04 神の住まう山
灰色の戦車が、グレイスカイの市街を突き進む。
ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
塵ひとつ落ちていない大通りを、石畳を穿ち、我が物顔で駆け抜ける。
しかしそれは、決して鈍重ではなかった。
リゾート地らしく、ラフなシャツとショートパンツのセレブたちが、少し遅めの朝食を楽しんでいるところを……。
一陣の旋風のように、馳せ抜けるっ……!
ドズバァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーッ!!
ちょうどこの島に観光に来ていた、多くの名もなき勇者たちは、奇禍に見舞われていた。
これから舌鼓を打とうとしたブランチが突風で舞い上げられ、砂埃とともに襲いかかってきたのだから。
「あちちちっ!? 紅茶がっ!? スープがっ!? うわっちぃぃぃーーーっ!?」
「ぐわっ!? 砂が目に!? 口にっ!?」
「ぎゃあーーーっ!? トマトが、トマトがぁぁぁぁぁーーーっ!?!?」
ハイソな街角を、阿鼻叫喚の渦に包んでいたのは……。
月光の、覆面……!
の美しさとは程遠い、黄色い野良犬の、パーティマスクを被ったオッサンであった。
その右腕には、灰色の豪馬の手綱、
そして、左腕には……ワイルドテイルの少女。
少女は今までさんざん嬲られてきたのであろう、身体じゅうがアザだらけであった。
この島の民族衣装である、幾何学模様が入った巫女装束も、踏みにじられて見る影もない。
種族の特徴でもある、頭の上からちょこんと飛び出た犬耳、そしてお尻からぴょこんと飛び出た犬の尾。
どちらも愛らしいが、ちぎれそうなほどにボロボロになっていた。
野良犬マスクのオッサンは、馬の速度は緩めず、少女を一瞥する。
まだ意識を失っていることを確認すると、手綱をさらに打ち鳴らした。
不意にオッサンの顔の前に、白と黒、ふたつの妖精が姿を現す。
まずオッサンの左側に出現した、純白のドレスに身を包んだ妖精少女が切り出した。
『……計画がぜんぶ、台無しになってしまいましたね』
それほど残念でもなさそうな、白き少女。
しかし右側にいた、漆黒のボンテージを着こなす妖精少女は、プリプリ怒っていた。
『人質になってた巫女は、今日の夜に助け出すつもりだったのにねぇ! クーララカが余計なことをするから!』
オッサンはまっすぐ前を向いたまま、ふたりをなだめる。
『仕方がありません。クーララカさんは正義感の強い方ですから、我慢できなかったんでしょう』
『でも今朝のクーララカさんの感じですと、正義感というよりは、八つ当たりのように見えましたけど……』
『きっと昨晩カジノで大負けしたのが残っていたんでしょう。朝から機嫌が悪そうでしたから』
『そういえば昨日のカジノは、ひどいイカサマでしたね……。もちろん、稚拙という意味ですけど』
『昨日のカジノみたいに、ほっとけばよかったのに! クーララカが痛い目に遭うだけなんでしょ!?』
『昨晩イカサマを指摘しなかったのは、あのカジノは勇者の直営だったからです。巫女を救う前に、問題を起こすわけにはいきませんでしたから。でも先ほどの神尖組との喧嘩は、放っておくと大変なことになったでしょう。クーララカさんがもし彼らにカスリ傷でも負わせるようなことがあったら、死刑は免れません』
『なるほど、だから我が君は、わざわざこんな派手なやり方で巫女を救ったわけですね』
『そうです。いまごろは神尖組はクーララカさんどころではなく、私たちを追うのに必死でしょうから』
『あっ、我が君! 後ろから、ナントカ組の馬がたくさん追いかけてきたよ! でも、のろーい!』
『この「錆びた風」に追いつける馬は、人間の世界には存在しません。でも気をつけてください、我が君。すでに街中には、神尖組による非常線が張られているようですよ』
『ここまで騒ぎを大きくできれば、もうじゅうぶんでしょう。では、逃げるとしましょうか』
『逃げるって、どこに?』『どちらに?』
『この島で、巫女をかくまえる場所といったら……ひとつしかありません』
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
オッサンは愛馬である『錆びた風』を、島の中心部に向かって走らせた。
通りはバリケードで塞がれていたが、軽く蹴散らして。
そして……『神の住まう山』の麓にたどり着く。
この島の中心には大きな山々があり、そのまわりを囲むようにして、先住民である『ワイルドテイル』の集落がある。
厳密には、後から乗り込んできた勇者たちに追いやられてしまったのだが……。
島の外側にある平原や海沿いの地は、勇者たちの手によってすべてリゾート地か、兵器実験用の施設として再開発されてしまった。
ワイルドテイルたちは、それらの施設に立ち入ることを禁じられている。
そして彼らも決して、近寄ろうとはしなかった。
捕まってしまうと、リゾート地でこき使われる奴隷にさせられるか、兵器実験用のモルモットにされてしまうか……。
神尖組のチンピラたちにリンチにあい、嬲り殺しにあってしまうからだ。
その、はぐれたワイルドテイルたちを捕まえるだけでは用途に足りない場合は、神尖組が『ワイルドテイル狩り』を行なう。
彼らの集落に押し入って、男はもちろんのこと、女子供も容赦なく捕らえ……強制連行するのだ。
あまりにも残酷で理不尽な扱いであるが、彼らに同情する者はいない。
なぜならば、彼らは邪神信奉者に仕立て上げられているから……!
本来は勇者たちと同じ、この世界の主神である、ルナリリスを崇めているはずなのに……。
その形式が少し違うというだけで、違う神を崇めているという既成事実を作り上げられてしまい……。
種族規模でのイチャモンを付けられているのだ。
そのため神尖組は、絹の御旗を振りかざすように、彼らに好き放題できる。
そしてワイルドテイルたちは、何もかもが八方塞がりであった。
まず、彼らの信仰にとって必要不可欠な、巫女の少女を人質に取られている。
そのおかげで、抵抗しようにもできない。
島の外に逃げようにも、神尖組の厳しい監視があって、できない……。
山の中には、彼らの信奉する犬神がいると信じられており、島の掟として立ち入ることは許されていない……。
彼らは人里離れた山の麓での生活を、受け入れざるを得ないのだ。
その結果、ワイルドテイルたちの集落は、まさに狩場状態。
野良犬マスクのゴルドウルフが通りかかったときにも、直視できないほどの惨状が繰り広げられていたのだ……!
「キャァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーッ!?!?」
悲鳴とともに水田に放りこまれる、ワイルドテイルの幼子たち。
「おらおら、死にたくなけりゃ、田んぼの向こうまで走るんだよっ!」
クロスボウで威嚇射撃され、子供たちは泥まみれになりながらも命がけでぬかるみを進む。
そして、水田の真ん中あたりまで来たところで、
……ドォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
足元から高く上がった火柱に、包まれていた。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!?!?」
「熱い、熱いよぉぉぉぉぉーーーーーーっ!?!?」
「助けて! ママっ、ママぁーーーーーっ!?!?」
「かみさま、かみさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
火だるまになった子供たちは、水田の上をのたうち回って鎮火しようとする。
しかし、消えない……!
その様子を高みから眺めていた神尖組の若者たちは、手を叩いて喜んでいた。
「ぎゃっはっはっはっ! 派手に燃えたなぁ!」
「さすがは新型の魔法地雷! 威力がやべーぜ!」
「しかもいま開発中の焼夷弾と同じ原理らしいから、いちど火がつくとなかなか消えないらしいぜ!」
「おらおら、もっと暴れろ! でねぇと、こんがり焼けちま……ぎゃあっ!?」
はやしたてていた若者が、突然としてバランスを崩し、土手から足を踏み外す。
彼は悲鳴とともに水田めがけて転がり落ち、火に包まれていた子供に覆い被さっていた。
この魔法地雷は引火性が強く、あっというまに大きな火だるまが、もうひとつできあがる。
「うぎゃあああっ!? あっぢぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーっ!?!?」
「なんだ、どうしたんだ急に!?」
「見ろよ、アイツの脚! なんか刺さってるぞ!?」
「なんだありゃ!? 木の……フォー……ク……?」
それと似た木製の刃物が、その場にいる若者たちの首筋に、次々と突き立った。
喉を貫かれた彼らは、ぐらりと揺れ、膝をつき……。
水田を転げ落ち、泥に顔を突っ込んで絶命した。
ただひとりを、除いて。
「みっ……みみみ、みんな、死んじまった!? 何なんだ、何なんだっ!? いったい、何が起こったんだ!? ……はっ!?」
最後に生き残った彼が、最後に目にしたもの、それは……。
『神の住まう山』へと続く山道……。
その高みから静かに見下ろす、野良犬のマスクを被った、何者かの姿……!
「い……い、ぬ……?」
次の瞬間、野良犬が手をかざすと……。
……ストンッ!!
彼の首筋に、何かが深く突き刺さる。
がくり、と膝をついた拍子に、眼下に広がる水田が、目に入った。
そして……いまわの際の、信じられない光景に……。
すでに濁りつつある瞳が、ギョロリと剥かれた。
「が、ガキは……みんな、火だるまになったはずなのに……なん……で……?」
魔法地雷によって火に包まれていた子供たちは、火傷どころかシモヤケの跡ひとつない、無傷の身体となっていて……。
先ほどまでの出来事が夢であるかのように、泥の中にきょとんと座り込んでいた。
しかし火を燃え移された、神尖組の若者は……。
これは夢ではないと、周囲に訴えかけるように、
「うぎゃああああああああああああーーーーーーっ!?!? 助けて助けて助けて!?!? 助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーっ!?!?」
今まさに、火刑の真っ最中であった……!
次回、ついに最強の勇者が登場!