22 四つ葉のキング(ヘイト回)
今回は暴力的なシーンがあります。
今まで読んできて大丈夫だったら平気だと思うのですが、苦手な方は読み飛ばすようにしてください。
飛ばしても話はわかるようにしてあります。
ふたりの男は、見ていた。
一面を血に浸したような夕陽。
すべてが深紅に染められた世界を。
まぶしくて目を細めると、ぼんやりと黒い影が浮かび上がってくる。
陽炎のようにゆらめきながら、影は沈黙を破った。
「真ん中にあるのは、俺の相棒だナ」
テーブルにある黒い塊を指しているのだろう。
「そして左側にあるのは、それをさらに小型化したヤツだ。かわいいヤツだナ。右側にあるのは、大型化して火力をあげたやつだ。こいつはちょっといただけねぇが、背に腹はかえられないからナ」
影はまず、右側にあった大型の回転式拳銃を手に取る。
漬物石のようにずっしりと思く、両手でも保持が難しい。
それを、銃の置き場所と同一線上に立っていた、男の頭に向ける。
「コイツは火力をあげるために、火薬をマシマシにしてある。ブッ放すほうもどうなるかわからないくらいにナ。今、お前は『狭間』にいるが、俺もそうナなんだよ」
影の声は、死神のように響く。
楽しもうぜ……! 生と死の狭間を……!
太陽に突っ込んだような、ひときわまばゆい閃光。
星がひとつ爆発したような衝撃がうまれ、部屋全体を命の破片で染め上げる。
影は、部屋の外にあるテラスまで吹っ飛び、欄干に叩きつけられていた。
そして、肩から上が無くなった、マネキンのような被射体を眺めつつ立ち上がる。
「いってぇ……。破壊力は申し分ナいが……腕が外れるかと思ったぜ……。下手すりゃ、撃つたびに聖女の厄介になりそうだナ。それに、俺のポケットには大きすぎる」
そうこぼしながら、腰をさすりながら書斎へと戻る。
次に左側にある、小型の回転式拳銃を手に取った。
「うん。サイズとしては、コイツが理想だナ。手に馴染むし、ポケットにも入る。ただ、火薬は半分になってるから、狭間を楽しめるだけのモノかはわからナい」
……ジャキッ……!
と突きつけられた銃口に、残された男は……。
「うーっ! むぅーっ! むぅぅーーーっ!」
自由のきかない口と身体を、懸命によじらせていた。
彼らの特徴である耳を、そしてシッポを、ワイパーのように左右に振り回し、全身全霊を使って拒絶する。
「まあそう気負うナ、犬野郎。新造リボルバーの第一射は、全弾ではなく、特別に3発しか装填していないんだ。つまりは半々ってわけだナ。俺はその50:50ってヤツが、この世でいちばん美しい数字だと思っている。生きるか死ぬか……どちらにも傾いてねぇ、最高のバランス……! ってことは、狭間にいる感覚も、最高に実感できるってワケだナ……!」
楽しめ……! 生と死の狭間を……!
まるで己が狙われているかのように、ゾクゾクと肩をふるわせなが引き絞る。
彼にとって最高の時間であるはずだったそれは、
……パァーン!
なんとも気の抜けた音で、幕を閉じた。
……ゴトリ……。
と書斎机の上に、まだ硝煙を立ち上らせている銃を放り捨てる。
「これじゃ、パーティーのクラッカーだナ。結局……どっちも使いモノにはならねぇってワケか。まるで、ルーレットで0がヒットした気分だぜ……。全員負けで、得したのは死神だけのようだナ」
……チーン!
机の上にあるコールベルを叩くと、この屋敷の警備員である、神尖組の若い衆たちが駆けつける。
彼らは、カーペットに転がったふたつの死体を片付けようと……。
「あ、いや、首のあるほうはまだ生きてるから、捨てるナ。灰かぶりどもに治させて、経過を見るんだ。弾丸が頭ん中に残ってるから、重度の障害が出るはずだ。新兵器の参考にナるかもしれんから、ソイツがどうなったか報告してくれ、いいナ?」
そう申し伝えながら、彼は机の隅に置いてあったトランプの束から、1枚カードを引いた。
「クローバーのキングか……しかも四つ葉とは、幸先いいナ。……おい、ついでのお使いだ。アイツを呼べ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その頃、グレイスカイ島ではない、ある島。
ワイルドテイルたちのような未開の異種族たちが住む、小さな集落の広場では……。
世にもおぞましい狂宴が、執り行われていた。
水の張られた大きなプールの底に、村人たちが沈められている。
彼らは同じ歳の頃どうして、ふたりひと組にさせられ、首を鎖で繋がれ……。
その鎖をプールの底に打ち付けられた円環に、通されている。
鎖は長くないので、ひとりが呼吸のため、水面に顔を出そうとすると……。
鎖で結ばれたパートナーが引っ張られて、水底に沈むっ……!
ようは、片方が浮いているときは、必ず片方が沈むという、死のシーソー。
彼らは当初は、身振り手振りで意思疎通して、交互に呼吸しようとする。
しかし時間がたつほどだんだん苦しくなってきて、やがては……。
相手が溺死するのもかまわず、自分だけが空気を貪るようになるのだ……!
この村に攻め込んだ神尖組の若者たちは、その拷問を村人たちに強いて、争う姿を見て楽しむつもりだったのだが、
「ったく、いつまで経っても仲間割れしねーなぁ」
「どいつもこいつも、譲り合いやがって……それじゃあ全然面白くねぇーぞ!」
「綱引きみたいに鎖を引っ張り合って、相手を沈めろよ! 頭を踏みつけて、上がれないようにしろよ! そうすれば助かるってのによ!」
「あーあ、あそこなんてふたり同時に溺死してやがる!」
「あそこなんて見ろよ! 気を失いかけたヤツを、底から持ち上げて水面に出してやがるぜ!」
「そんなことしたって、助からねぇーよ! 俺たちはなぁ、仲良しこよしだったお前らが殺し合うところが見てぇんだ!」
「相手を殺したヤツは、助けてやるぜぇ!」
しかし彼らは、聞き入れない……!
自分だけが助かるくらいなら、共に死ぬと……彼らは最後まで助け合っていたのだ……!
尊厳を一方的に踏みにじられながらも、彼らは獣に堕ちることはなかった。
しかし神尖組の若者たちにとっては、そんな誇り高き行動ですら、埃同然の扱い。
望んだ絵面が見られなかったので、次の拷問へと移る。
次は、家族……。
母子や兄妹をペアにして、歳上のほうを斬首台に固定し……。
ギロチンの刃を高く吊り上げる有刺鉄線を、子供たちに強引に持たせるっ……!
すると鋭い棘が、もみじのような幼気な手に、容赦なく突き刺さるのだが……。
その痛みに耐えきれなくなって、手を離そうものなら……。
父の、母の、兄の、姉の……首が飛ぶっ……!
「うっ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!?」
「やめてっ、やめてっ、やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「ああんっ! 重いよぉ! 痛いよぉ! ママっ! 離したくないっ! ママっ、ママーーーっ!!」
「ああっ、手から血がっ!? 手を離して! 手を離してっ!!」
「手を離したら、ママが死んじゃう! 死んじゃうよっ! 離したくないっ! 離したくないっ! やだっ! やだっ! やだやだやだやだやだっ……! やだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
……ズドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーンッ!!
地獄のような阿鼻叫喚と、悪魔の審判が下されたような重苦しい激音が、村のあちこちでおこる。
耐えきれずに手を離してしまった子供は、鮮血を浴びながら立ち尽くしていた。
足元に転がってきたものにも目もくれず……ただただ、呆然と……。
やっと望んだどおりの光景になったので、神尖組のメンバーは大満足。
祝杯とばかりに、狂宴のど真ん中で饗宴を開き、酒を酌み交わす。
生かしておいた女たちに酌をさせていたのだが、なかには家族を殺されたショックで、半狂乱になって襲いかかってくる者もいた。
そんな女は組み敷かれ、さらなる屈辱を受ける。
近づいてきた馬の蹄も、この地では救世主の到来を告げるもではなかった。
「……伝令、伝令! デスディーラー・リヴォルヴ様より、ゴルゴン様に伝令です! 現在の異教徒殲滅任務、および兵器試用任務を中断し、ただちにグレイスカイ島へ帰還するようにとのことです!」