197 スラムドッグカフェ
「あらあら、まあまあ! 見て見てゴルちゃん! カフェでお給仕するための、メイド服を作ってみたの!」
スラムドッグマートの事務所の一角で、期間限定カフェの制服のお披露目会。
手がけたリインカーネーションが自ら着こなして、初めてのおめかしした童女のように、るんたったったと踊っていた。
メイド服は白のエプロンを基調とし、水色やピンクのパステルカラーのワンピースで、複数バリエーションがあった。
どれも、不思議の国から飛び出してきたかのようにかわいらしいデザイン。
そして、不思議の国に行く途中で犬の上にすっ転んだかのように、ゴルドくんのアップリケが胸に大きくあしらえられている。
「ママ、こんなメイド服を着てお給仕するのが夢だったの! ママのお願いを叶えてくれるなんて、ゴルちゃんは本当にママ思いの子でちゅね~! いい子いい子の頬ずりしてあげるから、ちょっとしゃがんでみまちょうねぇ~!」
「いえ、結構です。もしかしてマザーもお店に立つつもりですか?」
「うん、もちろんでちゅよ~!」
「でも、マザーともあろう方が、給仕だなんて……。そんなことをしたら、ホーリードール家の威厳が保てなくなってしまうのではないですか?」
「あらあら、威厳だなんて……。そんな怖いもの、ママはいりまちぇん! ママはね、みんなの笑顔があれば、それでいいんでちゅよぉ~!」
「赤ちゃん言葉の時点で、威厳なんてもうないでしょ」
と、横にいたシャルルンロットが突っ込む。
「なんでナイツ・オブ・ザ・ラウンドセブンのアタシが、こんな格好しなきゃならないの」
彼女はメイド服を着せられてブツブツ言っていたが、金髪のツインテールにリボンと、顔はビスクドールのように愛らしいので、この中ではある意味いちばん似合っていた。
「かしこさ低そうのん」
赤ずきんちゃんから転身したようなミッドナイトシュガー。
「この服、フリルがいっぱいついていてかわいいです~!」
服のせいでさらに幼く見えるグラスパリーン。
「あんっ、この歳になって、こんな格好をするだなんて……。変じゃないかしら……?」
ちょっと夜のお店感を漂わせるミスミセス。
「みなさんとってもよくお似合いですよ」
賑やかな女性陣からすこし引いた場所で見ていたプリムラも、我が事のように嬉しそう。
彼女も負けないほどの美少女メイドっぷりを発揮している。
「プリたんも、にやうー!」
抱っこされたパインパックも、ちっちゃいメイドさんの格好で、破壊力抜群。
なにはともあれ、ここまで美少女揃いのメイド喫……カフェはこの惑星上には存在しえないと思わせるほどの、錚々たるメンバーであった。
ちなみに今は不在であるが、この後に、例のサプライズ・スタッフも加わってきて……。
『スラムドッグカフェ』は、もはや銀河系を探しても見つからないほどの楽園っぷりを迎えることとになる。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
カフェは、ハールバリー小国内にある各領地にバランス良く、特に人が多く集まる大きな街にオープンした。
といっても屋内ではなく、広場を借りきっての完全オープンカフェである。
すでにチョコレートで得ていた人気に加え、前代未聞の『チョコレート専門のカフェ』……。
さらにホーリードール家の聖女たちや、カリスマモデルであるビッグバン・ラヴたちがメイド服で宣伝しているのだがら、もう話題性としてはこれ以上のものはないだろう。
当然のように新聞で取り上げられ、それを目にした貴族や王族たちは、こぞってカフェを訪れる。
季節は春。
あたたかな日差しと柔らかい風。
初夏の新緑を眺めながら嗜むのは、もちろん……。
野良犬印の、チョコレートドリンク……!
これが上流階級の間では合い言葉になった。
まず、店に入ると、
「あらあら、まあまあ、いらっしゃ~い!」
「いらっしゃいませ、スラムドッグカフェへようこそ」
なんとあの、聖女の名門、ホーリードール家の長女と次女が、やわらか金剛力士像のように、左右に迎えてくれるのだ……!
運がいいと、彼女たちの後頭部あたりから、「い……いら……」と三女がチラ見えすることがあるそうだ。
これには多くの貴族や王族関係者たちが仰天し、跪いた。
いくら噂に聞いていたものの、いざ目の当たりにすると神々しさのあまり、思わず膝を折ってしまうのだ。
「んふっ、お客様、こちらへどうぞ……あはぁんっ」
そして、何もしてないのに色っぽい吐息をもらすお姉さんから、席に通され……。
「さっさと決めなさいよ」「何飲むのん」「なっ、ななな、なに、なさます、かっ!?」
ちびっ子トリオが注文を取りに来る。
ちなみにメニューは、ドリンクが4種類で、スイーツが4種類。
ラテアート付きチョコレート
ホイップチョコレート
ラテアート付きホワイトチョコレート
ホイップホワイトチョコレート
ショコラロールケーキ
ガトーショコラ
チョコレートクッキー
チョコレートフルーツ
いちばん人気だったのは、ゴルドくんのラテアート付きのチョコレートドリンク。
そして板チョコの美味しさとクッキーのハーモニーがクセになる、チョコレートクッキー。
ここに来て店員の対応は随分としょっぱくなるが、このあとは山か谷のどちらか。
「はぁーい、おまたせ~! これマジヤバいって! ヤバすぎて、持ってくる途中で一口食べちゃった! でも気にすることなくなくない!?」
「ふーん、これ、頼んだやつじゃん。……見本より少ない? ふーん、目の錯覚じゃん」
やたらとフレンドリーか、やたらと素っ気ないギャルたちが、注文したものを持ってきてくれる。
これには特に、若い女性たちが半狂乱になった。
なにせ新聞や雑誌でしかお目にかかったことのないカリスマギャルたちが、まさかのメイドギャルとして登場……!
たとえつまみ食いされても、場合によってはさらなる塩対応を受けても、文句を言う者など、ひとりもいるはずがなかった……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
『スラムドッグカフェ』はオッサンの狙いどおり、多くの王族や貴族たちを呼び寄せ、連日長い行列を作った。
普段は並ぶことはしないセレブな彼らも、話題のカフェともなれば話は別。
たとえ庶民と一緒くたにされようとも、嬉々として列に加わる。
なかには権力を振りかざし、優先的に中に入らせろと迫ってくる者もいたのだが、
「あらあら、まあまあ、いけまちぇんよぉ~。ワガママ言う子は、メッでちゅよ! メッ、メッ!」
マザーの一言で、あっさり撃退できた。
そして、さらに幸運の追い風が吹く。
シャルルンロットたち小学生軍団が、かつて参加していた剣術大会。
彼らはすでに、『アントレア代表選抜』と『ルタンベスタ代表選抜』に勝ち抜いていたのだが、さらに国の代表を決める大会である、
『ゴージャスマート杯 小学生対抗剣術大会 ハールバリー代表選抜』
において、なんとあっさり優勝してしまったのだ……!
これにはふたつの大きな勝因があった。
まずひとつめは、すでにこの国のゴージャスマートは撤退しており、コミッショナーとなる勇者からの妨害がほぼなかったこと。
そしてもうひとつは、わんわん騎士団たちの、移動販売……。
王都での営業許可が下りなかったとき、スラムドッグマートは屋台による移動販売をしていたのだが、彼女たちはそれにかこつけて、各地の小学校に殴り込みをかけていたのだ。
その喧嘩商売で、各小学校の腕利きたちを、軒並み叩きのめしていたせいで……。
大会で戦う前から、彼らを完全に圧倒していたのだ……!
国の代表選抜ともなると、多くの貴族や王族たちが来賓として大会会場に来ていた。
そこの優勝台を、征服するように登頂した、例のお嬢様が、
「この国の『ゴージャスマート』はアタシたちが完全に根絶やしにしたわ! 『スラムドッグマート』の武器でね! 野良犬の剣こそ、真に強い者が持つ剣なのよっ!!」
などとやったものだから、猛烈な追い風が吹き始める。
期間限定カフェと、国内大会での優勝……。
もはや上流階級たちの、野良犬への偏見は……。
完全に、過去のものとなったのだ……!
次回、新たなる問題が…!?