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19 永遠なる想い(ざまぁ回)

今回は暴力的なシーンがあります。

今まで読んできて大丈夫だったら平気だと思うのですが、苦手な方は読み飛ばすようにしてください。

飛ばしても話はわかるようにしてあります。

 そのカタマリは、どこかもわからぬほどの暗闇にあった。

 無数の糸が張り巡らされて、ぼんやりと灰色に浮かび上がっている。


 それはさながら、巨大な繭。

 しかしながらよく見てみると、大柄な男で、白い線のようなものが、身体のいたるところに巻き付いている。


 繭のようでもあったが、蜘蛛の糸に絡め取られているようでもあった。


 そして、糸は無造作に絡みついているわけではない。

 繊細に、しかし残酷に、獲物の身体を固定していたのだ。


 身体の節々を、チョークで線引きするかのように。

 牛や豚などの、肉の部位を示す解剖図のように。


 『首』と名のつく部位には特に念入りに、ぐるぐると。


 ぜんぜん寛げないハンモックに寝ているかのように、わずかに宙を揺らぎ……。

 解剖台に磔にされたように、わずかに蠢くのみ。


 男の自重によって、糸がゆるやかに、肌を締め付けている。

 最初はおろしたてのパンツのゴムのように、気にならないくらいに……気付いたら跡が残っている程度であった。


 しかしそれが、永遠とも思える時間を経て、むず痒さに変わる。



「ぢ……ぢぐ……しょうっ……オ゛ィィ……」



 獲物は肺腑からひねり出すような、苦悶の声を漏らす。

 そこには彼以外、誰もいなかったのだが、



『暴れてもムダだって言ってるのにー!』



『内臓もぜんぶ糸が絡みついてますから、声を出すと破れるほどに苦しいでしょう? でも、そうやって自分を痛めつけても、死期は早まりませんよ』



 ふたつの幼い声が響く。

 まるで子供が遊びで、アリを蜘蛛の巣に落とし、もがいている様を見物しているかのような無邪気さで。



『もう、何日も経ったと思うでしょ? でもまだ1分も経ってないんだよ! えーっと、アレ、なんていうんだっけ?』



『「永遠なる想い」ですね。霊力の高い場所に自生し、この山にも生えています。種子には脳の感覚を狂わせる作用があり、調合によって時間が遅く感じるようになります。人間の場合ですと、1時間が125年に感じるようになります』



『プルたちにとってはそんなに長い時間じゃないけど、人間にとってはかなり長く感じるんでしょう?』



『そうですね。1時間でも寿命より長い年月となりますから、正気を保っていられる人間はおりません。ある、ひとりの御方を除いては……』



『そう考えるとスゴイんだね。最初、プルたちがイタズラのつもりでやったのに……』



『まさか正気を失うどころか、逆に己を鍛える時間に利用するだなんて……』



『そりゃ、煉獄を出られた初めての人間になるわけだよねぇ!』



 惚れ惚れとした声を漏らす少女たち。

 そんな雑談の間に、灰色の繭にうっすらと赤みが差し始めていた。



『あ、赤くなった』



『糸で縛られていますから、鬱血したのでしょう』



 声が近づいてきて、ひょこっとふたつの顔が覗き込む。

 水の中に落としたアリンコを眺めるかのように。



『なんだかボンレスハムみたいでおいしそう!』



 いたずらっぽくペロリと舌なめずりする、褐色の少女。



『食べてはいけませんよ。これからこのモノには、永遠の苦痛を感じさせなくてはいけないのですから』



 たしなめるように言った美白の少女は、白い手をそっと繭の頭部に置いた。

 すると、



「ぐぎぎぎぎぎぎぎっ……!? おぎぎぎぎぎぎぎぎっ……!?」



 生きたまま焼かれるような悲鳴を漏らしはじめる。



『あなたが今まで殺めてきた、ワイルドテイルたちの最後の瞬間です。これで少しは暇を潰せるでしょう』



 するとまるで馬引きの刑に晒されているかのように、身体が軋みはじめる。

 きしきし、ぎいぎいと、錆びた戸板ような音が、身体のあちこちから起こったかと思うと……。



 ……パァンッ!



 末端が爆ぜた。



「うぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」



『あっ、焼けたソーセージみたいになった!』



『ワイルドテイルたちが受けてきた、馬引きの刑の再現に、脳が錯覚したのでしょう』



『じゃあ、これを繰り返しれば、もしかして……?』



『ええ、おそらくは……我が君(マイロード)は、それが狙いなのでしょうね』



 ……ざわっ……!



 少女たちの言葉に反応し、天幕のように覆い被さる木々が揺れる。

 すると、



 ……ボトボトボトッ……!



 と栗が落ちるように、小さくて黒い、八つ手の物体が繭に降り注いだ。


 それは、無数の蜘蛛……!

 ぞわぞわと蠢き……繭の表面を這い回る……!



「ふぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」



 いばらの鞭で打たれた馬のように、全身をわななかせる。

 しかし全身がきつく拘束されているので、死にかけの尺取り虫くらいしか動けない。



「うぎっ! ふぎっ!? うぎぎいいいいっ!? ふんぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」



 力の限りあばれていたが、蜘蛛の群れにいいように身体を蹂躙され、やがて力なく呻く。



「ゆ……ゆるひて……ゆるひて、くだひゃい……おひぃ……! お……おれが……おれが……なにを……なにをひたっていうんだ……おひぃぃぃ……!」



 すでに、125年……。

 4万5千625日、毎日拷問を受けてきた男は刑吏にすがる。


 しかし刑吏は男を足蹴にすると、悪魔のような笑みでこう言ったのだ。



「死ね! 死ね! 死ね! 午前と午後、2回に分けて死ね! お前らみたいな穢れた血のヤツらにあるのは、死ぬ権利と、ションベンを漏らす権利だけだ! オイィィィィーーーーッ!!」



 そして振り下ろされる、四閃(しせん)する斬撃……!



 ……ズバァァァァッ!!



 音も無く足元に転がったソレを、刑吏はゴミ箱に向かって蹴り入れた。


 そして午後。

 四肢を縄で繋がれ、今にも走り出さん暴れ馬たちの真ん中で、男は叫んだ。



「ゆ……ゆるひて……ゆるひて、ゆるひてぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーっ!! お……おれがいった、なにをしたっていうんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーっ!?!?」



「死ね! 死ね! 死ね! 明日も明後日も、その次もその次も……永遠に死ね! お前らみたいな穢れた血のヤツらにできることは、ケツを引き裂かれる音で、俺を楽しませることだけだ! オイィィィィーーーーッ!!」



 そして振り下ろされる、容赦ない鞭……!



 ……ブチブチブチィィィィッ……!!



 ……『神の住まう山(シンイトムラウ)』を覆っていた雨は、夜になって止んだ。

 そして、いつもと変わらぬ姿を取り戻す。


 しかし、ほんの少しだけ、違っていた。

 それは、夜露に濡れた葉だけではない。


 生きたまま生皮を剥がされているような、聞くも凄惨な悲鳴が、夜通しずっと鳴り響いていたことだった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 次の日。

 グレイスカイ島は朝から、阿鼻叫喚の渦に包まれていた。


 なんと80頭もの野生の馬が、山から街へと飛び出し、荒れ狂うように走り回っていたからだ。

 いや、迷い馬が街で暴れること自体は、この島ではそれほど珍しいことではない。


 むしろイキのいい馬ということで、生きたまま捕らえられ、勇者のお土産として持ち帰られるくらい、島の名物でもある。


 しかし今回ばかりは、かなり事情が異なっていた。

 まず、数が尋常ではないこと。


 そして……。

 どの馬も、縄を引きずっていたこと。


 引きずっている、縄の先には……。

 赤黒い塊が、くくりつけられていたこと……!


 そんな、解体したモノを晒しモノにするような、おぞましい馬が走り回っているものだから、景観はだいなし。

 もはや観光客たちは、リゾートどころではなくなってしまった……!

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