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02 グレイスカイ島へ(ヘイト回)

 ……グレイスカイ島は、先住民族である『ワイルドテイル』という種族が多く暮らしている島です。

 犬のような耳に、しっぽをつけた半獣人たちですね。


 ワイルドテイルにはかつて祖国があったのですが、その土地を追われ、今では世界中にある小さな島で細々と暮らしています。

 グレイスカイ島も、その島のひとつというわけです。


 彼らはどの地においても、近隣諸国からの影響を受けず、独自の文化を営んでいます。

 そのため、文献などでは閉鎖的な人種として扱われていますが、実際の彼らはとても柔和であたたかです。


 抱いている感情にあわせて、犬のような耳やしっぽが動くので、とても感情豊かに見えるんです。

 そんな彼らが、我々の今回のお客様というわけですね。


 ちなみに世間的には『ワイルドテイル』と呼ばれていますが、現地の古い言葉では『シラノノコ』と言うらしいです。

 シラノというの『犬の』という意味で、ノコというのは『子供』という意味です。


 『犬の子』なんてずいぶん差別的に聞えますが、獣神信仰のある彼らはそれを誇りに思っています。



 ……ゴルドウルフは『スラムドッグスクール』の教室を使って、スラムドッグマートの幹部たちを集めて勉強会を開いていた。

 ハールバリーを制圧した今、次に狙うグレイスカイ島について教えていたのだ。


 オッサンは、小さな座席に座った大きな生徒たちを見回しながら続ける。



 彼らが信仰しているのは犬神で、現地の言葉では『シラノシンイ』と呼ばれています。

 シンイは『神』という意味なので、シラノシンイは『犬の神』というわけですね。


 このシラノシンイは、世界を司る女神『ルナリリス』と同一とされています。

 いくつかの遺跡や残された文献で明らかなのですが、勇者たちは邪神信仰と決めつけて彼らを弾圧しているのです。


 自分たちの浅慮で人を差別し、傷付け……。

 ましてや弾圧することなど、許されるわけがありません。


 ……ちょっと、脱線してしまいましたね。

 島の話に戻りましょう。


 『グレイスカイ島』はリゾート地としても有名ですね。


 南国の気候で、まわりの海も穏やかですので、マリンレジャーに適している場所です。

 毎年、多くの貴族や王族、そして勇者が訪れて賑わっています。


 ちなみに現地の言葉では『チュップセ島』と呼ばれているそうです。


 グレイスカイと呼ばれ始めたゆえんは、島の中央にある『シンイトムラウ』という山に、常にたちこめている雲からです。

 雲は灰色をしていて、いついかなる時でも消えることはないそうです。


 あまり日が差さない山なので、現地の人たちは『神の住まう山』として恐れ敬っています。


 犬神にまつわる現地の言い伝えは、他にもあるのですが……。

 そんな多くの神秘がある島に、これから私たちは『スラムドッグマート』を展開するのです。


 しかし彼らは、彼らが信じる『シラノシンイ』が認めたものしか使いません。

 現地には『ゴージャスマート』も存在していますが、現地の人たちは一切利用していないようです。


 いま私たちがいるハールバリーとは、客層、立地ともに大きく異なる場所ということが、これでわかったでしょうか。

 商売というのは、今までのやり方に固執していては成功しません。


 現地人たちを邪教徒だと断じる勇者のように、自分たちの考えを押しつけるわけではなく……。

 その場にあったニーズをくみ取り、ともに共存していく必要があります。


 何もかもがハールバリーと違う、このグレイスカイ島……。

 スラムドッグマートが他国に展開するにあたっての、ノウハウを培うためには最適の場所であると、私は思っています。


 さて、それでは早速、来週から現地への視察を行ないたいと思います。

 できれば露店による、テスト販売などもしてみたいですね。


 先発隊となる、視察メンバーとしては、私と……。



「はいっ! おじさまと一緒に、わたしもグレイスカイ島にお供させていただけませんでしょうか!?」



「ママも!」「パイたんもー!」



 最前列のど真ん中、いわゆる優等生席に座っていた聖女姉妹たちが、真っ先に手を挙げて立候補した。



「ホーリードール家のみなさんは、来週は聖女の大きな集会がありますよね? それに島の安全性については下調べはしてありますが、先発隊ともなると危険なこともあるかもしれません。私が安全を確認したあとに、ゆっくりと来てください」



 しかし先生にあっさりと却下され、優等生たちはガックリとうなだれる。


 いつもならマザーだけは、スッポンのように食らいついて離れないのだが、今回ばかりは事情が違った。

 近隣諸国の大聖女たちが集うという、来週の集会だけは、どうしても参加せざるを得なかったのだ。


 そのかわりとして、オッサン先生が指名したのは……。

 教室の最後部の、いちばんはしっこ。


 いわゆる不良席に座る、あの人物であった。



「それではクーララカさん、私といっしょに来週から、グレイスカイ島に出張してください」



「断固として断る!」



「リゾート地であるグレイスカイ島には、大きなカジノもありますよ」



「うむ、承諾した!」




 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 というわけで、グレイスカイ島へとやって来たゴルドウルフとクーララカ。

 到着は昨晩遅くだったのだが、今朝は小高い丘にある、オープンテラスのカフェで朝食を取っていた。


 オッサンはテラスから一望できる大きな広場を眺めながら、むっつりと対面に座っている同行者に語る。



「見てください、クーララカさん。ここは『神尖(しんせん)の広場』といって、『神尖組(しんせんぐみ)』の聖地でもあるんですよ」



 刑務所ばりの高い鉄柵に囲まれた、広々とした緑の芝生。

 中央には、天に向かって勇猛に槍を掲げるゴッドスマイルの像がある。



「かつて聖女従騎(ホーリーセイヴァー)だったクーララカさんなら、『神尖組』は知ってますよね?」



 『神尖組』……。

 勇者組織のトップに君臨する大勇者、ゴッドスマイルが所有している軍隊のひとつ。


 所属メンバーはみな戦勇者(せんゆうしゃ)で、ありとあらゆる武器に精通している手練れたちである。


 ゴッドスマイルが関わる戦争においては、必ず尖鋭を務めるのでそのような名が与えられた。

 そしていざ戦いともなれば、誰よりも早く敵に突っ込んでいくという、生命知らずの集団。


 彼らの駐屯地はいくつかあるのだが、このグレイスカイ島もそのひとつ。

 島内を我が物顔で闊歩している、ゴロツキの正体でもあった。


 オッサンは、神尖組のメンバーであろう兵士たちが、ならず者のように広場を練り歩いているところを遠目に映しながら続ける。



「この島にも『ゴージャスマート』はあります。しかしそれは商売のためではなく、新兵器実験のアンテナショップとして……。この島で開発された新しい武器を、島に訪れた勇者に配り、現地の人たちを使って実験しているのです。邪教弾圧と称して……」



 クーララカは片肘をついたまま、フォークでスクランブルエッグを口に運んでいた。

 あまりにも不機嫌そうだったので、オッサンは話題を変える。



「クーララカさん。昨晩は着いた早々カジノに飛び込んで、さんざん遊んだのですから、今日はちゃんと仕事をしてくださいね」



 言いながらふと、彼女の傍らにある剣に気付いた。



「それは……聖女従騎(ホーリーセイヴァー)のみが使えると言われた剣、チャルカンブレード……。持ってきていたんですね、実物を目にするのは久しぶりです。ちょっと、見せてもらえますか?」



「汚い手で触るなっ!!」



 オッサンよりもだいぶ歳下の娘が、ようやく発した言葉は威圧であった。


 昨日カジノで大負けしたのが、かなりショックだったのだろう。

 取り付く島もない……とオッサンは手を引っ込めた。



 ……ガシャァァァァァーーーーーーンッ!!



 突然、テラスのいちばん端にあった席が、弾け飛ぶ。


 目をやると、この島の民族衣装を身につけた、ワイルドテイルの幼い少女が倒れていた。

 続けざまに、ガラの悪そうな6人の少年が店に乗り込んできて、倒れていた少女に蹴りを加える。



「逃げんじゃねぇよ、おらっ!」



 ……ドスッ!



 少女の腹に、鋭いつまさき蹴りが突き刺さった。

 「ぐふっ!?」と口から胃液を撒き散らしながら、砂煙とともに地面をゴロゴロと転がる。



「まったく、手間かけさせんじゃねぇよっ!」



 ……ガスッ!



 休む間もなく、少女は胸を蹴り上げられた。

 「げふっ!?」と肺から息を絞り出しながら、面白いほど高く宙に舞いあがる。


 少女は打ち捨てられた人形のように地面に叩きつけられたあと、仰向けのまま動かなくなった。

 暴行していたのは中学生くらいの少年たちであったが、まわりにいた大人たちは誰ひとり止めることをしない。


 むしろ巻き込まれてはたまらないと次々と席を立ち、カフェをあとにしていた。

 完全なる営業妨害であるが、店の店員や主人たちも誰ひとりとして止めない。


 少年たちは、この島の自警団でもある『神尖組』。

 相手が、悪すぎるのだ……。


 この空間、いや、この島……。

 いいや、この世界において、少女の味方は誰ひとりいないかのように思われた。


 まわりにいた大人たちは、悲痛な表情を浮かべるものの……。

 少女が、少年たちによってサッカーボールのように蹴り回されるのが、当然の報いであるかのように眺めるばかり。


 ただ、ひとりを除いて。



 ……ガタンッ!!



 椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がったのは、やはり、あの(●●)オッサン……!?



 ……否っ!!



「おいっ、貴様ら、やめろっ!!」



 異国の騎士の証である、剣を手にした……。

 褐色の肌の、女騎士であった……!

次回、クーララカvs神尖組!

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