表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

305/806

195 ツケ

 これは、『伝説の販売員』騒動が一段落。

 シャオマオも修行のために、ヘンリーハオチーに帰郷したあと……。


 周囲の騒がしさはあるものの、いつもの日常が戻ってきた、『スラムドッグマート』のある昼下がりのこと。


 この店で働く者たちは、交代で1時間の昼休憩が与えられる。

 もちろんオーナーであるゴルドウルフも例外ではない。


 今日も秘書のプリムラと昼食を終え、休憩室で一息ついているところだった。



「最近、勇者様の不祥事が多いようですね……。まさか勇者様が、こんなに悪い事をされていただなんて……。わたし、びっくりです」



 お行儀のいい猫のように、ゴルドウルフと一緒に新聞を眺めていたプリムラは言った。

 ゴルドウルフは静かに答える。



「悪い事というのは、最後に必ず明るみに出ます。隠して、ごまかして、積み重ねれば積み重ねるほど、それが崩れたときの反動も大きいんです。人は必ず、行なってきたことのツケは、払わないといけない。勇者であれ、それは例外ではありません」



「人は必ず、行なってきたことのツケを、払うことになる……。だから軽はずみな行動は慎むように、ということですね」



 自分の胸に刻み込むように、おじさまの言葉を繰り返すプリムラ。


 ツケの全くない、まさに聖女といった少女こそ、その言葉を深く肝に銘じ……。

 ツケで首が回らない、この世に数多にはびこっている勇者ほど、その言葉をあざ笑う……。


 世の中というのは、皮肉なものである。

 オッサンもそのひとりであるかのように、自虐的に笑んだ。



「私もいま、ツケを払っている真っ最中です。『ゴルドくんに飛びつこう券』を、10万枚分処理しないといけませんから。着ぐるみを着たスタッフを多数配置して、対応してもらうつもりだったのですが……。まさかあぶり出しで、『ゴルド(ウルフ)くんに飛びつこう券』になる仕掛けがあったなんて……」



「みなさん、その仕掛けをお知りになってからは、あぶり出してお持ちになっておりますね……。ごめんなさい、またお姉ちゃんが、おじさまにご迷惑をおかけしてしまって……」



「いえ、プリムラさんが謝る必要はありませんよ。マザーが作った券を、私がよく確認しなかったのがいけなかったんです」



「お姉ちゃん、お店の中に『ハズレ券交換所』を設けて、飛びつこう券を集めるつもりだったみたいですよ。でも、アテがハズレてしまったみたいです。今やその券は、おじさまのファンの間で、高値で取引されているようですから」



「そうなんですか? セカンドマーケットの醸成は、あまり良いことではないですね」



「それでは正式に、『ゴルドくんに飛びつこう券』を販売されてはいかがでしょう? もちろん、あぶり出し付きで……。そうすれば、高値で取引されることもなくなります」



 プリムラは姉に比べると真面目なので、おじさまが抱きつかれて、自分がさらにヤキモチを焼くことになっても、こういう提案をする。

 しかしやはり当人は、乗り気ではないようだった。



「うーん、それはちょっと……。これ以上抱きつかれてしまったら、店舗での仕事ができなくなってしまいます。それにこのブームも、一時的なものでしょうし」



「一時的、とおっしゃいますと……?」



「今は『伝説の販売員』の話題の珍しさで、みなさん抱きつきたがっているだけでしょう。今は騒ぎも一段落しましたから、それが過ぎれば私のような人間に、抱きつきたがる人もいなくなると思います。10万枚もの券が、すべて使われることもないでしょう」



「……あの、失礼ですが、おじさま。わたしは今回のブームは、一時的なものではないと感じております。おじさまのファンになられる方は、これからもどんどん増えていくような気がしてならないのですが……」



 このオッサンは商売においても冒険においても、いつも鋭い読みを発揮し、外すことなどなかった。

 しかしこの件に関しては、ハズレもハズレ、大ハズレ。


 プリムラの言うとおりになってしまうのだが……。

 その事実を、今はまだ知らずにいる。


 そして、そのキッカケを作ることとなった人物が、休憩室にひょっこりと顔を出した。



「プリムラちゃん、ちょっとちょっと」



 開け放たれた扉から顔だけ出して、手招きするリインカーネーション。



「なんですか? お姉ちゃん、お話があるのでしたら、こちらで……」



「ここじゃダメなお話なの。だからお願い、ちょっとこっちに来て、ねっ?」



 しつこく招かれて、プリムラは席を立ち上がる。

 おじさまに一言断ってから、姉についていった。


 女子従業員用の更衣室に妹をひっぱりこんだリインカーネーションは、いそいそと紙切れを取り出す。

 紙片の(おもて)はパインパックの落書きで、その裏には……。



 ●ママ

 ○プリムラちゃん ※これから勧誘

 ●パインちゃん

 ●バーちゃん

 ●ブリちゃん

 ○ミグレアちゃん ※バーちゃんとブリちゃんが勧誘

 ●シャルちゃん

 ●シュガーちゃん

 ●パリーンちゃん

 ○シャオマオちゃん ※お手紙で勧誘

 ●ルクちゃん

 ●プルちゃん

 ○クーララカちゃん ※これから勧誘

 ●ミスミセスちゃん



 姉の名前と自分の名前、ひとりを除いてよく知っている面々の名前が、ずらずらとあった。

 リストはミスミセスの後もずっとずっと続いていて、スラムドッグマートの女子従業員の名前だった。



「お姉ちゃん……これは、なんでしょうか……?」



 妹が訪ねると、姉はフンスと鼻息荒く答えた。



「これはね、ハーレムのリストよ! ママ、決めたの! ゴルちゃんのハーレムを作るって!」



「えええっ!? どうしてそんなことを!?」



 するとマザーは、少し淋しそうな顔になる。



「そう決めたのは、この前のツアーの時からなの。ママやみんなが何をしても、ゴルちゃんは喜ばなかったから……」



 マザーはゴルドくんの着ぐるみのお尻に、スラムドッグマートの商品である『感情にあわせて動くしっぽ』を付けていた。

 美少女軍団からあれほどの大サービスを施されても、ゴルドくんのしっぽはピクリとも動かなかったというのだ。


 マザーがツアーの最中、珍しく眉間にシワを寄せていたのは、このためである。



「それでママはわかったの。ゴルちゃんはきっと、数人の女の子じゃ喜んでくれないんだって……! だからこっそりハーレムを作って、ゴルちゃんを喜ばせようと思って!」



「ええっ!? でもハーレムって、勇者様だけに許されたものでは……!?」



「そんなの関係ないわ! 世間がなんと言おうと、ゴルちゃんと女の子たちが幸せになれるんだたら、それが一番じゃない!?」



「そ、それは……。それは、そうかもしれませんけど……。でも、おじさまはなんとおっしゃるか……」



 ハーレムリストの上に、さらなる紙片が乗せられた。

 それは、なんと……!



 『ゴルちゃんがなんでも言うことを聞く券』っ……!



「こ、これは……!」



「そう! これがあれば、ゴルちゃんもハーレムを認めざるを得ないでしょう!? それに、これだけじゃないわ! ハーレム賛同者を5000人集めて、さらに新聞のトップ記事になるくらいに、大々的に発表するの! そうしたらゴルちゃんも、イヤとは言えなくなるでしょう!?」



「ええっ!? どうやって……!?」



 驚きっぱなしのプリムラ。


 まず、どうやって賛同者を集めるのか。

 ただのファンというなら、今のブームを利用すれば集まりそうではあるが……。


 ハーレムは結婚と同じで、配偶者の扱いとなる。

 いくら世間がおじさまブームとはいえ、ファンクラブ感覚で結婚したがる女性が、そんなにいるとは思えない。


 だいいち5000人といえば、ゴッドスマイルのハーレムにいる夫人の数と同じだ。

 『神にいちばん近い男』と呼ばれる勇者と同じハーレムとは、まさに神をも恐れぬ所業である。


 さらに言うと、勇者でもなんでもない、ただのオッサンのハーレム設立宣言など、狂言でしかない。

 そんなクレイジーなだけの話題を、どうやって新聞の一面にするのか。


 しかしマザーは、マルチ商法の勧誘さながらに、自信満々であった。



「まだ少ししか声をかけてないんだけど、みんなオッケーしてくれたの! もう100人近くも集まったから、あと4900人くらいすぐよ! それに新聞の一面に載る方法は、ビッグバン・ラヴのふたりに協力してもらうの!」



 聞くところによると、ビッグバン・ラヴのふたりはツアーが終わってからオッサンに会っておらず、会いたくて会いたくてたまらないらしい。

 しかしその震える気持ちを抑え込めていたのは、このマザーの壮大なる計画のおかげである。


 ギャルたちはゴルドウルフをマネージャーに仕立てるべく、突っ走ろうとした。

 しかし寸前で、失敗する公算が大であると判断し、思いとどまる。


 その後、マザーからのハーレム勧誘を機に、数の力でオッサンを落とす作戦に方向転換したのだ。


 さらに彼女らは、プロデューサーであるミグレアも、絶対にハーレムに引き込んでみせると宣言。

 ミグレアのオッサンへの想いを知った以上、自分たちだけ幸せになるわけにはいかないと思っていたのだ。


 カリスマギャルトリオで、ハーレム入りを果たす……!


 それがギャル双子の、新しい人生の目標となっていた。


 肝心の話題作りについては、彼女たちはツアーが終わって、新しい大魔法を開発したそうだ。


 『バーニング・バラージ・ドラムソロ』と『ブリザード・ブリッツ・ペンタトニック』を二つあわせると、大きなエネルギーが生まれ、大爆発を起こすと気付いたのだ。


 新しい大魔法というのは、それだけで大きな話題となる。

 しかも、今をときめくカリスマモデル2人組の考案ともなると、マスコミはこぞって取材に来るだろう。


 そこでステージイベント形式での、一大発表会を行なうのだ。

 この新しい大魔法の名前は、



 『ビッグバン・ゴルドウルフ・ラヴ』と……!



 もちろんその由来を尋ねない記者など、いるはずもない。


 そこでさらなる、大・大・大発表……!

 詰めかけた5000人の賛同者が、一斉にステージに上がり……!



「私たちは……!! ゴルドウルフ様のハーレムに入ることを、ここに誓いまぁーーーーーーーーーーーっす!!!!」



 ……誓いまぁーーーーーーーーーーーっす!!


 ……まぁーーーーす!


 ……ぁーす……。



 その記者会見の模様と、新聞の一面を想像したあと……。

 ハッと我に返るプリムラ。



「ほ、本当に、おじさまの、ハーレム、が……?」



 まだ夢の続きを見ているかのように、その瞳は潤んでいた。

 すでに半落ちであるが、マザーはさらにたたみかける。



「そうよ! しかもゴルちゃんハーレムの第1夫人は、プリムラちゃん、あなたなのよ!」



「えっ……!? ええええっ!?!?」



 少女は、友達が勝手に応募したオーディションで、グランプリのスポットライトを浴びた瞬間のような表情になった。



「プリムラちゃんも、『ゴルちゃんがなんでも言うことを聞く券』を持っているでしょう? それを使って、ゴルちゃんに第1夫人に選んでもらうのよ!」



「わ……わたしが第1夫人(ファースト・レディ)だなんて……! そんな、とんでもありません! だいいち、お姉ちゃんは……!?」



「ママはいいの! ママはゴルちゃんの『第1ママ』になるから! プリムラちゃんがゴルちゃんのいちばんのお嫁さんになって、ママがゴルちゃんのいちばんのお母さんになるの! それって、とっても素敵じゃない!?」



「わ、わたしが、いちばんのお嫁さんになれるかは、わかりませんけど……。は……入りますっ……! わたしも、おじさまのハーレムに入らせてくださいっ!」



 ……ガコォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!



 またひとつ、運命の歯車が時を刻んだ音が、世界のどこかで鳴り響いた。


 ……人は必ず、行なってきたことのツケは、払わないといけない……。

 それは勇者であっても、例外ではない……。


 そしてそれは……あの(●●)オッサンであっても、例外ではなかったのだ……!


これにてジェノサイド一家編、終了です!


実はこのあと最後の最後の一家へのざまぁで、最大の大ネタを明らかにする予定でした。

でもそのネタはもうちょっと後に回したほうが面白いと考え、今回は扱わないことにしました。


あの人の名前が勇者の階級表から消えているのと、ジェノサイドダディの失点が未消化なのはその理由からです。


そして今章はもう少しだけ続きます。

本編は終わりなのですが、これから閑話に入ります。


スラムドッグマートに巻き起こる、今章最後のドタバタ……。

ちょっとベタなお話になりますが、箸休めとしてお楽しみください!


でも、その前に……。

1~2日ほどお休みをいただきます。


せっかくの区切りですので、これまでの感想や評価を頂けると嬉しいです!

そして宣伝なのですが、私がもうひとつ書いているお話、


『賢者学園のアウトロー 賢者の石の力で絶大なる力を手に入れ、悪徳賢者を気ままに成敗!』


こちらは休まずに掲載しておりますので、この機に読んでみていただけると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ・・・ロアー君のその後の予想を書き忘れていたので、書かせてただきます・・・。 まず、ロアー君はまだ生きていると思います。 あの山火事は三男を現行犯逮捕させるためだけではなく、DMAなど…
[良い点] 常に鋭い読みを見せる伝説の販売員は、相変わらず自分に向けられる好意には鈍感なのであった・・・(笑) ・・・そして、マザーのこの恐るべき計画・・・! 的確にオッサン包囲網を築きあげつつあ…
[気になる点] 「人は必ず、行なってきたことのツケを、払うことになる……。 だから軽はずみな行動は慎むように、ということですね」 ジェノサイドダディを影縫&成敗するためとはいえ 彼が自ら破滅の道を進…
2021/02/20 12:24 平民のひろさん
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ