20 八十裂き(ざまぁ回)
グレイスカイ島の平野部の中央。
高い位置に作られた遊歩道で、海を眺めながら買い物ができるという、この島いちばんのショッピングセンターは阿鼻叫喚の渦に包まれていた。
『勇者たちの欲しいものは、すべてここに。持たざる者はおらず、持つ者のみが集まる社交場。選ばれし者たちの笑顔あふるる、グレイスカイ島シーサイドモールへようこそ』
偽善的な希望に満ちあふれたキャッチコピー。
そして勇者たちが買い物を楽しんでいるというイラストが描かれた大きな看板。
その真下では、
「キャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?!?!」
着飾った『選ばれし者』たちが、逃げ惑っていた。
「う、馬だっ!? 馬だぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーっ!?!?」
「なんでこんな所に馬がいるんだっ!?」
「に、逃げろっ! 逃げろぉぉぉぉぉぉーーーーーーっ!?!?」
「な、なんで傷心のリゾート地で、馬に追い回されなくちゃいけないんじゃんっ!? しっしっ! あっち行くじゃんっ! ぎゃあっ!? 踏むなじゃん!? 踏むなじゃぁぁぁぁぁぁーーーーーーーんっ!?」
彼らを追い立てていたのは、突如としてこの場に現れた、彫刻のように筋肉隆々とした駻馬たち。
逃げ惑うセレブリティたちを蹴散らしながら、見えない人参を追うかように、ハイソサエティな通りを大爆走。
その後には、ロープにくくりつけられたドロドロの赤い塊。
それがずりずりと引きずられているので、ハケを走らせたような軌跡が残る。
山から下りてきた暴れ馬が、こんな街中までやって来ることは珍しいことだった。
普段であれば1頭、多くても2頭くらいなので、市街地に入るまえに神尖組の手によって捕獲されるのだが……。
しかし今回は、80頭もの大所帯。
まるで天変地異の前触れのような、おびただしい数である。
さすがにこの数の暴走は防ぎきれず、結果、街はパニックに陥ってしまったのだ。
観光客たちは命からがらホテルに逃げ込む。
『ここは、勇者たちのくつろぎの場所。最高級の料理とお酒、そして刺激的な娯楽施設と豪華な部屋で、あなたを王様にする、グレイスカイ島グランドホテル』
独善的な安らぎに満ちたキャッチコピー。
そして勇者たちがリラクゼーション施設や、ワイルドテイルを標的にした射的を楽しむイラストが描かれた大きな看板。
その真下では、バッグやトランクに無理やり荷物を詰め込んだ『王様』たちが、チェックアウトもせずにホテルから飛び出していた。
彼らは帰り支度もそこそこに、港に直行……!
しようとしていたのだが、この世界のタクシーに相当する、ホテル前の馬車はすべて出払っていた。
山からおりてきた野生の馬たちに触発され、飼い慣らされた馬たちも、ストライキを起こしたかのように暴動に加わっていたのだ。
「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!」
暴れ馬車たちが、無軌道な若者のように、シーサイド通りを怒濤の大暴走。
徒歩で港に向かっていた人々は弾き飛ばされ、踏み潰され、咥えられて放り投げられ……。
「ぎゃあああーーーーーーーーーっ!?!?」
「いだいいだい、いだぁーーーーーいっ!!」
「ああっ!? に、荷物を持ってくなじゃんっ!? それに人参は入ってないじゃん!? あっ!? 財布を咥えるなじゃんっ!? それダメじゃん! ダメじゃんっ! 返すじゃん! 返すじゃぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーんっ!?!?」
ボロボロになった観光客たちは、這うようにして港へとたどり着く。
『人類の歴史上、一度も荒れていないとされる穏やかな海。それは、平和の象徴……。全ての争いとは無縁の地、グレイスカイ島へようこそ』
船でこの島に訪れた者たちを迎える、夢のようなキャッチコピー。
そしてマリンスポーツを楽しむ勇者が笑い合っている、以下略な看板の下では……。
島から脱出するために、すでに大勢の客が船待ちをしていて、何よりも醜い争いが繰り広げられていた。
「おい、どけっ! 俺が先に乗るんだっ!」
「俺だっ! こんな暴れ馬だらけの島、これ以上いられるかっ!」
「痛い痛い! 押さないで、押さないでぇ!」
「うるせえっ、女子供はあっち行って、馬にでも蹴飛ばされてろっ!」
「なによ! 普段はレディーファーストだとか言ってるクセに!」
「俺は荷物も財布もぜんぶ馬に持ってかれたから、もうホテルにも戻れないじゃん! だからいちばん最初に乗せるじゃん! どくじゃん、どくじゃん! 権天級の勇者様の、お通りじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーんっ!!」
……さて、この騒動っぷりは街だけにとどまらない。
原住民たちが住む、山の麓の集落も大騒ぎになっていた。
「お……俺は見たぞ! シンイトムラウから、たくさんの馬が駆け下りて、街に向かっていくのを!」
「わ、わしもじゃ! しかも、人間の……あああっ! 思い出しただけで、震えが止まらねぇ!」
「あ……アレはきっと、『八十裂き』……! 人間の身体の80箇所に縄を結びつけて、馬で引くという、シラノシンイ様の天罰のひとつじゃ!」
「そうだそうだ! あれはどう見たって『八十裂き』だ! やっぱりシラノシンイ様は、本当にお怒りになっておられるんだ!」
「で、でも……その罰を受けたのは、誰なんだ? 昨日、あの山にいたのは……サイ・クロップス様と、犬のマスクを被った変な男と、巫女のチェスナと……」
「あとは悪たれのストロングタニシもおったぞ! アイツは小さい頃からシンイトムラウに入ってた悪ガキだ!」
「ってことは、ストロングタニシのヤツが……!?」
「……へんっ! この最強勇者の俺様が、やられるわけねぇだろうが!」
「あっ!? ストロングタニシ!?」
「おめえ、よくもノコノコと……!」
「へんっ! うるせぇうるせぇうるせぇっ! お前らはいっつもそうだ! 辛気くせぇツラして、いねもしねぇ神サマなんかに怯えやがってよ!」
「我らの神様を馬鹿にするな! あの山にはシラノシンイ様がおって、ずっと見ておられるだぞ!」
「へんっ! だったらなんでこんな目に遭ってるお前らを、助けちゃくれねぇんだよ!? お前らのいうシラノシンイってのは、セミの抜け殻か何かか!?」
「な、なんと、罰当たりな……!」
「へんっ! その点、勇者は違うぜ! ちゃんと姿形があって、この世界をしっかり守ってる! だから俺様は、勇者になるんだ! そん時は、お前らを守ってやらなくもないぜ! だから今のうちに、俺様を拝んどくんだな!」
「こ、この……! 言わせておけば……!」
「へへぇーーーんっ! さぁ、どけどけぇ! 俺様は忙しいんだ! このチャンスをモノにして、なんとしても神尖組に入るんだからな!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ストロングタニシはその足で、リヴォルヴの元へと向かった。
「……で? 野良犬マスクはサラダフォーク1本で、サイ・クロップスの八刀流と渡り合ってみせた……お前はそう言いたいんだナ?」
「へ、へい! 大木ですらバラバラにするサイ・クロップス様の剣を、あの野良犬野郎は涼しい顔で受け止めやがったんでさぁ!」
「サイ・クロップスに渡したのはマイナーチェンジのワンハンドソードで、フルモデルチェンジのような不具合はナいはずナんだがナぁ……。だとするならば、お前ら野良犬の眼が、よっぽど節穴なんだろうナァ」
「そ、そんな……! リヴォルヴの旦那、アッシは本当に見たんでさぁ!」
「ま、いいやナ。で、そのあとはどうナったんだ?」
「へ、へぇ、急にすげー大雨が降り出しやして……。雨が止んだあとには、ふたりともいなくなってたんでさぁ。山ん中を探してみたんですが、見つけられやせんでした」
「ふーん、そうかい。そして日が明けたら、街は馬だらけってわけだナ」
「き、きっと……あの野良犬が八十裂きにされたに違いありませんぜ! サイ・クロップス様は神尖変貌になってやしたから!」
「ナにぃ? 神尖変貌したっていうのか?」
「へ、へいっ! アッシも実際に見るのは初めてですが、サイ・クロップス様の全身が赤くなって、蒸気みたいなのが出て……! あれは神尖変貌に間違いないかと……!」
「お話中のところ、失礼します! リヴォルヴ様! 暴れ馬事件につきましての、経過報告です!」
「ああ、ナんかわかったのか?」
「はっ! 頭部を引きずっていた馬を発見しました! 現在、最優先して捕獲にかかっているのですが、信じられないほどの駿馬でして……。麻酔の矢弾なども用いているのですが、なぜかまったく効かなくて……」
「前おきはいい。で、引きずられていたのは、どこのどいつだったんだ?」
「は、はい……。そ、それが……サイ・クロップス様でした……!」
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○堕天
↓降格:サイ・クロップス
ジェノサイドダディ、ジェノサイドファング、ジェノサイドナックル
ミッドナイトシャッフラー、ダイヤモンドリッチネル、クリムゾンティーガー
ライドボーイ・ランス、ジャベリン、スピア、オクスタン、ゼピュロス、ギザルム、ハルバード、パルチザン
名もなき戦勇者 167名
名もなき創勇者 60名
名もなき調勇者 113名
名もなき導勇者 165名
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引きずられているサイ・クロップス様は、顔全体が、血を抜かれたかのように蒼白になっていて……。
老人のように肌も歯も髪も、何もかもが朽ちた木のようにボロボロになっていて……。
まるで地獄に堕ち、千年ものあいだ激しい拷問を受け続けてきた罪人のような、二度と元には戻らぬ苦悶の表情で……!
黒目はすでにないのに、目が合うと……「つぎはお前だ」と言われているようで……!
追っていた者たちはみな、すくみあがっておりました……!
嗚呼……!
……いったいどんなことをしたら、たったの一晩で……。
人間を……! 剣豪とまで呼ばれた猛者を……!
あそこまで凄惨に、容赦なく……追い詰めることができるのでしょうか……!?