↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

335/806

17 かみさまのディナー

 野良犬マスクはチェスナを連れて洞窟の中に入ると、みのむしのような外套(がいとう)を脱ぐ。

 この山にある大きめの葉を、ツタでつなぎ合わせて作った手製の雨合羽だ。


 合羽の中には、すでに毛をむしった鳥や、釣り上げた魚、そしてウツボカズラのような袋状の植物などがぶら下がっていた。



「この山の森で捕まえた『ジドリ鳥』と、この山の川で釣った『マケオ』です。『ジドリ鳥』は雌鳥ですから特に美味しいですよ。これを焼いて食べましょう」



「めんどり……?」



 聞き慣れぬ言葉に、仔犬のように小首をかしげるチェスナ。



「ああ。えーっと……あなたたちの古い言葉で、『リンノフラウ』です」



 『リンノ』は『雌の』、『フラウ』は『鳥』という意味である。

 チェスナは言葉の意味をようやく理解し、八重歯を見せてにぱっと笑う。



「わうっ! おんなのこの鳥なのですね! その、ふくろみたいなのは何なのですか?」



 次に彼女は、果物のように鈴なりにぶら下がっている植物について尋ねた。



「この山に自生している『キツネノフクロ』という大型の食虫植物です。中に入っている消化液は、昆虫を消化していないものは水として飲め、消化しているものは煮沸させると食べ物の味付けに使えます。さらに消化液を抜いて中身をカラにすれば、こんなふうに……」



 地面にすわりこんだ野良犬マスクは、キツネノフクロのひとつを手の上でひっくり返す。

 すると、たくさんの花や木の実、そして色のついた石がドサドサとこぼれ出た。



「小物を入れるための袋としても使えるわけです」



 オッサンの手にあるものを、ちょこんと正座して覗き込んでいたチェスナ。

 まるで魔法の袋から宝石が出てきたかのように、目をパチクリさせていた。



「わ……わうっ……! す……すごいのです! やっぱりかみさまは、かみさまなのです! このやまのことを、わうたちよりもよく知っているのです!」



「私は、神様などではないのですが……それはさておき、火を起こしましょうか



 オッサンは、マスクごしにもわかるほどの苦笑いを漏しながら、手のひらにこぼした山の中から、赤い石を二個つまみあげた。



「そのいしは、なんなのですか?」



「これは赤石といって、『ファイヤー・アミュレット』のなどの材料となる精霊石です。赤石は本来は火山などでしか採掘できないのですが、この山には豊富な種類の精霊石があるんです。これを使えば、簡単に火を起こすことができるんですよ」



 野良犬マスクは説明しながら、チェスナが集めてくれた薪の山のほうを向く。

 ふたつの赤石を火打ち石のように、ガツンと打ち合わせると……。



 ……ゴオッ!



 溶接のような激しい火花が降り注ぎ、一瞬にして煌々(こうこう)と燃え上がった。

 それは文字通り火なのであるが、チェスナは初めて火を見た原始人のような反応を見せる。



「わうっ!? い……石と木だけで、あ……あっというまに火が……!? す……すごいのです……!」



 飛び出さんばかりにまんまるさせた瞳に、照り返すオレンジ色の光を映している。



「赤石は着火の力が強いので、火付け材も不要です。火の精霊の力も加わるので、薪の火力と火持ちも良くなります。ただ、赤石は貴重なので、火付けに使うのは少し勿体ないですが」



 「わう~」と驚嘆の息を漏らすチェスナ。


 彼女の視線は焚き火に釘付け。

 すぐ目の前に白と黒の妖精が浮いているというのに、まるで気付いていない。



『プルに言ってくれれば、火くらいいくらでも起こしてあげるのに』



『我が君(マイロード)は、この山で採掘した赤石がどれほどのものか、試してみたかったのでしょう』



『それにしてもこの山って、いろんなのがあるよねー!』



『我が君(マイロード)がこの山に立てこもったのは、戦術的に有利というだけでなく、豊富な資材があるからだったのですね』



『ってことは、あの石のナイフもそうなのかなぁ?』



 妖精たちは飛蚊のように、主(あるじ)の手元を飛び回る。

 古傷と年輪が刻まれた野良犬マスクの手には、この山で採れた石を削って作ったナイフと、木のまな板。


 簡素な調理器具ではあるが、オッサンは獲ってきた鳥と魚を手際よく捌く。

 鳥は部位ごとに、魚は3枚におろす。


 まずは骨のついた大きな鳥もも肉を、キツネノフクロに突っ込んで、中の液体に浸した。

 取り出したあと、別のキツネノフクロに入っていた粘度のある液体を、指で塗りつける。


 その様子を、耳をピンと立て、食い入るように見つめるチェスナ。


 彼女自身、人質になる前は、この山の麓の集落で暮らしていた。

 住民たちが、鳥の肉を調理する光景などは日常で、見慣れているはずなのだが……オッサンのサバイバル料理は別格だった。


 まるで異国の料理のように謎めいていて、そして手品のように不思議でいっぱい。



「それは、なにをしているのですか?」



「最初の液体で下味を付け、その上から油を塗っているんです。油は、この山で採れた天然の植物油です」



 野良犬マスクはふたつの鳥もも肉を、比較的まっすぐな薪を選んで串がわりに刺し、焚き火の前に立てかけた。

 そして魚のほうは、採ってきたハーブをまぶしたものと、何も付けていないものに分け、串打ちして火にかける。


 しばらくして、パチパチという焚き火が弾ける音に混じって……。

 ジュジュジュと、肉や魚が焼ける音と、香ばしい香りが洞内に広がった。


 すると、半獣人としての本能を刺激されたのか……。

 少女の瞳から、少しずつ光が消えていく。



「わ……わうっ……!」


 ……ごくりっ!


「わ……わううっ……!」


 ……ぐぅ~!



 チェスナは唸るような声と、喉とお腹を合奏のように鳴らしまくる。

 お預けが我慢できない犬のように、獲物に飛びかかる猫のように、四つん這いになってお尻をフリフリしていた。


 このままでは、焚き火に飛び込んでいきかねない勢いだったので、



「では、出来上がったものから食べていきましょうか」



 野良犬マスクは何も付けなかったほうの魚の串を取り上げると、まな板に載せた。


 串を抜いて、うっすらと赤みの残る身にナイフを入れる。

 ひと口サイズに切り分け、葉っぱの皿に移した。



「まずは1品目、『マケオのタタキ』です。マケオは海の魚ですが、海の近くにある川にも棲息します。新鮮なマケオはこうして火で炙って、タタキにすると美味しいんですよ」



「わうーっ!」



 チェスナは野良犬マスクから差し出された皿に飛びかかると、手から直接食べるようにガツガツと貪った。


 八重歯にかかる、火の通った魚のあたたかさと、みずみずしさの残る半生のハーモニー。

 まるで生きた獲物を噛みちぎっているような食感に、人と獣のバランスがさらに崩れていく。



「はぐっ、はぐっ! はぐはぐはぐはぐっ!」



 もはや野獣と化した少女は、無我夢中で平らげる。

 「皿の葉っぱも食べられますよ」と言われ、紙を与えられたヤギのように、もしゃもしゃと食らい尽くした。


 しかしまだ味わい足りぬように、オッサンの手をベロベロとしゃぶり続ける。

 野良犬マスクはされるがまま、差し出した手を舐められるまま、空いたほうの片手で器用に調理を続けていた。



「はい、二品目。『ジドリ鳥のパリパリ焼き』です。表面に油を塗ることで、皮をパリパリにしてあります」



 続いての料理は、クリスマスのごちそうのような、もも肉の丸焼き。

 たっぷりとした肉付きが、照りのあるソースでツヤツヤと輝いている。


 それが旗のように差し出されると、チェスナはまたしてもダイレクトアタック。

 顔の半分が口になるほどグワッと大きく開き、きつね色に焦げた表面に、かぶりついた瞬間、


 ……パリッ……!


 なんともクリスピーな音が、少女の犬耳を……。

 焚き火の香りが燻製のような香ばしさとなって、少女の鼻を……。


 さらに食欲をそそるように、ふわりとくすぐった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。