195 ツケ
これは、『伝説の販売員』騒動が一段落。
シャオマオも修行のために、ヘンリーハオチーに帰郷したあと……。
周囲の騒がしさはあるものの、いつもの日常が戻ってきた、『スラムドッグマート』のある昼下がりのこと。
この店で働く者たちは、交代で1時間の昼休憩が与えられる。
もちろんオーナーであるゴルドウルフも例外ではない。
今日も秘書のプリムラと昼食を終え、休憩室で一息ついているところだった。
「最近、勇者様の不祥事が多いようですね……。まさか勇者様が、こんなに悪い事をされていただなんて……。わたし、びっくりです」
お行儀のいい猫のように、ゴルドウルフと一緒に新聞を眺めていたプリムラは言った。
ゴルドウルフは静かに答える。
「悪い事というのは、最後に必ず明るみに出ます。隠して、ごまかして、積み重ねれば積み重ねるほど、それが崩れたときの反動も大きいんです。人は必ず、行なってきたことのツケは、払わないといけない。勇者であれ、それは例外ではありません」
「人は必ず、行なってきたことのツケを、払うことになる……。だから軽はずみな行動は慎むように、ということですね」
自分の胸に刻み込むように、おじさまの言葉を繰り返すプリムラ。
ツケの全くない、まさに聖女といった少女こそ、その言葉を深く肝に銘じ……。
ツケで首が回らない、この世に数多にはびこっている勇者ほど、その言葉をあざ笑う……。
世の中というのは、皮肉なものである。
オッサンもそのひとりであるかのように、自虐的に笑んだ。
「私もいま、ツケを払っている真っ最中です。『ゴルドくんに飛びつこう券』を、10万枚分処理しないといけませんから。着ぐるみを着たスタッフを多数配置して、対応してもらうつもりだったのですが……。まさかあぶり出しで、『ゴルド(ウルフ)くんに飛びつこう券』になる仕掛けがあったなんて……」
「みなさん、その仕掛けをお知りになってからは、あぶり出してお持ちになっておりますね……。ごめんなさい、またお姉ちゃんが、おじさまにご迷惑をおかけしてしまって……」
「いえ、プリムラさんが謝る必要はありませんよ。マザーが作った券を、私がよく確認しなかったのがいけなかったんです」
「お姉ちゃん、お店の中に『ハズレ券交換所』を設けて、飛びつこう券を集めるつもりだったみたいですよ。でも、アテがハズレてしまったみたいです。今やその券は、おじさまのファンの間で、高値で取引されているようですから」
「そうなんですか? セカンドマーケットの醸成は、あまり良いことではないですね」
「それでは正式に、『ゴルドくんに飛びつこう券』を販売されてはいかがでしょう? もちろん、あぶり出し付きで……。そうすれば、高値で取引されることもなくなります」
プリムラは姉に比べると真面目なので、おじさまが抱きつかれて、自分がさらにヤキモチを焼くことになっても、こういう提案をする。
しかしやはり当人は、乗り気ではないようだった。
「うーん、それはちょっと……。これ以上抱きつかれてしまったら、店舗での仕事ができなくなってしまいます。それにこのブームも、一時的なものでしょうし」
「一時的、とおっしゃいますと……?」
「今は『伝説の販売員』の話題の珍しさで、みなさん抱きつきたがっているだけでしょう。今は騒ぎも一段落しましたから、それが過ぎれば私のような人間に、抱きつきたがる人もいなくなると思います。10万枚もの券が、すべて使われることもないでしょう」
「……あの、失礼ですが、おじさま。わたしは今回のブームは、一時的なものではないと感じております。おじさまのファンになられる方は、これからもどんどん増えていくような気がしてならないのですが……」
このオッサンは商売においても冒険においても、いつも鋭い読みを発揮し、外すことなどなかった。
しかしこの件に関しては、ハズレもハズレ、大ハズレ。
プリムラの言うとおりになってしまうのだが……。
その事実を、今はまだ知らずにいる。
そして、そのキッカケを作ることとなった人物が、休憩室にひょっこりと顔を出した。
「プリムラちゃん、ちょっとちょっと」
開け放たれた扉から顔だけ出して、手招きするリインカーネーション。
「なんですか? お姉ちゃん、お話があるのでしたら、こちらで……」
「ここじゃダメなお話なの。だからお願い、ちょっとこっちに来て、ねっ?」
しつこく招かれて、プリムラは席を立ち上がる。
おじさまに一言断ってから、姉についていった。
女子従業員用の更衣室に妹をひっぱりこんだリインカーネーションは、いそいそと紙切れを取り出す。
紙片の表はパインパックの落書きで、その裏には……。
●ママ
○プリムラちゃん ※これから勧誘
●パインちゃん
●バーちゃん
●ブリちゃん
○ミグレアちゃん ※バーちゃんとブリちゃんが勧誘
●シャルちゃん
●シュガーちゃん
●パリーンちゃん
○シャオマオちゃん ※お手紙で勧誘
●ルクちゃん
●プルちゃん
○クーララカちゃん ※これから勧誘
●ミスミセスちゃん
姉の名前と自分の名前、ひとりを除いてよく知っている面々の名前が、ずらずらとあった。
リストはミスミセスの後もずっとずっと続いていて、スラムドッグマートの女子従業員の名前だった。
「お姉ちゃん……これは、なんでしょうか……?」
妹が訪ねると、姉はフンスと鼻息荒く答えた。
「これはね、ハーレムのリストよ! ママ、決めたの! ゴルちゃんのハーレムを作るって!」
「えええっ!? どうしてそんなことを!?」
するとマザーは、少し淋しそうな顔になる。
「そう決めたのは、この前のツアーの時からなの。ママやみんなが何をしても、ゴルちゃんは喜ばなかったから……」
マザーはゴルドくんの着ぐるみのお尻に、スラムドッグマートの商品である『感情にあわせて動くしっぽ』を付けていた。
美少女軍団からあれほどの大サービスを施されても、ゴルドくんのしっぽはピクリとも動かなかったというのだ。
マザーがツアーの最中、珍しく眉間にシワを寄せていたのは、このためである。
「それでママはわかったの。ゴルちゃんはきっと、数人の女の子じゃ喜んでくれないんだって……! だからこっそりハーレムを作って、ゴルちゃんを喜ばせようと思って!」
「ええっ!? でもハーレムって、勇者様だけに許されたものでは……!?」
「そんなの関係ないわ! 世間がなんと言おうと、ゴルちゃんと女の子たちが幸せになれるんだたら、それが一番じゃない!?」
「そ、それは……。それは、そうかもしれませんけど……。でも、おじさまはなんとおっしゃるか……」
ハーレムリストの上に、さらなる紙片が乗せられた。
それは、なんと……!
『ゴルちゃんがなんでも言うことを聞く券』っ……!
「こ、これは……!」
「そう! これがあれば、ゴルちゃんもハーレムを認めざるを得ないでしょう!? それに、これだけじゃないわ! ハーレム賛同者を5000人集めて、さらに新聞のトップ記事になるくらいに、大々的に発表するの! そうしたらゴルちゃんも、イヤとは言えなくなるでしょう!?」
「ええっ!? どうやって……!?」
驚きっぱなしのプリムラ。
まず、どうやって賛同者を集めるのか。
ただのファンというなら、今のブームを利用すれば集まりそうではあるが……。
ハーレムは結婚と同じで、配偶者の扱いとなる。
いくら世間がおじさまブームとはいえ、ファンクラブ感覚で結婚したがる女性が、そんなにいるとは思えない。
だいいち5000人といえば、ゴッドスマイルのハーレムにいる夫人の数と同じだ。
『神にいちばん近い男』と呼ばれる勇者と同じハーレムとは、まさに神をも恐れぬ所業である。
さらに言うと、勇者でもなんでもない、ただのオッサンのハーレム設立宣言など、狂言でしかない。
そんなクレイジーなだけの話題を、どうやって新聞の一面にするのか。
しかしマザーは、マルチ商法の勧誘さながらに、自信満々であった。
「まだ少ししか声をかけてないんだけど、みんなオッケーしてくれたの! もう100人近くも集まったから、あと4900人くらいすぐよ! それに新聞の一面に載る方法は、ビッグバン・ラヴのふたりに協力してもらうの!」
聞くところによると、ビッグバン・ラヴのふたりはツアーが終わってからオッサンに会っておらず、会いたくて会いたくてたまらないらしい。
しかしその震える気持ちを抑え込めていたのは、このマザーの壮大なる計画のおかげである。
ギャルたちはゴルドウルフをマネージャーに仕立てるべく、突っ走ろうとした。
しかし寸前で、失敗する公算が大であると判断し、思いとどまる。
その後、マザーからのハーレム勧誘を機に、数の力でオッサンを落とす作戦に方向転換したのだ。
さらに彼女らは、プロデューサーであるミグレアも、絶対にハーレムに引き込んでみせると宣言。
ミグレアのオッサンへの想いを知った以上、自分たちだけ幸せになるわけにはいかないと思っていたのだ。
カリスマギャルトリオで、ハーレム入りを果たす……!
それがギャル双子の、新しい人生の目標となっていた。
肝心の話題作りについては、彼女たちはツアーが終わって、新しい大魔法を開発したそうだ。
『バーニング・バラージ・ドラムソロ』と『ブリザード・ブリッツ・ペンタトニック』を二つあわせると、大きなエネルギーが生まれ、大爆発を起こすと気付いたのだ。
新しい大魔法というのは、それだけで大きな話題となる。
しかも、今をときめくカリスマモデル2人組の考案ともなると、マスコミはこぞって取材に来るだろう。
そこでステージイベント形式での、一大発表会を行なうのだ。
この新しい大魔法の名前は、
『ビッグバン・ゴルドウルフ・ラヴ』と……!
もちろんその由来を尋ねない記者など、いるはずもない。
そこでさらなる、大・大・大発表……!
詰めかけた5000人の賛同者が、一斉にステージに上がり……!
「私たちは……!! ゴルドウルフ様のハーレムに入ることを、ここに誓いまぁーーーーーーーーーーーっす!!!!」
……誓いまぁーーーーーーーーーーーっす!!
……まぁーーーーす!
……ぁーす……。
その記者会見の模様と、新聞の一面を想像したあと……。
ハッと我に返るプリムラ。
「ほ、本当に、おじさまの、ハーレム、が……?」
まだ夢の続きを見ているかのように、その瞳は潤んでいた。
すでに半落ちであるが、マザーはさらにたたみかける。
「そうよ! しかもゴルちゃんハーレムの第1夫人は、プリムラちゃん、あなたなのよ!」
「えっ……!? ええええっ!?!?」
少女は、友達が勝手に応募したオーディションで、グランプリのスポットライトを浴びた瞬間のような表情になった。
「プリムラちゃんも、『ゴルちゃんがなんでも言うことを聞く券』を持っているでしょう? それを使って、ゴルちゃんに第1夫人に選んでもらうのよ!」
「わ……わたしが第1夫人だなんて……! そんな、とんでもありません! だいいち、お姉ちゃんは……!?」
「ママはいいの! ママはゴルちゃんの『第1ママ』になるから! プリムラちゃんがゴルちゃんのいちばんのお嫁さんになって、ママがゴルちゃんのいちばんのお母さんになるの! それって、とっても素敵じゃない!?」
「わ、わたしが、いちばんのお嫁さんになれるかは、わかりませんけど……。は……入りますっ……! わたしも、おじさまのハーレムに入らせてくださいっ!」
……ガコォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
またひとつ、運命の歯車が時を刻んだ音が、世界のどこかで鳴り響いた。
……人は必ず、行なってきたことのツケは、払わないといけない……。
それは勇者であっても、例外ではない……。
そしてそれは……あのオッサンであっても、例外ではなかったのだ……!
これにてジェノサイド一家編、終了です!
実はこのあと最後の最後の一家へのざまぁで、最大の大ネタを明らかにする予定でした。
でもそのネタはもうちょっと後に回したほうが面白いと考え、今回は扱わないことにしました。
あの人の名前が勇者の階級表から消えているのと、ジェノサイドダディの失点が未消化なのはその理由からです。
そして今章はもう少しだけ続きます。
本編は終わりなのですが、これから閑話に入ります。
スラムドッグマートに巻き起こる、今章最後のドタバタ……。
ちょっとベタなお話になりますが、箸休めとしてお楽しみください!
でも、その前に……。
1~2日ほどお休みをいただきます。
せっかくの区切りですので、これまでの感想や評価を頂けると嬉しいです!
そして宣伝なのですが、私がもうひとつ書いているお話、
『賢者学園のアウトロー 賢者の石の力で絶大なる力を手に入れ、悪徳賢者を気ままに成敗!』
こちらは休まずに掲載しておりますので、この機に読んでみていただけると嬉しいです!