07 天国と地獄(ヘイト回)
「……オイ、なにかあったのか、オイ!?」
銃声を聞きつけ、リヴォルヴの書斎を覗いたのは、サイのように大きな男だった。
大柄な身体に加えて、サイのツノのように、上にツンと立てた髪型だったので、そのままでは戸口を通れない。
屈んで書斎の中に入ると、青白さを通り越して灰色の肌をした、不気味な全身が明るみに出る。
賽の目のような黒い瞳をしており、右目には眼帯。
左の眼だけをギョロリと動かして、床に大の字で転がる死体を見下ろしていた。
「新しい虎のカーペットを買ったのか、それにしちゃショボいなぁ、オイ!」
部屋にただよう硝煙の匂いにも気付き、男はさらに冗談めかす。
「それにこの屋敷は、禁煙じゃなかったのかよ、オイ!」
「煙草の煙はダメだ。いまウチのには、ふたり目がいるからナ」
まだ薄煙を立ち上らせている銃を構えたまま、顎で背後のテラスを示す。
そこには彼の妻であろう婦人と、ひとり目の子供であろう男の子が、楽しそうに談笑していた。
「でも、コイツの煙だけは別だナ。創勇者としての感性を高めてくれる。胎教にちょうどいい」
コーヒーの匂いでも嗜むように、かぐわしい表情をしたあと……。
リヴォルヴは愛銃を、再びに膝に抱く。
しかし熊のような男は不満そうだった。
「なんだよ、オイ! バカでかい音がしたから、面白ぇことでもあったのかと思ったのに……もう終わりかよ、オイ!」
「リゾートに飽きたんだったら、ちょうどいいヒマつぶしがあるんだけどナァ。神尖組の隊曹である、サイ・クロップス君に、ちょうどいいのが」
「もっと面白ぇことがあんのか!? もしかして揉め事か、オイ!?」
「ああ。野良犬のマスクを被った男が街で暴れたうえに、野良犬どもの巫女を連れて山に逃げ込んだんだ。ソイツを狩ってほしいんだがナァ」
「野良犬狩りってワケか、オイ! いいぜ、ちょうど身体がなまってたところだ! 2匹とも殺しちまっていいんだよな、オイ!」
「いや、巫女のほうは生け捕りにしてほしいんだがナ。マスクの男のほうは、好きにしていいから」
「引き受けたぜ、オイ! 久々に、アレをやりてぇから、剣を8本ほど借りてくぜ!」
「だったら、昨日改良が終わったワンハンドソードを持っていってくれ。新開発の魔法練成で、切れ味をさらにアップさせた最新のヤツだ。神尖組に正式配備する前に、試し斬りをしてほしいんだがナ。それと……」
リヴォルヴは説明を続けながら、書斎机の引き出しを開く。
しかし目的のものが見つからず、中を引っかき回していた。
「なんだぁ、オイ! 捜し物か!?」
「いや、野良犬がいるのは山の中だから、捜すのは大変だろうと思ってナ。焼き討ち用の道具も渡しておこうと思ったんだが……。たしか、この引き出しの中に入れておいたはずナんだがナァ」
「焼き討ち? あの山はたしか、火を放っても、空に居座ってる雲がスゲー雨を降らせて、すぐに消されちまうんじゃなかったのか?」
「ああ、確かにそうナんだが……。いま開発している『焼夷弾』は、豪雨でも消えにくい炎を噴出させるんだ。せっかくだから、ソイツも試してもらおうと思ってナ」
「創勇者ってヤツは、本当に抜け目がねぇなぁ! 野良犬狩りにかこつけて、新兵器の実験ってかぁ、オイ!」
……この時ちょうどリヴォルヴの屋敷からは、ひとりの女が、突き飛ばされるようにして追い出されていた。
先ほどリヴォルヴの書斎で、『ロシナンテルーレット』を受け……。
九死に一生を……いや、六死に一生を得た、ワイルドテイルの妊婦である。
彼女はようやく正気を取り戻したが、まだ顔は青ざめていて、歩くのもやっとの状態。
ようやく屋敷から開放されても、ひと息つくことすらしない。
よろめきながらも無理に歩いて、一刻も早くこの悪魔の館から離れようと必死だった。
ヨタヨタと中庭を進む彼女の前に、小さな子供がトトトトと駆けてくる。
「ママーっ!」
「あっ、どうしてここに……!? 集落で大人しくしてなさいって言ったでしょう!?」
「だって、ママが心配だったんだもん! リヴォルヴ様のお屋敷から帰ってくるママって、いつも元気がなかったから……!」
「ママなら大丈夫だから、心配しないで。それよりも、もしワイルドテイルの子供がひとりで歩いてるところを神尖組の人に見つかったら、何をされるか……!」
「ボクなら平気だよ! 誰にも見つからない抜け道とか、いっぱい知ってるし! それよりも、ママを守りたい! だってボク、お兄ちゃんになるんでしょう!?」
「ええ、そうね。あなたにはもうすぐ、弟ができるのよ」
「お腹、触ってみてもいい?」
「ええ、もちろんよ」
……それは、少年にとって……。
母と、そしてまだ見ぬ弟との……。
最後のふれあいになるはずであった。
しかしこの地を簒奪していた神々は、それすらも許さなかった……!
……カラーン!
甲高い金属音とともに足元に転がってきたそれは、神が振ったサイコロのように、出目のわかりきった……。
6面ぜんぶに、火炎のマークの入った金属の小箱であった。
それに気付いた途端、
「あっ、あぶないっ!!」
母の手によって突き飛ばされた少年が、目にしていたのは……。
……ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!
奈落の底から吹き上げてきたような、業火……!
そして、
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
まるで深淵に引きずり込むような、赤黒い炎に包まれた、ふたつの生命であった……!
悲鳴を耳にしたリヴォルヴは書斎から出て、ルーフテラスで寛いでいた家族と一緒に、その光景を眺めていた。
「おいおい、ロータスルーツ……。パパの書斎から、武器を勝手に持ち出しちゃダメだって……いつも言ってるんだがナァ」
「いいんだモン、パパ! だってボク、早くパパみたいな立派な創勇者になりたいんだモン!」
「んまぁ、ロータスちゃんったら……それに武器は、人に向けて使っちゃダメでしょう?」
「違うんだモン、ママ! 武器は人に向けて使うものなんだモン! それにアレは人じゃないよ、ゴミだよ! ボクはゴミをキレイにしたんだモン!」
「んまぁ、そうだったわね。それに、偉いわぁ。自分からすすんで、ゴミを片付けてくれるようになるだなんて……。ロータスちゃんは本当にやさしくて、正義感が強くて……本当に、いい子ねぇ……!」
「当然だモン! だってボク、お兄ちゃんになるんだモン!」
天上のような高みにいる家族は、幸せいっぱいの笑顔に包まれていた。
地獄の底にいるような、家族は……。
「に……にげ……て……! い……いき……て! あなた……だけ…………で…………も…………」
「ま……ママッ!? ママぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」
灼熱と、絶望に包まれていた。