10 開店初日
『スラムドッグマート』、開店初日はそれなりに客が来るだろうと思い、ゴルドウルフは多めの仕入れを心がけた。
まず、スイングドアを開けて店内に入ると、人気の片手武器コーナー。
剣はナイフ、ショートソード、ロングソードまでが、杖はワンド、ロッド、スタッフまでが、書架を改造した棚にずらりと陳列されている。
特にナイフはどんな冒険者でも必ずといっていいほど携行するので、品揃えも厚くしてある。
左手にはポーションや魔法触媒などの消耗品コーナー。
窓から見えやすい陳列となっており、外を通りかかった冒険者が、買い忘れに気づいての入店を狙ったものだ。
右手にはショーウインドウがあり、将来的には高級武器コーナーにするつもりなのだが、今現在はこの店のマスコットキャラクターである、犬の『ゴルドくん』の巨大ぬいぐるみが鎮座している。
ちなみにこのぬいぐるみを作ったのは、リインカーネーションである。
店を奥に進むと防具コーナー。
革の服やローブなどがハンガーラックにかけられ、鎖帷子や鉄の鎧などはマネキンによって飾られている。
最深部は長物武器と盾コーナー。
バスタードソードやバトルアクスなどの両手武器、ランスやハルバードなどの槍系武器、クロスボウやロングボウなどの弓系武器、さらに盾が壁に所狭しと掛けられている。
そして最後に、右手の壁に面するようにあるのが会計カウンターと、マジックアイテムコーナー。
魔法書やマジックスクロール、指輪やイヤリングなどのアクセサリーが飾られている。
店自体はそれほど広くはないので、利幅の高い上級冒険者用の装備を扱うほうが効率は良かったのだが、ゴルドウルフはあえて客層を中級者までに限定する品揃えにした。
冒険に不慣れな彼らを手助けする事こそが、自分の役目だと思っていたからだ。
それに『ゴージャスマート』時代の常連客の多くは中級冒険者なので、オープン初日でもそれなりに売れるだろうと思っていた。
が……それは甘い考えだと思い知らされる。
悪いほうではなく、良いほうに……!
早朝から『ゴルドくん』のエプロンを身に着けたプリムラとともに客を迎え入れたのだが、なんと、午前中でほとんど売り切れてしまったのだ……!
もちろん嬉しい誤算ではあったが、午後からは押し入り強盗にあった跡のような店の前に立ち、残念そうに帰っていく客に頭を下げ続けなくてはならなかった。
午後に開店祝いの花輪を届けてくれたリインカーネーションも、
「まあまあ、そんなぁ~! ゴルちゃんとお店屋さんごっこ、したかったのぃ~!」
とダダをこねまくり、聖女が逆立ちをしても使わないであろうバトルアクスを買って帰って行った。
……まあ、それでも初日だけのことだろう。
大きな割引もしていないので、明日は客足も鈍るはず……と思っていた。
が……それすら甘い考えだったと思い知らされる。
閉店後から工房をかけずり回ってかき集めた商品は、初日と同じ速度でスッカラカンになってしまったのだ……!
これは、近くにある『ゴージャスマート1号店』が高級路線に転換し、行き場を失った近隣の客たちが集まってしまったせいだ。
……まあ、これも一時の需要だろう。
近隣の冒険者には必要な装備は行き渡ったはずだから、客足も鈍るはず……。
というゴルドウルフのすでに願いにもなりつつあった考えは、次の日になっても叶うことはなかった。
取引をしている工房はどこも増産に応じてくれたものの、閉店まで持たないのだ……!
本来この店は、冒険者である客と対話し、ひとりひとりにあった武器や防具を勧める運営形態を目指していた。
しかし目の回るような忙しさで、それができないのだ……!
そんな中でも、プリムラは本当によく働いていた。
武器屋の店員どころか働くことすら初めてであろうに、店の中を休むことなくちょこまかと飛び回り、あふれるスマイルで接客応対する。
本来であればゴルドウルフは店員の心得を教えなければいけなかったのだが、そのヒマすらなく、彼女は叩き上げでいろいろなことを覚えていった。
普通のアルバイトであれば、とっくの昔に逃げ出していてもおかしくない投げっぱなしの扱いであったが、むしろ楽しくてしょうがないようだった。
まさに聖女な少女の性格に助けられはしたものの、さすがにこの異常事態を続けるわけにはいないと感じたゴルドウルフは、原因の究明にとりかかった。
そして……それはすぐに解明される。
灯台下暗しというやつだった。
「まあまあ、ありがとうね。あぶないから、あんまり振り回しちゃダメでちゅよ~?」
自分よりずっと歳上のベテラン冒険者に、リボンをかけたショートソードを手渡しているリインカーネーションを目撃したのだ……!
「……マザー・リインカーネーション? こんなところで、なにをやっているのですか?」
いつのまにかスタッフエプロンを身に着けている大聖女を問い詰めると、悪びれもせずにニッコリと笑った。
「あらあら、なにって、ずっとお手伝いをしていたのよ?」
余談ではあるが、胸が大きすぎてエプロンがぜんぜん着けられていない。
いつもはサムズアップしているイラストのゴルドくんも、彼女にかかっては最敬礼で深く頭を垂れている。
「ずっとって……いつからやっていたんですか?」
すると、マザーはひとさし指をアゴに当て、
「んーと、今日はお昼から」
と思い出すように言った。
今日は、ということは……昨日も同じ行為をやっていたことを意味する。
「……マザーの職務、『聖務』はどうしたのですか?」
「あらあら、ゴルちゃん、心配してくれているの? でも大丈夫、マザーのおつとめはちゃんと午前中のうちに終わらせて、午後からここに来ているから」
アサガオのような笑顔で、偉大なる聖務を夏休みの宿題みたいに言ってのける彼女に、ゴルドウルフはなんたることだと頭を抱える。
確かに彼女はよく店の中で見かけた。
規格外の胸を、風を受けた風船のように揺らしながら、あっちへ行ったり、こっちへ来たりしていた。
それはてっきり、冒険者の用品を扱うこの店が珍しくて、入り浸っているだけだと思っていたのだが……。
よりにもよって、このアントレアの街……いや、このハールバリー小国でも有数の聖女である『ホーリードール家』のマザーに、店の手伝いをさせてしまっていたとは……!
次女が手伝いに来ているというだけでも大事件だというのに、長女ともなれば大・大・大事件……!
大スクープの現場のように、客足が途絶えないのも当たり前……!
彼女は本来、謁見するのにもひと苦労する存在……それを花屋の看板娘レベルにしてしまったのだ……!
これは完全に、今まで気づかなかった店主の落ち度である。
……しかし、しかしである……!
彼女の接客姿はあまりにもさりげなく自然で、そして似合いすぎていたのだ……!
煉獄ではわずかな微風が頬を撫でても、わずかな砂が天井から垂れ落ちたとしても、見逃すことのない絶対的な観察力を持った男……!
それがゴルドウルフ・スラムドッグ……!
しかし狼の本能が察知するのは、邪心……! 殺気や嘘などのネガティブムードだけ……!
この大聖女だけが持つ、店に溶け込むほんわかムードは彼のフィルターを迂回するようにスルーしていたのだ……!
それはさながら、狼の群れの中で自由奔放に振る舞う子鹿のよう……!
彼女は過去に一度、移動中の馬車から盗賊たちにさらわれてしまったことがある。
が、その身を穢されるどころか、身代金の要求もされることなく……なんと盗賊団全員を自首させてしまったのだ……!
どんな相手でもペースを握り、どんな場所でも己の場所に変える女……!
それがマザー・リインカーネーション・ホーリードール……!
「でも、毎日は無理だから、午後に時間があいてる時だけ……ねっ?」
彼女はいたずらっぽくウインクしながら、すでにゴルドウルフが依頼したような体で、交渉をはじめていた。
……ゴルドウルフは諦観する。
実を言うと、プリムラもリインカーネーションも、すぐに飽きるだろうと思っていた。
庶民の労働というものがどんなものか、数日体験すれば満足して元の聖女生活に戻るであろうとタカをくくっていたのだ。
しかし……それが激甘の考えだったと思い知らされるのは、それから1ヶ月ほど後のことだった。
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