17 かみさまのディナー
野良犬マスクはチェスナを連れて洞窟の中に入ると、みのむしのような外套を脱ぐ。
この山にある大きめの葉を、ツタでつなぎ合わせて作った手製の雨合羽だ。
合羽の中には、すでに毛をむしった鳥や、釣り上げた魚、そしてウツボカズラのような袋状の植物などがぶら下がっていた。
「この山の森で捕まえた『ジドリ鳥』と、この山の川で釣った『マケオ』です。『ジドリ鳥』は雌鳥ですから特に美味しいですよ。これを焼いて食べましょう」
「めんどり……?」
聞き慣れぬ言葉に、仔犬のように小首をかしげるチェスナ。
「ああ。えーっと……あなたたちの古い言葉で、『リンノフラウ』です」
『リンノ』は『雌の』、『フラウ』は『鳥』という意味である。
チェスナは言葉の意味をようやく理解し、八重歯を見せてにぱっと笑う。
「わうっ! おんなのこの鳥なのですね! その、ふくろみたいなのは何なのですか?」
次に彼女は、果物のように鈴なりにぶら下がっている植物について尋ねた。
「この山に自生している『キツネノフクロ』という大型の食虫植物です。中に入っている消化液は、昆虫を消化していないものは水として飲め、消化しているものは煮沸させると食べ物の味付けに使えます。さらに消化液を抜いて中身をカラにすれば、こんなふうに……」
地面にすわりこんだ野良犬マスクは、キツネノフクロのひとつを手の上でひっくり返す。
すると、たくさんの花や木の実、そして色のついた石がドサドサとこぼれ出た。
「小物を入れるための袋としても使えるわけです」
オッサンの手にあるものを、ちょこんと正座して覗き込んでいたチェスナ。
まるで魔法の袋から宝石が出てきたかのように、目をパチクリさせていた。
「わ……わうっ……! す……すごいのです! やっぱりかみさまは、かみさまなのです! このやまのことを、わうたちよりもよく知っているのです!」
「私は、神様などではないのですが……それはさておき、火を起こしましょうか
オッサンは、マスクごしにもわかるほどの苦笑いを漏しながら、手のひらにこぼした山の中から、赤い石を二個つまみあげた。
「そのいしは、なんなのですか?」
「これは赤石といって、『ファイヤー・アミュレット』のなどの材料となる精霊石です。赤石は本来は火山などでしか採掘できないのですが、この山には豊富な種類の精霊石があるんです。これを使えば、簡単に火を起こすことができるんですよ」
野良犬マスクは説明しながら、チェスナが集めてくれた薪の山のほうを向く。
ふたつの赤石を火打ち石のように、ガツンと打ち合わせると……。
……ゴオッ!
溶接のような激しい火花が降り注ぎ、一瞬にして煌々と燃え上がった。
それは文字通り火なのであるが、チェスナは初めて火を見た原始人のような反応を見せる。
「わうっ!? い……石と木だけで、あ……あっというまに火が……!? す……すごいのです……!」
飛び出さんばかりにまんまるさせた瞳に、照り返すオレンジ色の光を映している。
「赤石は着火の力が強いので、火付け材も不要です。火の精霊の力も加わるので、薪の火力と火持ちも良くなります。ただ、赤石は貴重なので、火付けに使うのは少し勿体ないですが」
「わう~」と驚嘆の息を漏らすチェスナ。
彼女の視線は焚き火に釘付け。
すぐ目の前に白と黒の妖精が浮いているというのに、まるで気付いていない。
『プルに言ってくれれば、火くらいいくらでも起こしてあげるのに』
『我が君は、この山で採掘した赤石がどれほどのものか、試してみたかったのでしょう』
『それにしてもこの山って、いろんなのがあるよねー!』
『我が君がこの山に立てこもったのは、戦術的に有利というだけでなく、豊富な資材があるからだったのですね』
『ってことは、あの石のナイフもそうなのかなぁ?』
妖精たちは飛蚊のように、主の手元を飛び回る。
古傷と年輪が刻まれた野良犬マスクの手には、この山で採れた石を削って作ったナイフと、木のまな板。
簡素な調理器具ではあるが、オッサンは獲ってきた鳥と魚を手際よく捌く。
鳥は部位ごとに、魚は3枚におろす。
まずは骨のついた大きな鳥もも肉を、キツネノフクロに突っ込んで、中の液体に浸した。
取り出したあと、別のキツネノフクロに入っていた粘度のある液体を、指で塗りつける。
その様子を、耳をピンと立て、食い入るように見つめるチェスナ。
彼女自身、人質になる前は、この山の麓の集落で暮らしていた。
住民たちが、鳥の肉を調理する光景などは日常で、見慣れているはずなのだが……オッサンのサバイバル料理は別格だった。
まるで異国の料理のように謎めいていて、そして手品のように不思議でいっぱい。
「それは、なにをしているのですか?」
「最初の液体で下味を付け、その上から油を塗っているんです。油は、この山で採れた天然の植物油です」
野良犬マスクはふたつの鳥もも肉を、比較的まっすぐな薪を選んで串がわりに刺し、焚き火の前に立てかけた。
そして魚のほうは、採ってきたハーブをまぶしたものと、何も付けていないものに分け、串打ちして火にかける。
しばらくして、パチパチという焚き火が弾ける音に混じって……。
ジュジュジュと、肉や魚が焼ける音と、香ばしい香りが洞内に広がった。
すると、半獣人としての本能を刺激されたのか……。
少女の瞳から、少しずつ光が消えていく。
「わ……わうっ……!」
……ごくりっ!
「わ……わううっ……!」
……ぐぅ~!
チェスナは唸るような声と、喉とお腹を合奏のように鳴らしまくる。
お預けが我慢できない犬のように、獲物に飛びかかる猫のように、四つん這いになってお尻をフリフリしていた。
このままでは、焚き火に飛び込んでいきかねない勢いだったので、
「では、出来上がったものから食べていきましょうか」
野良犬マスクは何も付けなかったほうの魚の串を取り上げると、まな板に載せた。
串を抜いて、うっすらと赤みの残る身にナイフを入れる。
ひと口サイズに切り分け、葉っぱの皿に移した。
「まずは1品目、『マケオのタタキ』です。マケオは海の魚ですが、海の近くにある川にも棲息します。新鮮なマケオはこうして火で炙って、タタキにすると美味しいんですよ」
「わうーっ!」
チェスナは野良犬マスクから差し出された皿に飛びかかると、手から直接食べるようにガツガツと貪った。
八重歯にかかる、火の通った魚のあたたかさと、みずみずしさの残る半生のハーモニー。
まるで生きた獲物を噛みちぎっているような食感に、人と獣のバランスがさらに崩れていく。
「はぐっ、はぐっ! はぐはぐはぐはぐっ!」
もはや野獣と化した少女は、無我夢中で平らげる。
「皿の葉っぱも食べられますよ」と言われ、紙を与えられたヤギのように、もしゃもしゃと食らい尽くした。
しかしまだ味わい足りぬように、オッサンの手をベロベロとしゃぶり続ける。
野良犬マスクはされるがまま、差し出した手を舐められるまま、空いたほうの片手で器用に調理を続けていた。
「はい、二品目。『ジドリ鳥のパリパリ焼き』です。表面に油を塗ることで、皮をパリパリにしてあります」
続いての料理は、クリスマスのごちそうのような、もも肉の丸焼き。
たっぷりとした肉付きが、照りのあるソースでツヤツヤと輝いている。
それが旗のように差し出されると、チェスナはまたしてもダイレクトアタック。
顔の半分が口になるほどグワッと大きく開き、きつね色に焦げた表面に、かぶりついた瞬間、
……パリッ……!
なんともクリスピーな音が、少女の犬耳を……。
焚き火の香りが燻製のような香ばしさとなって、少女の鼻を……。
さらに食欲をそそるように、ふわりとくすぐった。





