204 暴れん坊姫様
この国の衛兵局大臣、ポップコーンチェイサーの長口舌は止まらない。
「あのメスガキが何歳かは知らないけど、王族であれば9歳から婚姻はできる……。もう筆頭大臣なんて、やっすいポストなんてどうでもよくなっちゃうよね~! あのメスガキを釣れれば、国王になれるんだからさ! 国王になって、このやっすい小国をセブンルクスの属国にすれば、ボクチン、パパからほめられちゃう~! そうすればゆくゆくは、パパの跡継ぎに選ばれて、大国の国王になれるってワケ~!」
その告白を、ゴルドくんと肩の上の王女は、黙って聞いていた……今のところは。
王女が爆発せずにいられたのは、ゴルドくんが手で彼女の足首を握りしめ、合図を送っていたからだ。
「今は、堪えてください」、と……!
「やっすい店のやっすいチョコで国王になれるんだよ!? しかもこんなやっすい小国じゃなくて、すっごい大国の! ボクチン、あったまいい~! でもさぁ、ゴルドウルフさん、不思議に思わなかった? なんでこのボクチンが急に、こんな実力行使に出たのか……。それはね、今が絶好のチャンスだったんだよね~!」
「……今、バジリスさんが病床にいるからですね」
「あっ、知ってるんだ!? やっすい店のオーナーでも、そのあたりの情報は入ってくるんだね! あのメスガキ、今は病気で寝込んでるんだってさ! そこに大好物のチョコを持って、このボクチンがお見舞いに行ったら……もうイチコロだよね!」
いま、バジリスがスラムドッグマートにいることは、王族でもごく限られた人間しか知らない。
急な病に伏せっている、というのが公式発表として通達されていた。
それも当然であろう。
王女がこんな所にいるとわかれば、国家転覆を企む輩がこぞって押し寄せるからだ。
そして……当の王女は震えていた。
自分の身近にいる、家臣のひとりが……。
城内で見かけると、靴を舐めんばかりの勢いで平伏していた者が……。
まさかこんな、大それたことを考えていたとは……!
「でも城にいる他の大臣たちも、同じようなことを考えてるみたい。こんなやっすいチョコをなんとか手に入れようと、たったの1枚にビックリするくらいの大金を積んだり、部下を使って抽選の行列に並ばせるだなんて……。さすがは、やっすい小国の人たちは違うよねぇ~! 大国生まれのボクチンなら、こーやって頭を使って、タダで、たくさん手に入れるのに……。まあ、こんなにいっぱいあっても……ボクチンは高級チョコしか食べないから、いらないんだけどねぇ~!」
ポップコーンチェイサーは腰掛けていたチョコの箱から、野良犬印のチョコレートを何枚か取り出すと……。
足元にばらまき、凍った水たまりを割って遊ぶように、上からグリグリと踏みにじった。
「こんな風にして遊んだほうが、よっぽどいいよね! あはははははっ!」
……このやりとりは、まわりにいる人だかりには、届いてはいなかった。
ただ……その場にいるすべての者たちは、確かに見ていた。
拘束を解き放たれた野獣のように……。
高みから猛然と飛びかかる、仔ライオンのような、少女を……!
「このっ……! 慮外者ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
そして……その猛爪のような靴底が、『やっすいチョコ』を踏みにじっていた者の、顔面を捉える瞬間を……。
確かに、目撃していたのだ……!
グワッ……!
シャァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーッ!!
インパクトの瞬間、少女が被っていた被っていたキャスケットが外れ、美しい長髪が広がりなびく。
若者の、ずっと鼻持ちならなかったニヤケ顔が……。
張り飛ばされ、驚愕と苦悶に変形する。
チョコを食べ過ぎたかのように、噴出する鼻血。
それでもさらに食べ続け、虫歯になって抜歯されたかのように、飛び散る歯。
運悪くヤブ医者にかかったかのように、健常な歯まで、まとめてゴッソリと……!
衝撃のあまり、ポップコーンチェイサーは腰掛けていた箱の上から転落。
少女を胸に乗せたまま、ずしゃあと地面を滑っていった。
「い~いだいだいいだい! いだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーいっ!?!?」
曲がった鼻と抜けた歯、鼻と口から血をドクドクと溢れさせながら、ひっくり返った蜘蛛のようにもがく若者。
「黙るのだっ!! ポップコーンチェイサーっ!!!!」
しかしピシャリとカミナリを落とされ、悲鳴は強制終了。
それは子供とは思えぬ厳しい一喝で、駆けつけようとした衛兵たちですら、硬直してしまう。
「よもやわらわの顔を、忘れたなどとは言わせぬぞ……!」
マウントポジションで見下ろす少女は、燃えるような夕陽をバックに、長髪を炎のように逆立てている。
怒髪天を衝くその姿。
相手は幼い子供だというのに、ポップコーンチェイサーはすっかり萎縮していた。
「ひ……ひいいっ!? バジリス様っ!? な、なぜ、こんな所にっ……!?」
歯抜けの口をフガフガと動かし、なんとかそれだけを叫ぶ。
「そんなことはどうでもよいっ!! 貴様……わらわをメスガキ呼ばわりし、あまつさえ、この国を売り渡そうなどと、企てておったとは……!!」
「う……ううっ……!! え……衛兵っ!! 衛兵~っ!! こ……このクソガキが!! ボクチンを、ボクチンを蹴ったぁぁぁ~!! しかもバジリス様の名を騙って、ボクチンを脅そうしてるぅぅ~!! このクソガキを殺して! 殺してぇぇぇ~!! 早くっ、早くぅぅぅ~っ!!」
しかし衛兵たちは躊躇していた。
「なにやってるのさぁ!! 早く、早くぅ!! こんなクソガキが、バジリス様なわけないだろっ!! バジリス様はいま、病床に伏せっておられる……!! こんな所にいるわけがないっ!! 大臣であるボクチンへの暴行と、王族の……しかも王女の名を騙るのは重罪だっ!! もう……逮捕なんてしなくていいっ!!」
若者は完全に開き直り、金切り声で叫んだ。
「この衛兵局大臣、ポップコーンチェイサーの名において……!! このクソガキを、処刑するぅぅぅぅぅーーーーーーーっ!! 従わない者も、首にするぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーっ!!」
そこまで言われては、部下である衛兵たちは従わざるを得ない。
倒れているポップコーンチェイサーを中心に、バジリスのまわりを取り囲んだ。
その数、30人以上……!
輪の中にいたゴルドくんは、かがみ込んで手を伸ばし、バジリスをひょいと抱き上げた。
「よくやりました、バジリスさん。あとは、私に任せてください」
言いながら、彼女を再び肩車する。
その声色は、いつものゴルドくんの、ハイトーンなものに戻っていた。
かなりの窮地であるというのに、なんの気後れも感じさせない。
もはやゴルドウルフを誰よりも信じきっていた王女は、着ぐるみの大きな頭に、ギュッとしがみついた。
「よしっ……わらわは、そなたを信じよう! 王室として公認してやるから、暴れるなりなんなり、好きなようにするがいい!」
「ああん!? 何してるのさっ!? そのやっすい着ぐるみも、いっしょに殺して! 殺して! 殺してぇぇぇぇぇぇ!!」
ヒステリックな悲鳴とともに、戦いの火蓋は、ガパァと盛大に開かれた。
……まぁ、とは言ったところで……。
その火蓋はすぐに、すごすごと閉じてしまうことになるのだが……。
当然であろう。
いくら衛兵たちが、普段から訓練を積んでいるとしても……。
さらに2桁以上の戦力差があり、その全員が、武器を持っていたとしても……。
かつて現役軍人を多数相手にして、女性とダンスをしながら、脚さばきだけで勝ったこともある、オッサン相手に……。
勝負になど、なろうはずもなかった。
次回、ポップコーンざまぁ!