14 恒例のアレ(ざまぁ回)
煉獄から蘇った、地獄の野良犬……。
彼はいままで直接間接を含め、多くの勇者たちを光から闇へと葬ってきた。
その際に恒例となりつつあるものが、いくつかある。
ひとつは悪魔の左手で勇者の顔を掴み、罪を引きずり出す『ストーム・ブリンガー』。
そして、もうひとつは……。
パブリック・インコンティネンス……!
そう……!
いま野良犬マスクの掌中にある、サイ・クロップスも例外ではなかった……!
神尖組の隊曹にして、豪腕から繰り出される八つ裂き剣は、敵どころか味方をも震えあがらせているというのに……!
いまは彼自身が、震え上がっていたのだ……!
……ブルッ……!
そして、
じょばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!!
大・放・尿……!!
裂けるように広がったガニ股から、爆ぜるような汚れた黄金が噴出。
壊れた噴水のように八つに分岐し、穢れた虹を描く……!
「オッ……! オオオッ……!! オヒィィィィィィィィィィィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーッ!?!? オヒィィィィィィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!」
警報のような大絶叫が、山々に鳴り渡る。
まるで幼児退行してしまったように、わんわんと泣きじゃくるサイ・クロップス。
勇者……しかも自分たちを虐げてきた者の、生き恥のような姿……。
ワイルドテイルたちは、失った身体の一部をさすり、嘆いていた。
「俺、アイツに指を斬り落とされたんだ……新しい剣の、切れ味を試すとかで……」
「ワシなんて、腕ごとだぞ……」
「まさか、小便を漏らすほどに蜘蛛が怖い、弱虫だったとは……」
「俺たちはいったい、何なんだ……」
平和そのものだったこの島に、ある日突然、勇者が海賊のように乗り込んできて……。
異教徒だと難癖をつけられ、迫害を受けてきたワイルドテイルたち。
彼らは人里離れた場所に追いやられた挙句……。
神尖組と名乗る若者たちが、毎日のように山賊のごとく押し寄せてきて……。
「ヒャハハハハハ!」と嘲笑しながら、彼らが愛する者たちを、試し斬りっ……!
彼らにとっては大切な『巫女』を人質に取られているので、反乱も起こせず……。
反乱を起こしたところで、勇者組織に敵うはずもなく……。
やがてワイルドテイルたちは、諦観のような感情に支配されていった。
自分たちは、勇者の刀の錆にされるために、生きているのか……。
人殺しの道具の実験台になるために、毎日を過ごし……。
恋に落ち、睦み合い、新しい命を授かっているのか……。
そして生まれながらにして、粛正されるべき罪人を産み落とし、育てているのか……。
そんなありもしない大罪すら、感じる者も現れはじめた。
その被虐の歴史が、彼らの常識になりつつあった、そんな時……。
あの野良犬が、現れたのだ……!
とぼけた表情の、野良犬のマスクを被った男……。
彼が山に立てこもってから、まだほんの数時間ほどしか経っていない。
にもかかわらず、原住民たちに、過去の常識を覆すほどの衝撃を与えていた……!
……しかしこれはまだ、ほんのかすかな狼煙。
煙草ほどの、か細い煙にすぎなかった。
野良犬マスクは放尿を終えたサイ・クロップスを、再び自分のほうに向かせる。
家畜の乳搾りを終えた酪農家のような、慣れた手つきで。
そして子供のように嗚咽を漏らす、サイ男の顔から……。
蜘蛛を取り払った途端、
「オ……オイッ!! てめぇぇぇぇ!! 神尖組の隊曹である俺に、こんなことをしてタダで済むと思うなよっ! オイイッ!!」
まるでノリツッコミのように、ジキルがハイドに変貌したかのように、かつての勢いを取り戻す。
さらには怒りで我を忘れ、背中に担いでいた八本もの剣を、いちどに引き抜いていた。
足首だけで逆さ吊りにされているという、生殺与奪権をオッサンの手に委ねている状況であるにもかかわらず……。
オッサンめがけて、抜刀っ……!
もはや、やぶれかぶれ……!
……ジャキィィィィーーーーンッ!!
無数の刃が玉散る瞬間を、ストロングタニシは茂みの中から目撃していた。
崖下から回り道のルートを走り、今ようやく崖上に着いたのだ。
彼は、相対するサイ・クロップスと野良犬の奇妙なポジションに、野太い眉をひそめていた。
「ヘッ!? な……なんだ!? 俺様が崖下から見たときは、野良犬マスクは仁王立ちで、サイ・クロップスの野郎は崖に掴まってたはずなのに……。なんで今は、サイ・クロップスの野郎が逆さまで、ヤツの足首を野良犬マスクが掴んでるんだ!? 俺様が回り道して登ってくる間に、なにか喚き声のような声がしてたが……。ヘンッ、アイツらの間に、いったい何があったってんだ!?」
そして彼はサイ・クロップスの手に注目を戻す。
長い爪のように伸びた剣に、陽光がギラリと滑る。
それは背筋が寒くなるほどの恐ろしい輝きであったが、またとない光景でもあった。
ストロングタニシは鳥肌の腕を立て、しめたとガッツポーズを取る。
「あれはサイ・クロップスの野郎が得意とする、八刀流……! 指と指の間に剣を1本ずつ挟んで、両手であわせて八本の剣を操るんだ……! すさまじい指の力で剣を挟みこんで持ち、豪腕で振り回す……! 受けた者はすべて、八つ裂きになっちまう……! 泣く子もバラバラにしちまう、おそるべき外道の剣……! 『八つ手の大蜘蛛』と呼ばれたヤツの必殺剣が、こんなに近くで拝めるだなんて……! ヘヘッ、ついてるぜ!」
ワイルドテイルの若者は目を輝かせ、興奮のあまり茂みから飛び出さんばかりに身体を乗り出す。
戦勇者を目指す彼にとって、剣豪の技を盗み見るのは何よりもの修行なのだ。
「ヘッ……! しかし、相手が同じ神尖組ならともかく、あんなヘナチョコな野良犬野郎に八刀流とは……! まぁいずれにせよ、いちど振りかざした拳……! 何もせずに振り下ろしたんじゃぁ、勇者の名折れだよなぁ! 野良犬野郎をナマスにしなきゃ、おさまらねぇはずだ!」
その期待どおり、風が疾る。
「死ねやっ!! オイィィィィィィィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
……グオオンッ!!
振りかざされた片手の四刀が、唸りをあげて野良犬に迫る。
逆さ吊りになったままの剣撃だというのに、威力の減衰はまるでない。
むしろ創勇者のリヴォルヴが与えた最新式の剣によって、剣閃はさらに鋭さを増しているかに見えた。
誰もが野良犬の身体が、四つに分れる瞬間を想像する。
あの技に家族をバラバラにされた集落の者たちは、思わず目を伏せていた。
しかし刹那に席巻したのは、斬首の音でも、血煙でもなかった。
……ガキィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
金属が軋むような音と、散る火花……!
「「なにっ!?!?」」
その声はまず、砂かぶり席にいた、ふたりの男の間で起こった。
遙か下方の集落にいる者たちは、何が起こったのかわからず、目を凝らす。
そして……こればかりは、すべての者が心をひとつにしたかのように……。
「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」
阿鼻叫喚を、山々の鳥たちが羽ばたくほどに、響動させていたのだ……!