表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

311/806

201 初めての日々

 この日、リインカーネーションはいつもより早く聖務を終わらせて、スラムドッグマートに出勤した。

 ゴルドウルフがバジリスを、ハムスターという偽名で働かせているという噂を聞きつけ、いてもたってもいられなくなったのだ。


 スイングドアを胸で押し開けながら、店に飛び込んだ大聖女が、見たものとは……。



「おおっ! リインカーネーション! 見るのだ! わらわがこれをやったのだぞ!」



 かつて一度も汚れたことのなかった顔を、煤だらけにしながら……。

 しかし満面の笑顔でピカピカの店内を示す、お姫様であった……!



「あらあら、まあまあ……! これをバジ……ハムスターちゃんがやったの!? えらいえらい、えらいわぁ!」



 リインカーネーションは、もうそれだけで感極まってしまう。

 しゃがみこみ、純白のドレスが汚れるのも気にせず、お姫様をギュッと抱きしめていた。



「ハムたん、えらいー!」



 おんぶされていたパインパックもひょっこり顔を出し、自分よりも大きなハムスターをなでなで。



「ハムスターさんは、来るお客さん皆様に、こうして自分が綺麗にしたお店を見せているんですよ」



 微笑ましそうに、プリムラが付け加える。



「わらわが生まれて初めて掃除したのだ! 当然であろう! むしろ記念として飾っておきたいくらいだ!」



「まったく……たかが掃除に、昼までかかるだなんて……でも初めてにしては、よくやったな」



 指導役のマトゥも、満更ではなさそうだった。



「ああっ、マトゥちゃんが教えてあげたのね! えらいわぁ! マトゥちゃんもぎゅーってしちゃう!」



 自分の顔以上もある胸に顔を埋めさせられ、マトゥ少年は初めての感触を知った。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 その日は店内の掃除と、外の掃除がお姫様の業務であった。

 途中、水まきで通行人に水をかけてしまい抗議されたのと、野良犬に水をかけて追い回されたこと以外は、大きな問題はなかった。


 ちなみにハムスターにかわって通行人に平謝りしたのも、ハムスターをかばって野良犬に噛まれたのもマトゥ少年である。



「ふたりとも、今日は一日ご苦労様でした。こちらは今日のお礼です」



 そしてついに待望のチョコレートが、ゴルドウルフの手によって、手渡されたのだ……!


 マトゥを押しのけ、そして報酬の入った封筒をも押しのけるようにして、チョコをひったくるハムスター。


 しかし開口一番、彼女の口から飛び出したのは……。

 勤労の喜びを与えてくれた、金狼への感謝ではなく……。



「た……たったの1枚!?」



 文句であった。



「そうですよ。日当の他に差し上げているチョコレートは、1日1枚ですから」



「わらわが……この、わらわが働いたのだぞっ!? 100……いや1000枚はないと、見合わぬであろう!?」



「ハムスターさん、労働の対価というのは身分で決まるものではありません。お願いした仕事の内容と、それにまつわる責任の重さ、そして結果によって決まります」



 ゴルドウルフに諭され、目に涙をいっぱい浮かべるお姫様。

 彼女は、自分がこれだけ働いたのだから、きっと両手で抱えきれないほどのチョコレートが貰え、そしていっぱい褒めてもらえるだろうと思っていた。


 だからこそ、余計にショックだったのだ。



「で、でもっ……! わらわは、わらわはっ……!」



 隣にいたマトゥは、呆れ果てた溜息をつく。



「はぁ、また出たよ。わらわは、わらわは、って……。お前がどれだけ偉い人なのか知らないけど、ここじゃ俺と同じアルバイトなんだ。いい加減、理解しろよ」



「ううっ……!」



 癇癪を起こしたように、チョコレートを持った手を振り上げるハムスター。



「いいのか、捨てちまって。お前が今日一日、働いて働いて、がんばってもらったチョコレートを捨てるのか?」



「ううっ……!」



 マトゥは、お姫様の震える手を取り、チョコレートごと彼女の胸に導いた。



「お前に、いいこと教えてやる。チョコレートってのはな、誰かに買ってもらうより、働いて手に入れたもののほうが、何倍も何倍もうまいんだぞ?」



「そ……それは、まことか……?」



「ああ、この店で毎日働いて、チョコをもらって食べてる俺が言うんだから間違いない。騙されたと思って、食ってみろよ」



 胸にある、銀色の包みに茶色い巻紙の板チョコを見つめ、ごくり……と喉を鳴らすハムスター。

 しかし、ぷるぷると首を振った。



「い、いや……今は我慢しておこう。わらわはどんなものでも、口いっぱいに頬張って食べるのが好きなのだ」



「そうか、じゃあいっぱいチョコを貯めないとダメだな。なら、これからも来いよ。10日も働けば、口いっぱいに頬張れるくらいのチョコが貯まるぞ」



「そ……そうであるな……。その方は、わらわの命の恩人であるから……。そっ、そこまで上申されては、断りにくいではないか……」



 ちなみに『命の恩人』というのは、水まきの時に野良犬からかばってもらった件のことである。


 なにはともあれ、服の袖でぐしっと涙を拭ったお姫様は、ゴルドウルフに向き合うと……。



「おい、ゴルドウルフ! わらわはまだまだ働くぞ! そなたから10枚……いいや、口からあふれるほどのチョコを貰うまでは、この店で働いてやるから、感謝するのだ!」



「そうですか、では明日からもお願いします。今日はお疲れ様でした」



 ゴルドウルフは喜びも嫌がりもせず、お姫様の申し出を受け入れる。



「あらあら、まあまあ! じゃあこれからたくさんお泊まりでちゅね! さぁさぁ、楽しいお家に帰りましょうねぇ~!」



 マザーから抱っこされた瞬間、安心してしまったのか……ハムスターことバジリスは、電池が切れたようにかくんと眠ってしまう。


 マザーはマトゥも一緒に屋敷に招こうとしたのだが、マトゥはやることがあるからと、断って帰っていった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 バジリスはパインパックと協力して工作し、『チョコ金箱』なるものを作り上げた。

 紙で作った宝箱で、中には12枚のチョコレートがおさまるようになっている。


 これをいっぱいにすることが、バジリスの生きる目標のひとつになった。

 そして幼い少女の、勤労の日々が始まる。


 最初は掃除だけだったのだが、やがて手の届く範囲での品出しや、接客も任されるようになった。

 客のフリした護衛たちは、自分の(あるじ)に高飛車ながらも接客を受け、影ながら涙する。


 ついには、他の店舗や工房への用事も任されるようになった。

 少年と少女は手を繋ぎ、多くの護衛たちに見守られながら、はじめてのおつかいをこなす。


 そして……。

 今まで王や王妃に甘やかされ、わがまま放題だった彼女は、下々の者たちの苦労を知った。


 薬草は山に分け入って、苦労して採取されているということ。

 たった一本の剣を作るのに、灼熱の中、多くの者たちが汗を流しているということ。


 それほど苦労して作られたものが、彼女にとっては驚くほどの安価で、店に並ぶこと。


 さらには、それらを熱心に吟味し、なけなしの金をはたいたうえで買い求め……。

 命がけの冒険に出かける者たちが、いるということ。


 自分が豪華な椅子でふんぞり返り、食べ物を口いっぱいに頬張れていたのは……彼らあってのことだということを、子供ながらに理解していったのだ。


 そして……3週間が過ぎた。

次回こそ、ついに…!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 人の上に立つ人というのは、こういう風に下の人たちの苦労も知らなければならないのですね・・・。 勇者組織にはそれが無い・・・だから上と下の苦労を知る海千山千のオッサンに手玉に取られるのだ!!…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ