俺たちを殺そうとしているぞっ!? やられる前にやっちまおうぜっ!」
最初に池を血に染めたのは、触手で繋がれたペアに失言をあげつらわれた、ひとりの隊員であった。
彼は5人もの仲間から滅多刺しにされてしまう。
「や……やった! ざまあみろっ! これで助かる……! お前らは、せいぜいチャンバラごっこでもやってな!」
そして次は、そのペアであった隊員。
「てめぇ、待てっ!」
「てめぇひとりだけ助かろうったって、そうはいかねぇぞっ!」
「次はアイツだ! アイツをやっちまえっ!!」
……嗚呼……!
何ということだろうか……!
ちなみにこの触手は、『ドラウン・テンタクル』というモンスター。
環境擬態型のモンスターである、『テンタクル・オアシス』の仲間である。
池に棲息し、触手で引き込んだ者たちを溺れさせて、そのあと捕食する。
ちなみに触手を外すのは、それほど大変なことではない。
やり方としては、しばらくの間そのままでいればいいだけ。
ペアとなった者どうしで示し合わせて、交互に水面から顔を出して呼吸を続けていれば……。
いずれ触手は握力を失い、勝手に外れる。
しかし彼らは、気付かないっ……!
自分の命を守ることだけを、最優先に考えるあまり……。
仲間と協力して助かるという思考を、早々に放棄してしまっていたのだ……!
……ぷかぁ。
あらたな死体が浮かぶたびに、水に絵の具を溶かすように、池が染まっていく。
最初はうっすらとした赤であったが、それはやがて、深紅に……。
汚物のような赤黒い廃液へと、変わっていく……!
最後に残ったふたりは、お互いの胸を刺しあって、絶命。
……第1班、あっさり全滅っ……!
死因はすべて、罠による溺死ではなく……。
ナイフによる、刺殺によるものであった。
……ぱしゃっ……!
その水音を最後に、森はふたたび静寂を取り戻す。
苦悶と怨みの表情を浮かべながら水面に浮かぶ、6つのそれは……。
『野垂れ死に』と形容するに、ふさわしいものであった。