11 地獄の訓練場(ヘイト回)
ゴルドウルフは過去幾度となく、勇者たちから『捨て犬』と称した追放を受けてきた。
それは、ひとりでは生還不可能な地に、事故を装って置き去りにするという手法が多く採られた。
しかし、なかには人の集まる地への追放という、変則的なものもあった。
「あのオッサン、ま~た帰ってきたよ」
「マジでキモくない? ホント、マジでゴキブリみたい!」
「あのオッサンがココに来たの、1ヶ月前っしょ? ここに送られてくるゴミって、ぜんぶ3日も持たないってのに……」
「キモいのを治療する、こっちの身にもなれっての。あ~あ、いい加減死んでくんねぇーかなぁ-」
「祈り、失敗したってことにしよっか?」
「そりゃダメだって。所長さんから言われてるでしょ、このゴキブリだけは殺すなって」
「そーそー。それにウチら『灰』が『白』になるためには、救護テントでの死者は最小限にしないと」
「でもこのゴキブリ、毎日ここまでされても生きてんだからさー。もうツバでよくね? ……ベッ!」
「ほら、そのへんにしなって。いつもみたいに目ぇ潰れてるから見えてないだろうけど、聞いてたらどーすんの」
「大丈夫だって、耳に矢が刺さってんじゃん。どーせ聴こえてないって」
「いーからやるよ。これ以上、祈りが遅れたら完全に治んないかもしれないんだから」
救護テントの中で、給湯室のOLのようにダベっていた少女たち。
今日の演習が終わって運び込まれた、たったひとつのタンカにさんざん毒づいたあと……。
灰色のローブの裾をつまんで跪き、先ほどまでの毒舌が嘘のような清らかな祈りを唱えはじめた。
「……我ら崇める御空……我ら崇める御国……我ら崇める御名……女神ルナリリス様……」
……それは、『神尖組』が設立されて間もない頃。
隊員たちを鍛え上げ、未来の隊長を育成する目的で、『訓練場』なるものが作られた。
集められたのは、ゴッドスマイルのハーレムから誕生した、選りすぐりの男の子たち。
彼らは小学教育を終え、これから中学生になろうかという年の頃の者がほとんど。
しかし中には、まだ小学生の幼子もいた。
神尖組は、ゴッドスマイルが有する軍隊の中でも、有事の際にはまっさきに動員される組織である。
そのため訓練も実践主義が取られており、相手にするのは的や人形などではなく、モンスターや人間……。
いわゆる、生きた『標的』が用いられていた。
モンスターは捕獲してきたものだが、人間は弾圧のために捕らえた者や、犯罪者などから調達された。
1週間、訓練生を相手に生き延びることができれば、自由の身になれる……。
そんな風にそそのかされ、特に犯罪者などは、自らすすんで志願した者もいた。
しかし誰もが、初日で後悔することとなる。
いやむしろ、後悔するためには初日を生き延びなくてはいけないので、その者は僥倖といえた。
集落を模した訓練場に、彼らは解き放たれ……。
そして訓練とは名ばかりの、虐殺の使徒たちに追い回される……!
しかも年端もいかぬ、少年たちに……!
剣で切り刻まれ、斧で首を飛ばされ……。
矢で射貫かれ、魔法で焼かれ……。
時には、『首』と名のつくすべての部位を、縄で絡め取られ……。
彼らが駆る馬によって、四肢を引きちぎられるっ……!
自分たちの半分も生きていないような子供たちに、遊び感覚で命を奪われるのだ……!
そんな、勇者の卵たち以外にとっては、『生前地獄』ともいえる場所に、ゴルドウルフはいた。
デスディーラーと呼ばれる創勇者一族の罠にかかり、犯罪者の濡れ衣を着せられ、ここに送り込まれてしまったのだ。
もちろんゴルドウルフは、無実を訴えたのだが……聞き入られるはずもなかった。
やむなくオッサンは、1週間生き延びれば解放されるという言葉を信じ……。
自由を求める死刑囚として、バトルランナーの日々に身を投じることとなったのだ……!
オッサンは持ち前のタフさと、尖兵で培った能力で、生き残りを果たす。
神尖組の少年たちは当初、屠殺する家畜の名を知らぬように、生きた教材の名など知らなかった。
しかし……この訓練場始まって以来の、生き残り記録である……。
3日を塗り替えられた時点で、ゴルドウルフという存在を意識しはじめる。
「おい、あのゴミ……。なんか最近ずっと見ねぇか?」
「ああ。でもあのゴミ、本当に道端のゴミみたいで、なかなか見つけられねーんだよな」
「だよな、チラっと見つけても、すぐまたいなくなっちまうし……まるでゴキブリみてーにすばしっこいんだ」
「ゴキブリ1匹ブチ殺せないようじゃ、俺たち神尖組の名折れだ……なんとしても今日こそは、あのゴキブリを踏み潰してやろうぜ!」
そして始まる、オッサンへの集中攻撃……!
虐殺に呵責どころか、プライドすら見出している少年たちによる、必死のオヤジ狩り……!
……ゴルドウルフ・マスト・ダイっ……!?
当初のうちは、それでも全く勝負にならなかった。
なにせオッサンの相手は、訓練場という名の温室で育ってきた、ある意味お坊ちゃん……。
尖兵で幾多のモンスターの囮になってきたオッサンとは、くぐり抜けた修羅場の数が段違いだったのだ。
オッサンは集落にあったものを利用して、簡単な罠を仕掛けて彼らを翻弄した。
勇者の卵を殺してはならないと、威力を最小限にまで抑えたものにして。
相手はオッサンを完全に殺しに来ているというのに、オッサンは彼らの行く末を案じている……。
なんとも、皮肉なものである。
しかし当時のオッサンは、本気で信じていたのだ。
この金の卵たちが孵れば、勇者による統治が進み、この世はより良くなっていくことを……。
そして、1週間だけ彼らに付き合えば、この地獄から解放され……。
誤解も解け、自由の身になれると……!
それはどちらも、誤りであった。
前者は言わずもがなだが、後者は、なんと……。
ゴルドウルフが重罪人であることを考慮し、刑期を1週間から1ヶ月に変更するという、非情なる沙汰が申し渡されたのだ……!
もちろんオッサンは抗議したが、聞き入られるはずもなく……。
歌い足りないカラオケのように、あっさりと延長が決定した。
そして始まる、殺しの延長戦……っ!
その時にはすでに、ゴルドウルフはこの訓練場で誰よりも有名人になっていた。
扱いも、『ゴミ』から『ゴキブリ』へと格上げ……。
しかも訓練場の所長により、『ゴキブリ』をより追い詰めた者は、神尖組の隊長候補に推薦する、という決定もあって……。
……ゴルドウルフ・アブソリュート・マスト・ダイっ……!?!?
さすがのオッサンも、これには負傷の日々が続いた。
なにせ訓練開始と同時に、すでに抜刀した少年たちが、脇目もふらずに襲いかかってくるのだ。
もはや他の死刑囚は『通りがかりのついでに殺す』もしくは、『出世レースに参加できない落ちこぼれの救済措置』くらいの感覚。
オッサンの命日は、今日か明日かと、施設の誰もが思っていた。
しかし、しぶとかった……!
もしこの世界に、緩歩動物の存在が確認されていたら……。
オッサンはきっと、『ゴキブリ』から『クマムシ』にさらに格上げになっていたであろうほどに……。
オッサンは、死ななかった……!
101回目のプロポーズを果たすまでは、死ねぬとばかりに……!
オッサンは、生き続けたのだ……!
集中攻撃を受けてもなお生存していたので、刑期が3週間を超えたあたりで、今度はハンデキャップが与えられるようになった。
そもそも、ハンデどころの騒ぎではない戦力差があるのだが……。
両手を鎖で縛り、足首に鎖鉄球を付けてスタートという、もはや『実戦さながらの訓練』の名目すら捨て去った、『完全なる処刑』へとシフトしていった。
さすがのオッサンも、これには毎日のように死地をさまようハメになってしまった。
最大の危機としては、ハンマーの殴打で顔を砕かれ、視界を奪われたころに、矢でアキレス腱を射貫かれ、歩けなくなったところにギロチンのような戦斧で追い回されたことである。
普通ここまでされて、さらに敵に囲まれているのであれば、生きるのをあきらめてもおかしくないのだが……。
オッサンは転がって攻撃を避け続け、振り下ろされた斧を利用して、手首と足首を拘束する鎖を切断。
自由になった両手を駆使し、まさにゴキブリのように這い……。
追っ手の脚を引っ掴んで倒し、砂をぶっかけて訓練時間内を逃げきったのだ。
その、生き地獄ともいえる逃亡劇は、ゴルドウルフがこの訓練場に来て、ちょうど1ヶ月目の出来事であった。
そして、当然のように……。
刑期は1ヶ月から、さらに3ヶ月へと延長された。