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11 給料日

 『スラムドッグマート』が開店して数週間後には、聖女のいる店として近隣の冒険者の間では知らぬ者がいないほどに有名になっていた。


 プリムラは相変わらず看板娘としてよく働いているし、「午後に時間があいている時だけ」なんて言っていたリインカーネーションも連日のように店に立っていた。

 さらには留守番を嫌がったパインパックがメイドに連れられやって来て、ホーリードール一家が勢揃いしてしまったのだ。


 パインパックはまだ幼かったので、常に誰かが面倒を見ていなくてはならなかった。

 だがこの幼女は店員どうしがすれ違う際、コアラが木から木へと移るようにして移動し、常に誰かの腕のなかにいた。


 しかし人見知りな性格だったので、知らぬ誰かが挨拶などしようものなら、サッ! と顔を伏せてしまうのだった。


 そして、その日はちょうど……開店してから1ヶ月目でもあった。


 屋根にひっかかるように片鱗だけを覗かせる夕陽をバックに、プリムラは軒先の帆をたたんでいた。

 サインボードを閉店側にひっくりかえして店内に戻ると、待ち構えていたゴルドウルフから封筒を差し出される。



「……おじさま、これはなんですか?」



「給料ですよ。1ヶ月、ご苦労さまでした」



「えっ、お給料……!?」



 ねぎらいの微笑みを浮かべるゴルドウルフに、目を丸くするプリムラ。



「とんでもない……! お金だなんて、いただけません! わたしはそんなつもりでお手伝いしたわけでは……!」



「いいえ、受け取ってください。……なぜならばこれは、お客様がプリムラさんを信用して、払ってくださったお金なのですから」



「お客様が、わたしを信用……?」



「はい。冒険者はモンスターと戦い、危険な地下迷宮(ダンジョン)を探索してお金を稼ぎます。いつも死と隣あわせで稼ぐそれは、彼らにとっては血と同じくらい大切なものなのです。その血ともいえるものを遣って、このお店に来て、武器や防具を買ってくださっているのです」



 そう言われて、プリムラはゾクッとした。


 いままでは実感が沸かなかったのだが、確かにそのとおりだと思い知らされる。

 自分の売った武器や防具を身に着けて、彼らは再び死地に乗り込んでいくのだと……!


 もちろんいい加減な気持ちで売ったつもりはなかったが、彼らの生命にかかわるものを扱っているんだと、身につまされる。



「……このお金は、お客様が私たちを信用し、生命をあずけてくださった証でもあるのです。それを私たちは、しっかりと受け止めなくてはならない。そして私たちは全力で、お客様のためになる武器や道具をお勧めしなくてはならないのです」



 そうだ、そうなのだ。

 この封筒の中には、彼女がひと月もの間応対してきた、客たちの想いが詰まっているのだ……!


 病気の母親のために、勇者になるんだというワンパク少年……。


 上級職になるための、試験クエストに挑戦するんだと息巻いていた青年……。


 パーティの火力アップのために、何時間も悩んで杖を選んでいたお姉さん……。


 家族とふたたび一緒に暮らすために、危険なクエストをこなしているベテラン冒険者……。


 亡き息子の夢を叶えるために、現役を退かずがんばっている年老いた冒険者……。


 そして、勇者に付き添う初めてのクエストで、不足しているものがないか何度も何度も確かめていった、自分と同じくらいの歳の聖女……!


 彼らの顔を思い浮かべながら、プリムラは封筒を受け取ると……大事に、大事に胸に抱きしめる。


 あの人たちは、こんな自分を信用してくれた……!

 信用してくれたからこそ、大切なお金を払ってくれた……!


 そう思うと、涙が出そうになってしまう。


 名家である『ホーリードール』家の人間にとっては、それは端金といえる金額だった。

 だが少女はこれほどまでに、お金をありがたいと思ったことはなかった。


 そして決意を新たにする。


 お客様がふたたびお店に来てくださったとき、お客様のさらなる成長をお助けできるように……!

 より良い武器や防具をお勧めできるように、もっともっとお勉強しよう……! と……!



「……ありがとうございます、おじさま……! わたし、もっともっとがんばります……!」



 星空のような瞳をキラキラと輝かせるプリムラに、ゴルドウルフはうん、と頷き返した。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 次にゴルドウルフは、売り物のムチを補充しているリインカーネーションの元へと向かう。


 おっとり天然聖女の肢体にはなぜか、朝顔のつるべのようにムチが絡みついていて、「あ~れ~?」とクルクル回っていた。


 どんな不運が重なったのかはわからないが、胸を絞り出すような形で緊縛されている彼女を助け出し、封筒を渡す。


 ちなみにではあるが、中身はプリムラより多くしてある。

 この店の家賃と、借りた開業資金を分割したぶんを入れてあるためだ。



「あらあらゴルちゃん、これはなあに? あっ、わかった! ママへのラブレターね?」



「……いえ、給料ですよ。1ヶ月、ご苦労さまでした」



「えっ、お給料……?」



 ねぎらいの苦笑いを浮かべるゴルドウルフに、目を丸くするリインカーネーション。

 妹とソックリのリアクションだったので、ゴルドウルフは先手を打った。



「受け取ってください。なぜならばこれは、お客様がマザー・リインカーネーションを信用して、払ってくださったお金なのですから」



 しかし……そんなお説教が通用する相手ではなかった。



「まあまあ……本当に店長さんみたいで、偉いわぁ……。じゃあご褒美として、それはゴルちゃんのお小遣いにあげちゃいます!」



「それは困ります、マザー。受け取っていただかないと……」



 しかし、逃げるように身体をくねらせるリインカーネーション。

 胸がドゥルンドゥルン揺れる。



「あ、そうだ! じゃあ、ゴルちゃんがママのことを『ママ』って呼んでくれたら受け取ってあげる!」



 さも名案のように言うが、ゴルドウルフは一蹴した。



「……ふざけないでください、マザー。お客様からの信頼の証であるお金を受け取らないというのでしたら、これ以上、お店に立っていただくわけにはいきません」



 厳しい顔でぴしゃりと言ってのけたが、相手はむしろ恋する乙女のような表情になる始末。



「あらあら、まあまあ……ゴルちゃん……りりしいお顔も素敵……! もうすっかり立派な店長さんね……! あ、そうだ! じゃあ、膝枕させてくれたら受け取ってあげる!」



 さらなる名案に、ぽん、と両手を打ち合わせるリインカーネーション。

 つきたての餅のような物体が、腕からこぼれんばかりに溢れている。



「……私が膝枕をすれば、受け取っていただけるんですね?」



「ううん、逆。ママがゴルちゃんに膝枕をするの」



 その行為になんのメリットがあるのかわからなかったが、これ以上話してもラチがあかないと思ったゴルドウルフは、膝枕で手を打った。


 善は急げとばかりに、店の一番広いスペースに布敷きを広げる大聖女。

 まるでピクニックにでも来たかのようなニコニコ笑顔で正座をすると、



「はい、いらっしゃい、ゴルちゃん」



 ドレスの上からでもわかるむっちりとした膝を、ぽむぽむと叩いた。

 何事だろうと集まってきたプリムラとパインパックの視線を感じながら、腰を下ろすゴルドウルフ。



「……あの、マザー。胸が……」



 スーパーサイズの胸部のせいで、膝に頭を置けなかったのでそう言うと、リインカーネーションは「よいしょ」っと背筋をそらし、腕で胸を持ち上げ空間を作ってくれた。


 ……給料を渡すのに、マザーとも呼ばれている尊い人物の膝を枕にする必要があるのだろうか……。


 そんな疑問がゴルドウルフの頭をよぎったが、もう後には引けない。

 煉獄でもこんな覚悟をすることは滅多になかったほどの思い切りで、大聖女の膝に横たわった。


 ……仰向けになったオッサンの真上には、ならだかな双丘がふたつ。


 いや、そんな生易しいものではない……!

 ビックサンダーマウンテンが、ダブルでカミングスーン……!


 不意に、その山が割れる。

 パックリと開いたMの字向こうには、お月さまのような聖女の微笑みが。



「あらあら、まあまあ……! ゴルちゃん、かわいい寝顔……!」



 直後、山と月が落ちてくる。

 この世の終わりのような光景とともに、ゴルドウルフの世界は闇に閉ざされてしまった……!


 瞬転、彼は煉獄でも味わったことのない、最凶技に見舞われることとなる……!



「もう、食べちゃいたいくらい……! ぎゅーってしちゃう、ぎゅーって……!」



 嬉しい悲鳴とともに、リインカーネーションの身体がベアトラップのように閉じてしまったのだ……!



 ……むっ、にゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーー!



 無限の弾力をもつ、ふたつのクッションで顔をプレスされてしまう。

 見方を変えれば、寝込みを襲う暗殺者の手口である。


 これには久しく悲鳴をあげることのなかったゴルドウルフも、たまらず叫びだしてしまった。



「んんんーーーーっ!?!?」



 どこまでも柔らかい胸と太ももによるサンドイッチは、綿菓子で首を締められているような感覚。


 しかも大変なことに気づいてしまう。

 マザーのドレスは、胸の下がパックリとあいていることに……!


 昔はマザーの母乳には魔力が秘めらていると信じられており、愛した勇者に魔力を提供するため、授乳をすることがあった。

 今でこそ廃れている風習ではあるものの、ホーリードール家に古くから伝わるドレスも胸を露出しやすい構造になっているのだ……!


 谷間に埋没していく鼻が(ナマ)……素肌を感じ、息をするだけで艶めかしい肌の匂いと、ミルクのような甘い匂いが鼻いっぱいに広がった。



「ちょ……ちょっと、お姉ちゃんっ!? おじさまが、おじさまが苦しそうです!」



 慌てて横から止めに入るプリムラは、完全に乳合わせの体勢、



「ぱいたんもやるー!」



 とオールバックの頭にしがみつくパインパック。


 長女の技と、次女と三女のアシストによって……オッサンは『乳の檻』に完全に幽閉されてしまった……!


 そして、あえなく轟沈……!

 ゴングが鳴ってわずか1分の、テクニカル・ノックアウト……!


 地獄の番犬ですら服従のポーズを取る魔狼が、3人あわせても自分より年下の少女たちに、手も足も出なかったのだ……!

次回、早くも2号店…!

そして次々回は、さらなる勇者ざまぁ展開…!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 結論、マザーはオッサンの天敵であった・・・(笑) ・・・プリムラさんは素直なのに、マザーは頑なことで・・・(呆れ) パインちゃん、こんなアホなことを覚えちゃダメよ?
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