21 閉ざされた島
惨殺されたうえに、亡骸を晒しモノにされたのは……。
神尖組の隊曹である、サイ・クロップスであった……!
……といっても、オッサンのことをよく知る者であれば、驚くことでもないだろう。
狼とウサギの戦いに、手に汗握る者がいないのと同じように。
しかしリヴォルヴの書斎は、重苦しい空気に満たされていた。
無理もない。
ワイルドテイルを八つ裂きにし、その馬で集落じゅうを巡るのは、神尖組が得意とする見せしめのひとつである。
それと、同じことを……。
いいや、それよりも十倍むごたらしいことを、オッサンはやり返してみせたのだ。
まさに……10倍返しっ……!
しかしこの書斎にいる者たちは、まだ知らない。
その10倍返しですら、オッサンにとっては挨拶代わりでしかないことに。
リヴォルヴは、地獄の一丁目の門をくぐったばかりなどとは毛先ほども思いもせずに、肩をすくめながら言う。
「まぁ、いいやナ。死んじまったものはしょうがねぇナ。……それで、街のほうはどうなってる?」
報告に来た部下は、自身が報せたというのに、サイ・クロップスが死んだことがまだ信じられない様子だった。
しかしそれを振り払うように、ビシッと居住まいを正して返答する。
「は……はいっ! 神尖組を総動員して、暴れ馬の捕獲を進めております! しかし、パニックになった観光客たちが、港に押し寄せておりまして……!」
「ナにぃ?」と鋭い流し目を向けるリヴォルヴ。
「……その観光客たちの中に、大国の王族関係者たちや、座天級以上の勇者はいるか?」
「いえ、おりません! 現在は近隣諸国の大聖女の集会があり、王族の方々や勇者様たちは、ほとんどがそちらに行かれているようです! 観光客の中に勇者様はおられますが、すべて主天級以下の方々です!」
「よし、ナら港を即刻封鎖しろ。野良犬の始末がつくまで、ひとりもこの島から出すナ」
「はっ! ただちに! 入港についても制限いたしますか!?」
「いや、外に出るヤツらだけだ。入港を制限したら、島に入れなかったヤツらが良からぬ噂を広める可能性があるからナ」
このグレイスカイ島は、大陸に近い方角である、島の北側に港がある。
港がひとつしかないので、観光シーズンにはかなりの混雑となるのだが……。
今回のような猟奇殺人が起こるのは初めてであったので、港には島から逃げだそうとする観光客で、ピーク時以上のパニックに陥っていた。
いや、正確には……『猟奇殺人が街中で起こるのは初めてであった』。
観光地をはずれた山奥の集落では、ヒゲを剃るような間隔と感覚で、虐殺が行なわれている。
今回はそれが、外に漏れ出したような形となってしまったので、リヴォルヴは出港の制限を決断したのだ。
良くないイメージを植え付けたまま観光客たちを帰してしまうと、大陸に悪評が広がってしまい、島の観光業にダメージを与えかねない。
彼はこれから神尖組を指揮し、猟奇殺人を鮮やかに解決。
悪いイメージを払拭したうえ、島の安全体制を改めて広めようという算段であった。
しかしこれは、常識では考えられないことである。
野良犬の正体や目的がわからない以上、観光客の避難は最優先事項にするべきなのに……。
下手をすると次の被害者が出るかもしれないというのに、リヴォルヴは島のイメージを壊さないことを優先したのだ。
……この事例を、例えるとするならば……。
謎の殺人事件がおこった洋館で、外が猛吹雪でもないのに閉じ込めるようなものである。
「この中に殺人鬼がいるかもしれないのに、一緒になんていられるか! 俺は家に帰るぞ!」
この台詞が「部屋に戻るぞ!」であるならば、死亡フラグであるが……。
この場合は完全に、生存フラグ……!
しかしリヴォルヴの判断によって、観光客たちのフラグは、完全にへし折られてしまった。
野良犬という名の殺人鬼のいる島に、時化でもないのに閉じ込められてしまったのだ……!
ちなみにリヴォルヴが、観光客の勇者の階級と、大国の王族がいないかを確認したのはそのためである。
リヴォルヴより力のある者たちを閉じ込めてしまっては、あとあと問題となってしまう。
もし該当する人物がいた場合、彼らだけはこっそりと帰国させるよう指示するつもりであった。
さらに余談となるが、リヴォルヴや神尖組の者たちは、野良犬マスクのことを知らない。
野良犬のマスクをかぶったオッサンを見て、『スラムドッグマート』とゴルドウルフを連想できるのは、ハールバリー小国の近隣にいる調勇者たちだけである。
『スラムドッグマート』がハールバリー小国を制圧したことにより、近隣諸国にはゴルドウルフの評判が鳴り響いている。
周囲の調勇者たちは、「次は自分たちの番かも」と警戒を強めていた。
しかし離れた所にあるグレイスカイ島には、その噂はまだ届いていない。
勇者一族は、巨大なる組織……。
いや、ひとつの大家族のようなものなので、伝わっていてもおかしくないはずのに……。
いやむしろ、『勇者』という一族だったからこそ、かえって伝わっていなかったのだ……!
ゴッドスマイルの威光により、勇者組織は敵がいない状態が、長きにわたって続いていた。
そのため出世のための手法が、『外部の敵を倒して功績をあげる』よりも……。
『内部の味方を蹴落とす』ことに、心血を注ぐ者が増えてしまっていた。
従って横の繋がりでは、有益な情報がやりとりされることはほとんどない。
下手に教えてしまうと、それを利用して上に行かれてしまうのではないかと怖れているのだ。
実をいうと、ハールバリー小国の近隣にいる調勇者たちは、ゴルドウルフがグレイスカイ島に行ったことを知っていた。
しかし、教えない……!
リヴォルヴには……!
むしろ爆弾リレーの爆弾が、思わぬ方向に飛んでいったので、喜んでいる者さえいた。
「野良犬は、しょせん野良犬……! あんなリゾート地に冒険者の店を出したところで、得られるものなど無いというのに……! その間にこっちは、迎撃態勢をさらに強化できる……! シシシシ……!」
などと、見当違いの忍び笑いをあげる始末であったのだ……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その頃、港では……。
リヴォルヴの命令による、大本営発表が行なわれていた。
「たった今、出港制限が敷かれました! 大変申し訳ありませんが、皆様ホテルへとお戻りください!」
神尖組の若者たちが一列となって、押すな押すなの観光客たちの前に立ちはだかる。
背後にある船にはアリの子一匹乗せぬと、刑務所の看守のような厳しい顔で威嚇しつつ、声を張り上げていた。
「現在、大陸までの海路は荒天に見舞われております! よって安全が確保されるまでの間、出港を制限させていただきます! 大変申し訳ありませんが、皆様ホテルへとお戻りください!」
「そ……そんな!? グレイスカイ島から本土までの海で荒天なんて、今まで一度もなかったじゃないか!」
「そうよそうよ! 私は子供の頃から50年、ここに毎年バカンスに来てるけど、一度だってなかったわ!」
「人類の歴史上、一度も荒れてない穏やかな海じゃなかったのかよっ!?」
ひとりの観光客が看板を指さすと、「そうだそうだ!」と怒号が沸き起こる。
アナウンスはしどろもどろになり、とっさの嘘でごまかした。
「え、えーっと……! いま入った情報によりますと、荒天ではなく、沖に巨大な海棲モンスターが出現したそうです! ですので安全が確認できるまで、出港を制限させていただきます!」
「嘘つけっ! このあたりにはモンスターなんていないだろっ! いてもサメくらいだっ!」
「お前らの後ろを見てみろよっ! この島にどんどん船が来てるけど、どれもなんともなってねぇじゃねぇーか!」
「あ……あの船たちは、命からがらモンスターから逃げてきた船です! いずれにせよ、出港はさせられませんっ! 警告を無視して出港するようなことがあれば、神尖組の海上警備隊が拿捕します!」
「おらおら、わかったらホテルに戻れっ! 入港してくる船から、多くの人が出てくるから、手続きの邪魔なんだよっ! 神尖組の命令に逆らうヤツは、ぶった斬るぞっ!」
とうとう武力で脅され、観光客たちはしぶしぶ港から離れる。
おのおのホテルへと戻っていく彼らの中で、ひときわ目立っていたのは……。
「……おい、アイツ、指名手配中の女じゃねぇか!?」
「ほんとだ! アイツ、ドサクサまぎれにこの島を出ようとしてたんだ!」
「あっ!? 逃げたぞっ! 追えっ、追えっ! 追えーっ!!」
クーララカは、そんな逃亡劇を幾度となく繰り返していて、すでに心身ともにボロボロであった。
今章の『サイ・クロップス編』はこれにて終了です。
今回はこんな感じでお話が進んでいく予定です。
島の閉鎖が、どんな結果を招くのか…ご期待ください!