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203 饗宴と狂宴

 そこは、肥溜めに一輪の花が生まれたかのような、笑顔に溢れていた。



「チョコを1まいまるごとたべられるだなんて! うれしいーっ!」



「ありがとう、おねえちゃん!」



「礼などいらぬ。チョコはチマチマ食べるのではなく、頬張ってたべるのがいちばん美味しいのだからな」



「おにいちゃんも、いっしょにたべようよ!」



 最初は戸惑っていたマトゥも、弟妹たちに促され……受け取ったチョコを口にする。

 すると、



「う……うめぇぇぇぇぇーーーっ!? このチョコ初めて食べたけど、こんなにうまいもんだったのかぁーーーっ!?!?」



 初めて感じる幸せな甘みに、思わず目を見開いて居いた。

 そのまま無我夢中でガッつく。


 弟妹たちも負けじと、口いっぱいにチョコを頬張る。



「あまーいっ!」「おいひいーっ!」「ほおばってたべると、ほんとおにおひいねーっ!」



 うみゃうみゃと、口のまわりをベタベタにする彼らに、うんうんと頷き返すバジリス。

 ではそろそろ、自分も……と、野良犬印のチョコの包みを解いて、口に運ぼうとした直前。


 強烈な視線を感じた。


 見るとそこには、ぼろ布をまとったひとりの子供が、鼻水とヨダレをたらしながら佇んでいたのだ。

 視線は、バジリスの手元にあるチョコに釘付け。


 王女は、ふぅ、と溜息をついた。



「……これを、最後のチョコにしようと思っていたのだが……仕方あるまいな」



 チョコパーティの輪を抜け出し、子供に差し出す。

 同じくらいの年の頃の彼は「いいのかい?」と信じられない様子だったが、バジリスは大きく頷いた。



「ああ、そなたらの笑顔こそが、わらわにとって何よりの馳走じゃ」



 彼は言葉の意味は理解できなかったが、ともかくチョコをひったくるようにして貪る。

 気がつくとパーティの輪のほうには、ゴルドくんも合流していた。



「わぁーっ! ゴルドくんだぁーっ!」



「わぁーい! こんなにちかくでゴルドくんにあえるなんて、うれしいーっ!」



「おにいちゃん、ゴルドくんとおもとだちだっていってたけど、ほんとうだったんだね!」



「あ……ああ、ま、まあな」



 弟妹にまとわりつかれるゴルドくんは、両手を駆使して彼らをひとりひとり撫でてあげていた。

 さらに笑顔は咲き乱れ、歓声がおこり、子供たちが集まってくる。


 バジリスはゴルドくんに訴えていた。



「おい、ゴルドウルフ! わらわはこれから必ず、ここにいる皆がチョコを頬張れる国を作ってみせる! だからスラムドッグマートは、それまでにチョコが品不足にならぬよう、しっかりとした生産体制を整えるのじゃ! よいか、これはわらわからの上意……ではなく、お願いだ! 頼む、ゴルドウルフ!」



「わかりました」



 これにはゴルドくんが素直に首を縦に振ったので、バジリスは驚いていた。

 彼だけはずっと、バジリスの言うことを何一つ認めようとはしなかったので、これも断られるかもと思っていたのだ。


 その気持ちを見透かしたかのように、ゴルドくんは調子のはずれた声で言う。



「私は、自分ではなく、他人を笑顔にし……。自分の頬ではなく、他人の頬をいっぱいにすることであれば、できるかぎり協力します。チョコの増産についても、お約束しましょう。バジリスさん、お城に戻っても、今日の子供たちの笑顔を忘れないようにしてください」



「わかった! わらわは今日というこの日を、決して忘れぬ……!」



「では……今日だけ、特別ですよ」



 ゴルドくんが手品のように、両手を蝶の形にひらひらさせると、


 ……ずらずらずらっ!


 とグローブのような大きな手に、たくさんの板チョコが扇のごとく出現した。



「わああああああああああああああああああーーーーーっ!?!?!?」



 と子供たちから、今日いちばんの歓声があがる。



「今日はこの国にとって特別な日ですから、大サービスです。みなさんにチョコを差し上げます」



 ……その日、肥溜めが花園になったかのように、貧民街は子供たちの笑顔でいっぱいになった。


 誰もが頬がはちきれんばかりにチョコをほおばり、誰もがはちきれんばかりの笑顔。


 しかし……一部の大人たちは、泣いていた。



「お……おお……! バジリス様……!」



「まさかあの、ワガママ放題だったバジリス様が……!」



「大好きなチョコを、ゴルドくんからたくさん受け取っているというのに……!」



「自分は1枚も口になさらずに、子供たちに配っているだなんて……!」



「バジリス様……! なんという素晴らしいお心を、育まれたのでしょうか……!」



「スラムドッグマートで働かれているときは、何度、お止めしようと思ったことか……!」



「オーナーに掛け合っても、突っぱねられて……何という不敬な者だと、憤ったものだが……!」



「まさかあのゴルドウルフという男、こうなることを見越して……!?」



「だとしたらならば、なんという男なのだろうか……!」



「我ら王族関係者がいくら脅しても、一切屈することなく、己の考えを、貫き通し……!」



「我らが姫様を、変えてみせるだなんて……!」



「ゴルドウルフ・スラムドッグ……! お……恐るべき男よ……!」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 盛大なるチョコレートパーティを終えたバジリスは、ゴルドくんを引っ張るようにして、意気揚々とスラムドッグマートに戻っていた。


 その途中、広場を店舗とした『スラムドッグカフェ』の前を通りかかる。

 いつもは整然とした行列ができているのだが、今に限ってはなぜか……多くの人だかりに囲まれていた。


 中から悲鳴と高笑いが聞こえてきたので、バジリスはゴルドくんに肩車してもらって、覗き込んでみると……。



「あはははははっ! 今日でこの『スラムドッグカフェ』は、営業停止でーすっ! 不正調査のために、チョコレートはぜーんぶ没収しまぁーっす!!」



 メチャクチャに荒らされた客席、そして野外厨房から持ち出されたチョコレートの箱……。

 そしてその上に腰掛ける、ポップコーンチェイサーの姿が……!


 配下の衛兵たちによって、客はすべて追い出され、従業員は拘束されている真っ最中……!


 ゴルドくんは人だかりをかきわける。

 カフェのまわりで人払いをしていた衛兵を振り切って、ポップコーンチェイサーに近づいた。



「……これは、どういうことですか、ポップコーンチェイサーさん」



 静かな口調で問い詰めるゴルドウルフ。

 着ぐるみごしの声は、いつもであれば調子外れの甲高い声なのだが、今は変声魔法の機能をオフにしてあるので、いつものおっさんの声だった。


 その渋い声音で、ポップコーンチェイサーは気付く。



「あっ、ゴルドウルフさんじゃなーい? なんて格好してんの、おもしろーい!」



 「これは、どういうことなんですか?」と強めの口調で、オッサンはもう一度問う。



「なにって、決まってるじゃない! この前ボクチン、言ったよねぇ? チョコレートをぜんぶボクチンにくれなければ、どうなっても知らないぞーって!」



「チョコレートは、他のお客様と同じく、並んで買っていただくようお願いしたはずです」



「えーっ、そんなのヤダー! だいいち今の王城じゃ、スラムドッグマートのチョコを手に入れるためにみんな必死なんだよ? 同じようにしてたら出し抜けないよねぇ?」



「出し抜いて、どうするつもりだったんですか?」



 オッサンは、人の店をメチャクチャにしておきながら、ヘラヘラと笑う若者の意図を知っていた。

 しかし、あえて尋ねたのだ。


 いま肩の上にいる人物に、聞かせるために……!



「ええーっ、それ、前に会った時も言ったでしょー? いまボクチンさぁ、王城のでの立場がちょびっと良くないんだよねー。だから逆転するために、あの(●●)メスガキを釣ろうと思ってー!」



あの(●●)メスガキとは、もしかして……王女であるバジリスさんのことですか?」



「えーっ、王女サマのことを『さん』づけてで呼ぶなんて、不敬~! でもボクチンはいいんだよぉ、このチョコがあれば、あのメスガキはなんでも言うことを聞くからねぇ!」



「なるほど、それでバジリスさんに、筆頭大臣に取り立ててもらおうとしているわけですね」



「そゆことー! あのメスガキには、国王ですら言いなりだからねぇ! それにさぁ、あのメスガキを惚れさせれば、筆頭大臣どころか……次期国王だって夢じゃないよね~! 歳のいってる女だと、やれ宝石だ、やれドレスだと大変だけど……。まだ子供のメスガキだったら、こんなやっすいチョコだけでモノにできるんだから、楽だよね~!」



 まわりは自分の部下しかいないので、面白いようにペラペラと、目論見をしゃべってくれるポップコーンチェイサー。

 オッサンの肩上にいる人物が、今まさに……怒りに震えているとも知らず。

次回、姫様が、ついに…!

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[良い点] バジリス王女の献身と、ゴルドくんの粋な計らい・・・そして咲き乱れる子供たちの笑顔・・・! 大人たちよう・・・泣くんじゃねえ・・・! みんな笑ってんだからよう・・・! でも気持ちはわかる・…
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