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12 灰色の聖女(ヘイト回)

 オッサンが神尖組(しんせんぐみ)の訓練場に送り込まれてから、1ヶ月が過ぎた。

 当初は軽傷のみで訓練時間を逃げ切っていたのだが、所内で賞金首のような扱いになってからは重傷の日が増える。


 そしてハンデキャップが課せられてからは、重体……。

 ほぼ毎日のようにタンカで救護テントに運び込まれるようになった。


 オッサンの命を繋ぎ止めていたのは、『灰色の聖女』といわれる従軍聖女の卵。

 みなし子や貧民の少女たちである。


 彼女たちは聖女の証である『純白』をまとうことは許されておらず、身に付けているものはすべて灰色。

 『祈り』による治癒(ヒーリング)は可能なのだが、正規の教育を受けていないので能力は低い。


 しかし戦地の最前線に送り込むには最適の人材であった。

 食事は家畜同然でも文句を言うことはないし、過酷な環境で育ってきているので極限状態にも強い。


 それに……いざとなったら盾にもできるし、娯楽としても使える。

 希望者が後を絶たず、かわりはいくらでもいるので、全滅させたところでどこからも文句も出ない。


 神尖組においても『ゴミ(●●)は持ち帰らず、現地に捨てていきましょう』などと教えられるほどであった。


 それでも少女たちは、神尖組に尽くしていた。

 なぜならば……功績が認められれば、『純白』になることを許されるから。


 この世界において、男は『勇者』になることが……。

 女は『聖女』になることが、最高の幸せを得られる地位であると、信じられていたのだ。


 訓練場にはそんな、夢見る灰かぶり姫(シンデレラ)たちが多く在籍。

 そして、負傷者……主に訓練を生き延びた、『教材』を治療する役割を担っていた。


 訓練場に送り込まれてくる『教材』は、ほとんどが初日、良くて次の日までしか持たないので、彼女たちが同じ『教材』を治療して再び送り出すことは希である。


 しかしあの(●●)オッサンだけは例外で、救護テントの唯一の常連であった。

 毎夕、仕事を終えたサラリーマンのように、テントの垂れ布をチョイとめくりあげて……。


 タンカに乗せられた、轢死体さながらのオッサンが、運び込まれてくるのだ……!


 訓練所所長からの厳命により、オッサンには手厚い治療が施された。


 殺すときは、神尖組の名にかけて『絶対に訓練場で』というプライド。

 そして皮肉なことに、このオッサンの存在のおかげで、訓練生たちのモチベーションが高く保たれていたからである。


 しかし現在のオッサンはともかく、この過去のオッサンはあくまで人間。

 毎日のように生死の境を彷徨っていては、精神のほうに限界が来るのではなかろうか。


 ……それは、あるひとりの少女のおかげであった。


 灰色の聖女たちはオッサンの治療を終えると、今日の仕事は終わりだとばかりに、さっさと訓練生たちの寮に行ってしまう。

 しかし、聖女たちの中でもいちばん幼い、その少女だけは……。



「ああ、おじさま、気がつかれたのですね。よかったぁ……」



 それは、生まれたての満月のような……。

 密やかで、でも清らかな、美しい笑顔であった。


 彼女はうなされているオッサンのそばについて、ずっと手を握りしめてくれた。

 そしてオッサンが目を醒ますと、危篤の家族の意識が戻ったかのように、いつも安堵の笑顔を浮かべてくれるのだ。


 オッサンが朝まで意識不明な時には、夜を徹しての看病もしてくれた。

 テントの入り口から差し込む朝日のまぶしさに気がつくと、隣でベッドに突っ伏して、スヤスヤと寝息をたてていることもあった。


 ぱっつんと切りそろえられたおかっぱ頭の、幼い少女は……。

 この訓練場において、誰よりも『聖女』であった。


 オッサンと少女は、ケガを通じて言葉を交わすようになり……。

 お互いの心の支えとなっていく。


 そんな、ある日のこと。

 オッサンは武器庫のテントの前で、言い争いをしている少女と訓練生の少年を見つけた。



「オイィ! テメェ、そこをどけっ! 俺がテントの中に入ったら、その蜘蛛がいきなり顔に落ちてきやがったんだ! 神尖組隊長の最有力候補と呼ばれた俺に、ナメたマネしやがってぇ! 許せねぇ、ブッ殺してやるっ!! オイィィィーーーッ!!」



「お、お許しください、サイ・クロップス様! この子は人間に悪さをしません! むしろ益虫だって、おじさまが……!」



「おじさま!? おじさまってもしかして、あのゴキブリのことかよ、オイッ!? グワハハハハ! 蜘蛛とゴキブリなんて、どっちも害虫……! どっちも俺が八つ裂きにしてやらぁ! どかないんだったら、お前ごとまとめてなぁ、オイッ!!」



「キャアアッ!?」



 振りかざされる蛮刀、ゴルドウルフはその間に割って入った。



「やめてください、サイ・クロップス様。こんな小さな蜘蛛と聖女に、そんなにムキにならなくても……!」



「ゴキブリのクセして、しゃしゃり出てくるんじゃねぇよっ、オイッ! ちょーどいい、まずはテメーからぶった斬ってやらぁ! この俺が新たに生み出した『八刀流』でなぁ! 覚悟しやがれ、オイッ!!」



 ゴルドウルフは、尖兵(ポイントマン)がモンスターを引きつける要領で、サイ・クロップスのターゲットを自分に移す。


 その流れで武器庫のテントに誘いこみ、彼が沈静するまで逃げ回るつもりだった。


 しかしサイ男は、怒りに我を忘れて追い回すあまり、躓いてしまう。

 そのまま、猛毒の詰まった薬瓶の棚に突っ込んでしまい……。


 片目を焼かれてしまった……!



「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!? 目がっ!? 目がっ目があっ!? オイィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィーーーーーーーーーーっ!?!?!?」



 サイ・クロップスはさらに激昂。

 「早く救護テントに行かないと大変なことになります」という、ゴルドウルフの逃げながらの説得も、耳に届かなかった。


 たった1匹の蜘蛛から始まったこの事件は、武器庫テントを倒壊させるまでに至る。

 ゴルドウルフはサイ・クロップスの眼を気遣って、救護テントに誘導したのだが、サイはそこでも大暴れ。


 結局……ふたつのテントをメチャクチャにしてしまうという、この訓練場始まっての大被害を出してしまった。


 所長が制止に入って、ようやく収ったのだが……。

 治療が遅れたサイ・クロップスの片目は元通りにはならなかった。


 サイ・クロップスはそのことを恨み続け……。

 ゴルドウルフを殺そうと、ずっと躍起になっていた。


 そんな、因縁ある両者が……。

 いや、一方的な因縁を付けられているだけの、オッサンが……。


 時をこえて今ここに、ふたたび相まみえるっ……!

次回から、ざまぁ再開です!

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