15 野良犬vsサイ(ざまぁ回)
神尖組の隊曹を務めるサイ・クロップス。
剣術だけなら誰もが一目置くほどの、神尖組の切り込み隊長として知られている。
指に挟んだ両手の八刀は、巨人の爪を彷彿とさせ……。
ひと薙ぎで、敵軍の先陣たちをまとめて八つ裂きにし……。
後続の敵兵の戦意すらも、バラバラにするっ……!
なにせ片手だけで4本もの剣が同時に振るわれるのだ。
その阿修羅のごとき剣撃を、受けきれる者など誰ひとりとしていなかった。
……今日、この瞬間までは……。
……ガキィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
白刃どうしがぶつかり合う、重苦しくも澄んだ音色が響き渡る。
そしてしのぎを削り合う、ギリギリとした、つばぜり合いの音が余韻のように続いた。
「「なにっ!?!?」」
絶対なる一撃を、初めて受け止められたサイ・クロップス。
彼は、胸を突かれたような声をあげていた。
苦手な蜘蛛以外には、決してあげなかったような、胸声を……!
同じタイミングで驚きを絞り出していたのは、茂みの中のストロングタニシ。
彼は幻でも見ているのかと、何度も目をこする。
もっと近くで見てやろうと、もはや隠れているのも忘れ、木々の間から亀のように顔を出す。
そして……少し遅れて状況を知った、麓の観客たちと……さらに声を合わせた。
「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」
「み……見ろっ! サイ・クロップス様の八刀流が……!」
「う……受け止められてるぞっ!?」
「そ……それも……なんだ、ありゃあ!?」
「ありゃ、フォークでねぇか!?」
野良犬マスクが手にしていたのは、いつものサラダフォーク……!
櫛の歯のような五叉の隙間で、四本もの剣の根本を……。
ちょうど数ピッタリに、挟みこんでいたのだ……!
リヴォルヴが開発した最新鋭の剣、それに対して野良犬が用いたのは、武器などではなかった。
ひと突きで何人もを串刺しにできる、長大なる矛などではなく……。
ただの、食器っ……!
しかも、金属ですらない、木製っ……!
食卓でサラダなどを取り分ける、少し大きめの、カラトリーでしかなかったのだ……!
それはさながら、若き剣豪の剣を、木の鍋蓋で受け止めた、年老いた剣聖のような……。
新たなる伝説が誕生した、瞬間であった……!
これにはさすがのサイ・クロップスも、声を荒げて突っ込まざるをえない。
「お……オイイッ!?!? な……なんだそりゃあっ!? そ、そんな木のフォークなんかで、この俺の剣を受け止めるだなんて……! あって……たまるかよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーっ!!!」
ハリセン突っ込みのような、もう片手の四刀が一閃、いや四閃する。
野良犬マスクはすでに、片手のフォークで四刀を受け止めている。
残った片手は、サイ・クロップスの足首を握っているので、もう防ぎようがない……!
でも単に、足首を持っているほうの手を離してしまうだけで事足りる。
残りの四刀を防ぐどころか、そのまま崖下に落としてしまえば……このおかしな決闘は決着する。
しかし剣聖とは程遠いような、風格ゼロのマスクを被った野良犬は、そうはしなかった。
……ガキィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
木のフォークをいったん外し、新たに迫り来る四刀を、また受け止めてみせたのだ……!
まるで、曲芸のように……!
「なっ……なにぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーっ!?!?」
インパクトの瞬間、またしても時が止まる。
しかし動き出すのはすぐであった。
我が目を疑うように、幻覚を斬り払うように、サイ・クロップスがめちゃくちゃに剣を振り回しはじめたのだ。
「おっ……オイッ!? オイッ!? オイッ!? オイイイイイーーーーッ!?!? ばかなっ、ばかなばかなばかなばなかっ、ばかなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーっ!?!?」
右、左、右、左……!
時には右を2回、左を3回と、フェイントを交えた剣閃の雨を降らせる。
しかしそれらはすべて、
ガキン! ガキン! ガキン! ガキン! ガキン! ガキン! ガキン! ガキン!
たった一本のサラダフォークによって、すべてシャットアウト……!
これには、いちばんいい席で見ていたストロングタニシもひっくり返っていた。
「へ、ヘンッ!? お、俺様は……ゆ……夢でも見てんのかっ!? 『八つ手の大蜘蛛』と呼ばれるほどの必殺剣を……! 多くの人間をナマスにしてきた、外道の剣を……! しかも『ゴージャスマート』が開発した、魔法練成のかかった最新の剣を……! そのへんから拾ってきたような、木のフォークで……!?」
ガキン! ガキン! ガキン! ガキン! ガキン! ガキン! ガキィィィィィィィーーーーーーンッ!!
「受け止めるだとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
飛び交う悲鳴と、舞い散る火花。
すべてをかき消すように、サイ・クロップスは叫んだ。
「お……オイッ! どうしたどうしたぁ! そのへなちょこフォークは、受け止めるだけかっ!? ちったぁ打ち込んでこいっ!!」
完全に強がりであるが、相手が攻撃に転じた際に、スキができると思っていたのだ。
その挑発に乗るかのように、野良犬マスクはそっとひと突き。
すっ、プスッ。
それはまるで、日常の動作……。
食卓のチキンを突き刺すような、何気ない一撃であった。
サイ・クロップスは多少の痛みを感じたものの、薄皮を突かれた程度だったので、さらに強気に出る。
「オイオイオイオイっ! そんなもんか、テメェの突きはっ!? 蚊に刺されたほども感じなかったぞ、オイッ!!」
八つ手の剣撃は、なおも烈火のごとき猛攻であった。
ガキン! ガキン! ガキン! ガキン! ガキン! ガキン!
しかしヘビーな打ち込みの合間に、風船に小さな穴が空けられていくような、気の抜ける音が混ざりはじめる。
ガキン! ガキン! ガキン! すっ、プスッ。
ガキン! ガキン! ガキン! すっ、プスッ。
ガキン! ガキン! ガキン! すっ、プスッ。
ガキン! ガキン! ガキン! すっ、プスッ。
休符にさしかかったように、やる気のない合いの手のように、フォークによる刺撃が挟まる。
それはサイ・クロップスの灰色の肌に、注射痕のような、わずかな針穴を空けるだけであった。
そんなものが、効くわけがない……と、見ている誰もが思う。
しかしうっすらと血が滲んできて、ほんの少しではあるが、痛痒を感じはじめるサイ・クロップス。
暴れサイのような、疲れを知らない猛攻に、わずかな陰りが見え始めた。
「オイッ!? なんだその女の腐ったみてぇな攻撃はっ!? やめやがれっ! やめろっ、やめろっ、やめろーーーーっ!!」
しかし、真綿で首を締められ続けるような……。
プラスチックの剣で突かれ続ける、危機一髪の海賊のような……。
執拗でむず痒い攻撃は、止むことはない……!
ついに神尖組の切り込み隊長ともあろう者が、防御に転じる……!
「やめろっつってんだろうが、オイイイーーーーーーーーーーーーッ!?!?」
すっ、プスッ。
すっ、プスッ。
すっ、プスッ。
すっ、プスッ。
しかしいくら振り払おうとしても、野良犬マスクの腕は蛇のように防御をかいくぐり、突き刺してくる。
すっ、プスッ。
すっ、プスッ。
すっ、プスッ。
すっ、プスッ。
メトロノームのように、一定のリズムは決して崩さず。
すっ、プスッ。
すっ、プスッ。
すっ、プスッ。
すっ、プスッ。
まるで肉体と同時に、精神への拷問も実施しているかのような、非情なる正確さで。
すっ、プスッ。
すっ、プスッ。
すっ、プスッ。
すっ、プスッ。
たった一匹のアリがサイにまとわりつき、チクチクと噛みつくように。
すっ、プスッ。
すっ、プスッ。
すっ、プスッ。
すっ、プスッ。
剣豪とも呼ばれた男を、たった1本のサラダフォークで、追い詰めていったのだ……!
気付くとサイ・クロップスは、全身血まみれになっていた。
垂れ落ちた血が目に入ったのか、それとも頭に血が上ったのか、逆さまの世界がレッドアウトする。
「オッ……オオッ!? オオオオッ!? オイィィィィィィィィィィーーーーッ!?!?」
肉体そして精神までもが崖っぷちにあると、ようやく気付いたサイ・クロップス。
「オイッ!? オイッ!? オイッ!? やめろっ! やめろっ! やめろぉぉぉぉぉーーーーっ!? やめてくれぇぇぇぇぇぇぇぇーーーっ!?!? なんでだ、なんでなんだ、なんでなんで、なんでっ!? なんでこんなヘナチョコフォークに、俺の攻撃が防がれるんだっ!? なんでこんなへなちょこフォークの突きを、俺は防げねぇんだっ!? なんでなんで、なんでだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーっ!?!?」
「へ、ヘンッ!? 本当に、なぜなんだ!? 野良犬マスクの攻撃は、単純で直線的なのに……なぜサイ・クロップスの野郎は防げねぇんだ!? サイ・クロップスはその攻撃力に目がいきがちだが、防御も一流だってのに!?」
これまで野良犬マスクは無言を貫いてきたが、ここでようやく口を開いた。
両者の疑問に答えるように。
「サイ・クロップスさん。あなたは死角からの攻撃には強く、逆に視界内からの攻撃には弱い……。あなたが訓練所にいる間……いや、訓練場を出てからも、今まで戦ってきた多くの相手は、あなたが眼帯をしているから、死角側から攻撃をしてきたのでしょう。でも私は、あなたの事をよく知っています」
破門にした弟子に対するように、さらに厳しい口調で続ける。
「それに、あなたが神尖組の隊長になれなかったのは、目のせいではありません。怒ると見境がなくなって、冷静な判断ができなくなるためです。現に、こうして逆さ吊りにされて、苦手な蜘蛛をけしかけられて、頭に血が上り……。打ち込みが単純になっていることに、まだ気がつかないのですか?」
「テメェ、利いた風な口をっ!! そんなわけあるかっ、オイィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーッ!!」
……ガキィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
サイの突進のような、渾身の一撃すら……野良犬マスクは微動だにせず、サラダフォークで受け止めていた。
次回…決着!