06 狭間にいる男(ヘイト回)
それは、空と海の間。
何者も受け入れるような、開かれた紺碧と、何者も拒絶するような、切り立った岩壁にあった。
そこは、生と死の間。
避暑地の別荘のような壮麗さと、砦のような壮健さを兼ね備えた建物であった。
海に面した建物の南側は、プールや庭園などがあって、パノラマに広がるオーシャンブルーも独り占め。
内陸へと続く建物の北側は、砲台や投石器などの攻城兵器がずらりと居並ぶ。
それどころか処刑場まであり、外から見えないように灰色の壁に囲まれていた。
それらは相容れない、真逆のものであったが、どちらも享楽とするかのように、南国の花で飾り付けられている。
ハイビスカスの咲き乱れる敷地内の中央には、大きな屋敷。
2階のルーフテラスには着飾った婦人と、いかにも坊ちゃんといった風情の子供が寛いでいた。
その奥にある、開放感のある書斎には、この家の主が。
キッチリと撫でつけた髪に、蝶ネクタイのワイシャツにベストを羽織る、高級カジノのディーラーのような男が、革張りの椅子に身体を沈めていた。
「ふーん、で、そのイカサマを仕掛けた女が、神尖組の若いのと、やりあいかけたところを……。野良犬のマスクを被った、馬に乗った男がやってきて、巫女をさらっていった、と……。お前はそう言いたいんだナ?」
男は両手にあまるほどの、無骨で巨大な回転式拳銃を膝に乗せていた。
まるで愛猫でも撫でるように、銃のリールを指で転がしながら、目の前で直立不動になっていた部下をチラ見する。
射貫かれた瞬間、部下はさらにピーンと背筋を正した。
「はっ……はい! デスディーラー・リヴォルヴ様っ!」
「まぁ、野良犬どもの前に、遅れて現れたヒーローと考えれば……。これ以上うってつけのは、いナいって感じだナ。……それで?」
「はい。野良犬マスクはその後、シンイトムラウに逃げ込みました! 山の途中にある集落では、リヴォルヴ様が開発された、魔法地雷の試用が行なわれていたのですが……。その任務にあたっていた神尖組の者たちが、殺されておりました!」
「ナにぃ? ソイツらは確か、俺がこのまえ開発した、最新のマジック・チェーンメイルを着けていたはずだよナ? ナら殺されたのではナく、間違って地雷を踏んだんだろうナ」
「い、いいえ! たしかにひとりは焼死したのですが、他の者たちはぜんぶ、サラダフォークを喉に突きたてられ……絶命しておりました!」
部下のその一言に反応するように、ピン! と強く弾かれたリールが、ジーッ! と羽虫のような音をたてる。
リボルヴの足元の床には、後ろ手に縛られた、ワイルドテイルの女……。
しかも新しい命をその身に宿している、身重の女がいた。
彼女はぺたんと座り込んだまま、ヒイッ!? と小さな悲鳴をあげる。
震え上がる女を一瞥すらせずに、リヴォルヴは続けた。
「……サラダフォークってのは……木でできたフォークのことだよナ? 俺のマジック・チェーンメイルが、木のフォークごときに負けたって……お前はそう言いたいんだナ?」
「い、いいえ! 決してそのようなことは! で、でも……本当なんです! マジック・ウェポンですら防げるはずのマジック・チェーンメイルが……本当にサラダフォークに、貫かれていたんです!」
「ま、いいやナ。で、喧嘩をふっかけてきた女のほうはどうナった?」
「は、はい……。それが、野良犬マスクに気を取られている間に、逃げられてしまって……」
「ふーん、野良犬マスクと巫女には、山に逃げられ……カジノでイカサマにかけた女は、どこに行ったのかわからナい……お前は、そう言いたいんだナ? ふーん、驚いたナァ」
「も、申し訳ありませんっ! いま目撃証言をもとに、手配書を作成しております! 神尖組に対しては、すでに厳戒態勢を……!」
「違う違う。俺が驚いてるのは、そっちじゃナい」
「えっ? と、おっしゃいますと……?」
「俺の息のかかったカジノで、まさかイカサマをやるやつがいるナんてナァ……」
「えっ!? あ、それは、女がイカサマをしたというわけではなく、私どものほうが、女をイカサマにハメてやったのです! あの女は、しっかりと一文ナシにししておきましたから、そのへんは抜かりは……わあっ!?」
報告の途中で銃口を向けられ、部下は思わず飛び上がってしまった。
それどころか、
……ガキンッ!
と撃鉄まで下ろされ、場の緊張はピークに達する。
張り詰めた空気に、部下も、妊婦もすっかり青ざめていた。
テラスにいる母子ふたりは、書斎で何が起こっているのか気にも止めず、はしゃいでいる。
愛する家族に、椅子の背もたれを向け座っていたリヴォルヴ。
賑やかで温かな、生の喜びを、背中から……。
冷たくて静かな、死の恐怖を、正面から……。
それぞれ感じとり、いま自分が、狭間にいることを実感する。
「生き物ってのはナ、いつも狭間にいるんだ。生と死……ふたつの概念の間に掛けられた、狭い板の上を歩いている。自分の身体がどっちに傾いてるのかってのは、誰にもわからねぇ……。神のみぞ知る、『運命』ってヤツだナ。だから俺はその『運命』を、最大限に尊重し……狭間にいることを、少しでも楽しみてぇんだナ」
部下に向けられていた銃口がスッと落ち……。
足元にいた妊婦の腹に、向けられる……!
「この、俺が開発した最新式の拳銃、『リボルバー』には、6発の弾が込められる。弾丸をカートリッジ式にすることで、素早い再装填を可能にしたんだ。でもこの中には今、弾が1発しか入ってねぇ……。リールも回したから、引金を引いたところで、弾が出るかはわからナい……。野良犬のガキが死ぬ確率は、1/6ってワケだナ」
「お……おおお、お許しください、リヴォルヴ様っ! わ、私はどうなってもかまいませんから、この子だけは……この子だけはぁぁぁぁぁ……!」
顔をくしゃくしゃに歪め、泣いてすがる妊婦。
「お前が死んだら、腹ん中にいるガキも死ぬだろうが。それに、そんなに難しく考える必要はナい……。これは俺が考えた『ロシナンテルーレット』っていう、純粋な運命を試せる、最高の遊びナんだ。ロシナンテってのは、このゲームで最初に死んだヤツの名前だナ」
「ああああっ!? い……! いやあっ!? お、お許しを! お許しをっ!? リボルヴさまぁぁぁぁ……!!」
「いまお前のガキは、生と死の狭間にいる……! きっと、楽しんでる……! そうだよナ!?」
背筋が震え上がるような笑顔を向けられ、妊婦は氷像のように、全身真っ青になる。
「はっ、はははっ、はひいっ!? こ、この子ももう、じゅぶん楽しみましたから、も、もうっ、お許しをっ! お許しをぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ~~~!!」
「だから、お前も祈りナ……! 俺たち勇者に、ゴッドスマイル様という神がいるように……お前たち野良犬にも、神というものがいるのならナ……!」
リボルヴは、大勝負に出た客を見守る、ディーラーのように……。
狭間の向こうにいる、あの世への渡しのように……。
銃爪を、引くっ……!
「そして楽しめ……! 生と死の狭間を……!」
……ガキィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーンッ!!
「あうっ……! あううっ……!! あうあうあうあうあうああああああああああ~~~~~!!!!」
白痴になってしまったかのように、言葉にならない呻きが漏れる。
身体じゅうの体液すらも漏れ出したかのように、足元には水たまりが広がっていく。
もはや妊婦には、リヴォルヴの言葉は届いていない。
「コレを、週イチでやってやれば……野良犬の仔は、いつか死ぬ。1/6の確率を毎回くぐり抜けたところで、母親が精神をやられちまって、流産しちまうんだナ。野良犬を減らせて、ゲームも楽しめ、新兵器のリボルバーの試し撃ちもできる……。そして俺は、自分が狭間にいることを、強く意識できるんだよナァ」
……ガチンッ!!
その撃鉄が、いま一度、引き絞られる。
冷たい筒を再び向けられた部下は、股間をしとどに濡らしていた。
「そそっ、そんな!? お、お許しください、リヴォルヴ様っ!? ももっ、もうじゅうぶん、楽しまれたのでは……!? そそ、それに、野良犬マスクも巫女も、そして女も、必ずや捕まえてごらんに入れます! ですので、いま一度……! いま一度、チャンスを……!」
「お前がヘマしたことなんて、俺は最初から何とも思っちゃいねぇんだけどナァ。でもお前はイカサマという、俺がもっとも嫌うことを、俺のカジノでやりやがった。純粋な運命を、弄びやがったんだナァ。すでに1発外して確率は1/5になっているが、俺にとってはじゅうぶんすぎるくらいのチャンスを、お前に与えてやってる……!」
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
エンジョイ……!
ライヴ・オア・ダイ……!
ドガァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!
リヴォルヴはハードボイルドキャラのつもりなのですが、下手をすると裸の大将のようになってしまうので、台詞には気をつけたいです。