12 新たなる店長
次回から、また勇者ざまぁ展開に入ります。
……『スラムドッグマート』が開店して1ヶ月後。
聖女フィーバーは去ったものの、店はまだまだ大勢の冒険者たちで賑わっていた。
このままでは自分の思い描いていたことができないと、ゴルドウルフは1号店の拡張と、早くも2号店の出店を決意する。
1号店は街の南側にあったのだが、北側にも欲しいという客の要望にも応えるため、北側の空き家を探した。
それはすぐに候補が見つかったのだが、問題となったのは……新たなる店長を誰に据えるかということだった。
まだ幼いが、プリムラに補佐をつけてやらせてみることも考えたのだが、本人から「おじさまのおそばで、もっともっとお勉強したいです!」と断られてしまった。
募集をかけることも考えたが、初期のうちは信頼のおける人物がいいと考えたゴルドウルフは、リインカーネーションに相談し、屋敷の使用人をひとり借りれないかと頼んでみた。
「あらあら、もちろんいいわよぉ。うちにはいい子がいっぱいだから……あっ、でもやっぱりタダじゃダメッ。……ゴルちゃんが今日寝る時に、枕元で子守唄を歌わせてくれるのならいいわ~」
……謎の取引を経て、ゴルドウルフはメイドのクーララカを指名した。
クーララカはホーリードールの屋敷で働く、『皿洗い』のメイドである。
『皿洗い』というのはメイドでいちばん下っ端の役割のことを指す。
しかし、彼女は実際の皿洗いすらまともにできておらず、年齢こそ家長のリインカーネーションと同じではあるが、多くの年下メイドに抜かれているのだ。
長身に褐色の肌。
袖まくりをしたメイド服から覗く、霊長類最強女子のようながっしりした肩。
夜明け前のような色の髪をぶっきらぼうに束ねたポニーテールは、使用人というよりも武人のよう。
しかもメイドというよりも番兵のような鋭い顔つきを崩さず、愛想もないので使用人仲間からも鼻つまみにされている少女である。
そんな彼女を、ホーリードール家の応接間に呼び出して店長オファーをしたのだが、
「お断りします」
開口一番、にべもなくそう返されてしまった。
「まあまあ、クーちゃん、それはどうして?」
幼い子に諭すような口調で、リインカーネーションが理由を尋ねると、
「お屋敷で失態ばかりを犯している私を選ぶということは、私のことがかわいそうに思っているからに違いありません。そのようなお情けをかけていただくいわれはありませんので。では、失礼いたします」
慇懃に頭を下げ、部屋を出ていこうとするクーララカ。
その背後を、「違いますよ」と苦み走った声が呼び止める。
「……クーララカさん、私は同情で店長候補を選んだりはしません。あなたの持つ才能が必要なのでお願いしているのです」
しかし彼女のポニーテールを結わえている、黒い蝶のようなリボンが振り向くことはなかった。
「私の才能というのは、皿を割る才能ですか? それとも、廊下を水浸しにする才能ですか? それとも……怖い顔でパインパック様を泣かせてしまう才能ですか?」
「いいえ、そのような類のものではありません。……では、こういうのはどうでしょう? あなたが隠している本当の才能を、私が当てることができたら店長を引き受けてはいただけませんか?」
ゴルドウルフの提案は、普通に考えればバカバカしいと鼻で笑われてもおかしくないものだった。
しかし……あれほど頑なかと思われていた黒蝶が、再び翻ったのだ。
「いいでしょう。私のことを知っているのは、私を拾ってくださったリグラス様以外にはおりません。もし私のことを一部でも、本当に知っているというのであれば……。お情けではなく私を見込んでのことだと信じ、店長の申し出を引き受けましょう」
『……うわっ、マジでっ!?』
ゴルドウルフの傍らで浮いていた、ボンテージ姿の妖精が驚きの声を響かせる。
隣には白いドレスの妖精もいるが、もちろんゴルドウルフ以外には彼女らの姿は見えていない。
『噂は本当だったんだね! こんなのにあっさり引っかかっちゃったよー!?』
『何の脈絡もなく持ちかけられた我が君にも驚きですけど……それを何の疑いもせずに承諾するクーララカさんに、なお驚きです……!』
『プジェトの人たちは賭け事が好きだって聞いてたけど……まさかここまでとはねー!』
ゴルドウルフはステレオのやりとりがまるで聴こえていないかのように、話をすすめる。
「では、さっそく……クーララカさんの隠している才能を言い当ててごらんにいれましょうか。クーララカさんはプジェトの国の出身ではないですか?」
ぴくり、とメイドの意思の強そうな太眉が動いた。
「それは……この肌の色から推理しているのだな? 確かに私はプジェトの出身だが、その程度の答えでは……」
「そして……プジェトでの仕事はメイドなどではなく、剣を握っていたのではないですか?」
「当たりだ。メイドの仕事に不慣れなのと、この体格から推理したのだろう? だがその程度の予想なら、子供でも……」
「しかし、冒険者などではない……おそらく、名のある方々を警護するお仕事をしていたのではないですか? 例えば……聖女従騎とか……」
自分のかつての生業をズバリ言い当てられ、「うぐっ……!?」と言葉を詰まらせるクーララカ。
「……なぜ、貴様がそのことを知っている……? 私が聖女従騎であったことは、リグラス様ですらご存知なかった事なのだぞ……!?」
目を剥くクーララカに対し、「手首ですよ」とあっさり種明かしをするゴルドウルフ。
「……手首、だと……!?」
「南東の国、プジェトの聖女従騎は『チャルカンブレード』という特殊な形状の剣を使います。それは柄が蛇のように使い手の腕に巻き付くんです。クーララカさんの手首には、その跡がありましたから」
クーララカは「くっ……!」と呻き、殺しの証拠を指摘された真犯人のように、肩までまくりあげていたブラウスの袖をおろした。
そして抜き身の刃のような、鋭い睨みの切っ先をゴルドウルフに突きつける。
それは殺し合いを始める剣豪のような、恐ろしい眼光だったが、
「……いいだろう……! 3回勝負の1回戦は、貴様の勝ちだ……!」
発せられたセリフは、往生際の悪い雑魚そのものだった。
空中でずりーんとズッコケるルクとプル。
話の内容についていけず、ポカーンとしているリインカーネーション。
ゴルドウルフはというと、まるでそれが規定路線であったかのように微笑んでいる。
「……ありがとうございます。では、2回戦目にまいりましょうか。勝負の内容は……こういうのでどうでしょう? 私とクーララカさんがそれぞれ店に立って、どちらが多く売上をあげられるか、勝負というのは……?」
もはや企てを隠す気もないような大胆すぎる提案に、ルクとプルはギョッとした。
『ちょ……!? 我が君、いくらなんでもそれは……!』
『それはクーララカさんのことを、見くびりすぎです……!』
件のメイドは「なっ……なんだとぉ……!?」と鼻息荒く、震える握りこぶしを固めている。
さながら、赤い布を前にした闘牛が砂けりをしているかのように。
『ああ……やっぱり……怒ってしまいましたよ、クーララカさん』
『きっと、バカにするな! って怒鳴って出てっちゃうよ! それかブン殴られるかも!? あーあ、せっかくいいとこまで焚き付けられたのに……!』
「……いいだろうっ! 聖女従騎であった私を武器屋に立たせるなど、ビーチにサメを放つようなもの……! 訪れる、冒険者という名の海水浴客たちを、喰って喰って喰らいまくってやるっ……! ゴルドウルフよ……負けて吠え面をかくなよっ……!!」
猛進する牛角のように、ビシッ! と拳を突き出して叫ぶメイドに……天使と悪魔は再びずりーんとなった。
次回、いよいよ勇者ざまぁ展開…!