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03 はじまりの風

 南国の朝。爽やかな風が吹き抜ける、のんびりとしたカフェ。

 しかしそのゆるやかな時間は、一瞬にして凍りついてしまった。


 おそらく逃走したのであろう、ワイルドテイルの少女。

 さらに追っ手であろう、チンピラじみた少年たちがなだれこんできて、その場で彼女に公開リンチを始めてしまったのだ。


 誰もが関わり合いになりたくないと避けるなか、ただひとり立ち上がったのは……。

 スラムドッグマートの支部長にして、切り込み隊長のクーララカであった……!


 彼女は猛然とテーブルから起立すると、憤然と剣を握りしめる。

 今なお、いたいけな少女相手に理不尽な暴力を振りかざしている、チンピラたちの元に向かおうとした。


 しかし、



 ガッ……!



 と肩を掴まれる。

 視線を戻した先には、彼女の上司であるオッサンが、首を左右に振っていた。



「いけません、クーララカさん。彼らは『神尖組(しんせんぐみ)』の隊員です。そして、この島の衛兵でもあります。逆らったら、ただではすまないでしょう。それにあの少女は服装からして、この島の巫女です。手荒に扱われても、殺されることはないでしょう。ですから、いま助ける必要はありません」



 オッサンは「わかってください」とばかりに、祈るように声に力を込める。



「それに……私たちは、喧嘩をしに来たのではありません」



 しかしその祈りの言葉は、焼け石に水をかけたように霧散した。



「ふざけるなっ! 『殺されることはないでしょう』だと!? そんな憶測で、あの横暴を黙って見ていろというのか!? 『喧嘩をしに来たわけではありません』だと!? ああ、そうだ! 我々は商売をしに来たんだからな! でも、だからといって、あんな小さな子供がよってたかって痛めつけられているのを、黙って見ていろというのかっ!?」



 クーララカはオッサンの手を、身体全体ではね除けると、



「……見損なったぞ、ゴルドウルフ……!」



 心底軽蔑したような一瞥の後、再び身体を翻した。


 ……この島を実質的に支配している『神尖組』。

 彼らは隊員の証である、揃いのマントを身につけている。


 深紅のマントは血がしたたっているような、いびつなダンダラ模様。

 背中にあたる部位には、『神』と黄金の刺繍が施されている。


 クーララカはそんな、神の使いを自称する危険な少年たちに、挑みかかっていったのだ……!



「おい、貴様ら、やめろっ!」



 すると、少女の小さな身体を、靴底でグリグリと踏み潰していた少年たちが、いかにもガラが悪そうに睨み返してくる。



「ああん? なんだぁ、テメーは?」



「俺たち神尖組がすることに、ケチつけようってのか!?」



「なんだぁ? コイツ、よく見たら女じゃねぇか!」



「デケー女だなぁ、オイ!」



「それに、見ろよ! コイツが持ってるの、チャルカンブレードじゃねぇか!?」



「ってことはこの(アマ)……聖女従騎(ホーリーセイヴァー)!?」



聖女従騎(ホーリーセイヴァー)って、プジェトの騎士のことか!?



「なんでプジェトなんていう遠い国の騎士が、こんな所にいるんだよ!?」



「でも、おもしれぇじゃねぇか! いちど異国の騎士の太刀筋ってやつを、見てみたかったんだ!」



「そうだな、抜けよ! 相手してやるぜ!」



「って……おいおいコイツ、ブルってるじゃねぇか!」



「手がプルプル震えて、柄もまともに握れてねぇぞ!」



 チンピラに指摘されて、己が震えていることに気付いたクーララカ。

 「くっ……!」と呻きながら、気持ちを抑え込むように柄を握りしめる。



「おいおいネーチャン! そんなんでよく俺たち神尖組とやりあう気になったもんだなぁ!」



「でも、今更謝っても遅いぜぇ? 俺たちゃもう、ネーチャンとやる気マンマンなんだからよぉ!?」



「このガキは殺しちゃいけねぇって言われてるから、こうやってサッカーボールにしたところで、イマイチ盛り上がらなかったんだよなぁ!」



「そーそ! 『ワイルドテイルサッカー』は肉の塊になるまで蹴り回して、最後にゴミ捨て場にシュートするのが醍醐味だってのによぉ!」



「でもよぉ、このネーチャンなら、殺してもかまわねぇよなぁ!?」



「そーそー! でも、1発で殺すなよぉ!? 2発3発とマワして、神尖組に楯突いたことを、骨の髄まで思い知らせてやんなきゃな!」



「そうだ! 昨日配備された試作品の剣を、試し切りするのにちょうどよくねぇか!?」



「いいねぇ~! まずは、腕から斬り落として……! いや、それじゃすぐ終わっちまうから、指を1本1本切り落として……!」



「ネーチャン、運がいいぜぇ! ゴッドスマイル様の像がご覧になられているところで、ゴージャスマートの新兵器のモルモットになれるんだからよぉ!」



「あの広場にある、ゴッドスマイル様の像に届くくらい、イイ声で鳴いてくれよなぁ……! イッヒッヒッヒッヒ……!」



 新しいオモチャを逃すまいと、下卑た笑いとともに、取り囲んでくる少年たち。

 彼らはみな、プリムラと同じくらいの年の頃であった。


 しかしその邪悪さは、すでに大人顔負け。


 もはや、人を傷つけることを……。

 いいや、命を奪うことすらも、ゲーム感覚。


 これがゴッドスマイルの、未来の鉄砲玉……!


 クーララカは心の底から戦慄する。

 しかし震えは、その恐怖から来ているものではなかった。


 かつての彼女は、チャルカンブレードとともに、いくつもの死地をくぐりぬけてきた。

 しかし今は、その柄に手を掛けただけで、脈が乱れてしまう。


 身体の一部ともいえる、愛剣だったはずなのに……。

 どうしようもないほどに、抜くのが怖いのだ……!


 頭のてっぺんから汗が噴き出し、腹の底から胃液がせりあがってくる。

 まるで身体全体が拒否しているかのように、めまいが止まらない。


 ついには立ちくらみを起こし、周囲から嘲笑を浴びせられてしまう。



「ギャハハハハハハハ! このネーチャン、マジ、ビビってやがるぜ!」



「汗ダラダラ、脚ガクガク、頭フラフラ! ひゃーっはっはっはっ!」



「おもしれぇ! このまま脅かし続けたら、ションベン漏らしちまうんじゃねぇか!?」



「ふ……ふざける……なっ……!」



 近くにあったテーブルに手をついて、そう言い返すだけで精一杯のクーララカ。



 ……ゴゴゴゴゴゴゴゴ……。



 とうとう幻聴まで起こったのか、遠くから迫ってくる、地鳴りのような音を聴いていた。



 ……ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!



 それが現実であることに気付かされたのは、あるチンピラの一言。



「なんだ、ありゃあ……?」



「通りの向こうから、すげー勢いで馬が走ってくるぞ?」



「見たこともない、デケー馬だなぁ」



「それに、あの速度……。かなり、ヤベー馬みたいだぞ……?」



「あんな早馬、この島じゃ見たことねぇな。もしかして乗ってるのは、神尖組のお偉いさんなんじゃないか?」



 そして、訝しげだった声は、迫ってくる馬蹄とともに、大きくなってく。



 ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォッ!!



「いや、お偉いさんじゃないみたいだぞ! マントをしてねぇ!」



「なんか、こっちに向かってきてねぇか……!? いったい、どこのどいつだっ!?」



「なんだなんだ!? 何者なんだ!?」



「顔が見えねぇ! なんか、被り物をしてるっ!?」



 そして、ついに……彼らの声は弾けた。



「いっ……犬ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」



 ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!



 まるで脱線した暴走列車が突っ込んできたように、オープンテラスの外側にあった樹木や生け垣がなぎ倒される。


 それでも馬は止まらず、さらにテラス内を爆走。

 椅子やテーブルがハリケーンの直撃を受けたように弾かれ、そして少年たちも吹っ飛ばされる。



「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」



 クーララカだけは直撃を免れたが、衝撃で倒れ込んでしまう。


 彼女は朦朧とする意識の中、見送っていた。


 ウッドデッキを踏み荒らしながら、走り去る馬と、乗り手の背中……。

 そして乗り手の小脇に抱えられた、少女の姿を。

次回、早くも野良犬旋風が吹き荒れる!

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