205 弾けたポップコーン
スラムドッグカフェのまわりに集まっていた観衆は、大いに盛り上がった。
なにせ国家権力の象徴である衛兵と、庶民から親しまれている野良犬マスコットが、大立ち回りを繰り広げていたのだから……。
しかも戦いは血生臭くなく、滑稽そのもの。
ゴルドくんはカートゥーンアニメのキャラクターのように、おどけた調子で箱のまわりをグルグル回ったり、テーブルの上にあがったり、大忙し。
束になって追いかける衛兵たちは、いつの間にか仕掛けられた紐に足を取られて、スッテ~ンと転んだり……。
床に落ちていたモップを踏みつけて、ビヨヨ~ン立ち上がった柄に打ち据えられたりと、やられっぱなし。
ゴルドくんの肩にいる少女も、手にした棒で衛兵たちの頭をポカポカやっていた。
その様は、愉快で痛快。
観客たちは喜劇のショーを見ているかのように、衛兵がひとりやられるたびに大笑いし、一網打尽にされた時には快哉すら叫んでいた。
そして……小一時間ほどで、ノビた衛兵たちの山ができあがる。
「う……うわああああっ!? だ、誰かっ!? 誰かぁぁぁぁぁーーーっ!?!? ここに、国家転覆をもくろむ野良犬がいまぁーーーっす!! 衛兵を……いや、憲兵を……!! いやいや、軍隊を呼んでぇぇぇぇぇーーーーーっ!?!?」
ポップコーンチェイサーの悲鳴に呼応するかのように、人垣を押しのけ、大きな盾を持った重装の兵士たちが現れた。
騒ぎをききつけて、暴徒鎮圧の軍隊が投入されたのだ……!
「や……やったやったやった、やったぁーーーっ!! いくらなんでも、これには勝てないでしょぉーーーーーっ!?!? ボクチンに逆らったヤツがどうなるか……!! みなさん、やっちゃってくださぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーいっ!!」
しかし、野良犬は動じなかった。
もちろん、肩の上にいる少女も。
ふたりは積み上げられたテーブルの頂上で、悪の大臣を、その手下たちを……。
そして多くの民衆たちを、見下ろしていた。
背後には、ハールバリー小国の王城と、その城を包み込むような夕陽。
まるで城ごと背負い、後光が差しているかのような偉容を、眼下の者たちに見せつけていたのだ……!
「静まれーいっ!! 静まれ静まれ静まれっ!! 静まれーーーーーーーーーいっ!!」
頂点にいる少女が、幼いながらも荘厳さを感じさせる声を轟かせた。
そして続けざまに、天を衝くように拳が掲げられる。
「このバングルが、目に入らぬかっ!!!!」
少女の手首に巻かれていた、黄金の腕輪が……。
陽光を浴び、まばゆいほどの光輝を放った瞬間……!
……どばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーんっ!!!!
そんな、激音が聞こえてきそうなほどの……。
天が驚き、地が動くほどの衝撃が、広場を疾った。
「ここにいるわらわを、誰と心得るっ!? わらわはハールバリー王女、バジリス・ホーバリス・ハールバリー!! ハールバリーの次期女王でもあるわらわに……頭が高いっ!! ひかえおろう!!」
ハッ……!!
ハハハァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーッ!!
と、街じゅうが一斉にひれ伏した。
死にかけの蜘蛛のように仰向けに寝ていたポップコーンチェイサーも、
「ひっ……!? ひいいっ!? まさかまさか、まさか本当に、バジリス様だったなんて……!!」
シュバッと這いつくばって、ひらに平伏する。
「ポップコーンチェイサー! そなたはゴージャスマートから賄賂を受け取っていた責を受け、次期筆頭大臣候補から外され……! その後に、『ふにゃふにゃしてて役立たずの椅子大臣』に降格の予定であったな! それが受け入れられず、今回のような暴挙に出たこと……まことに許しがたいっ!!」
「で、でも……! お……お聞きください、バジリス様っ!! いまそこにいる野良犬は、チョコレートを独り占めにし……我々、王族を苦しめていたのですよ!? 現にバジリス様も、チョコレートが召し上がりたくて大騒ぎしていたではありませんか!! だからこのポップコーンチェイサーめは、バジリス様のことを思って、野良犬を懲らしめ、チョコレートを吐き出させようとしたのです!! ですから……悪いのはすべて、そこにいる野良犬なのですっ!!」
「わらわが何も知らぬと思っているのか!! この野良犬のことは、そなたよりもずっと良く知っておる! この野良犬ほど公明正大な者は、他にはおらぬ!!」
バジリスはそう申し渡しながら、ゴルドくんの顔にギュッとしがみつく。
「それにくらべて、そなたと来たら……。この世の中には、チョコレートが食べたくても食べられない子供たちが、大勢いるというのに……。それを私利私欲のために独り占めし、あまつさえ踏みにじるなどとは……言語道断っ!! 衛兵! その者を王都引き回しとせい!! さらには、追って極刑を申し渡すゆえ、覚悟せいっ!!」
「はっ……はああっ!? そ……そんな!! そんなそんなそんな!? そんあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
つい今しがたまで部下であった衛兵たちに、引っ立てられるポップコーンチェイサー。
その見苦しい悲鳴は、いつまでもいつまでも夕暮れの街にこだましていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ポップコーンチェイサーは王都じゅうどころか、ハールバリー小国全体の引き回しツアーに出発。
行く先々で、断頭台のような木枠に固定され、『ふにゃふにゃしてて役立たずの椅子』として、多くの民衆に椅子扱いを受けた。
夜も見張りなしで放置されたので、酔っぱらいや野良犬にオシッコをかけらたり……。
ホームレスたちの憂さ晴らしに、顔の形が変わるまで蹴りまくられた。
その刑罰のあと、ポップコーンチェイサーは正式に国家転覆罪に問われ、セブンルクス王国へ強制送還となった。
もともとは同盟のために送り込まれた彼だったので、少々の不祥事をしでかしたところで、国王も目を瞑るつもりでいたのだが……。
最愛の娘をメスガキ呼ばわりされ、しかも結婚を足がかりに国王にのし上がり、ハールバリーをセブンルクスの属国にしようなどという考えが明るみに出ては、黙ってはいられない。
逆にセブンルクス国王は、小国であるハールバリーに謝罪するハメになってしまった。
もちろんその怒りの矛先は、送り返されてきたポップコーンチェイサーに向けられる。
彼は、セブンルクス国王である父の顔に、泥を塗った愚息として……。
今では、城の中で道化役をやらされているらしい。
しかし彼は本当に、役立たずのボンボンだったのか……?
実は一点だけ、スラムドッグマートの発展に、大いに貢献したことがあったのだ。
それは……。
次回…今章のファイナル・エピソードです!