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191 禁断

 ジェノサイドダディは自由のきかない身体を這いずらせて、洞窟を目指した。

 『最果て支店生活』が始まってしばらくの間、住居代わりに使い、そして初めて記者を殺したあの洞窟である。


 荒波のように間近に迫る炎。

 じりじりとした熱気が肌を焦がし、皮膚をヤスリがけされているような痛みが襲う。


 しかし今はそれが有り難かった。

 毒で朦朧とする意識の中で、その痛みこそがオヤジの生きる気力を繋ぎ止めていたのだ。


 灼熱の追っ手から逃れ、洞窟に逃げ込む。

 氷室の中に入ったようなひんやりとした感触が、全身を包む。


 ここもかなり熱かったのだが、外に比べれば天国のようであった。

 しかしここは彼にとっての最後の地ではない。さらに這いずって奥へと進む。


 奥は螺旋のように渦巻き、下へ下へと降りていく坂道になっていた。

 明かりは外から差し込むオレンジ色の光のみ、奥に行くとそれも届かなくなったが、オヤジは惑うことなく進んで行く。


 この道は、最果て支店生活で数え切れないほど往復した。

 視界がきかなくても、もうどこに何があるかは身体に染みついている。


 しばらく進んで行くと、炎が猛威を振るう、ごうごうとした音消え去り……。

 かわりに、ドドドド……と、水の落ちる音が迫ってくる。


 暗い穴ぐらに、再びうっすらとした光が差す。

 抜け出した先は……滝壺の裏だった。


 そう、この洞窟は、山頂と滝の裏で繋がっていたのだ。


 麓の集落の人間でも知らない、この秘密の通路は、最果て支店生活で大いに役立った。

 なにせ殺した人間を、誰にも見られることなく……滝壺に捨てに行くことができたからだ。


 そしてオヤジは今またこうして、洞窟に助けられていた。

 まだ痺れの強い身体を引きずって、外に出る。


 滝壺の淵でしぶきを浴びながら、水を飲む。

 水の中に顔を突っ込むと、底のほうには無数の白骨が決して浮かび上がることなく、白魚の群れのように回遊しているのがぼんやりと見えた。


 しばしの休憩を終え、オヤジは再び身体に鞭打つ。

 渓流から這い上がり、獣道を転がるようにして、山の麓を目指した。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 それからかなりの時間を費やし、オヤジは夕闇を切り裂くように、馬を飛ばしていた。


 麓に着いた頃には、集落は山火事で大騒ぎになっていた。

 右往左往する住民たちと、駆けつけた衛兵たちに向かって、



「おいっ! 山にはまだ、俺の息子がいるんだ! お前ら全員死んでもいいから、息子だけは何としても助け出せ! もし助けられなかったら、勇者不敬の罪で一家まるごと……いや親類縁者にいたるまで、全員ブチ殺すからな! わかったらさっさと行けやっ! ゴルァァァァァ!!」



 身体がまだ痺れていたので、オヤジにしては小さな声だったが、魂を削るように怒鳴りつけた。


 そして集落の馬を奪うと、それにしがみつくようにして乗り、ある場所を目指す。


 オヤジは、胸騒ぎが止まらなかった。

 我が息子の言葉が、頭から離れなかった。



 オヤジの築き(●●●●●●)上げたものを(●●●●●●)すべてブッ潰す(●●●●●●)……!!



 氷のように冷たい言葉がなんども共鳴し、サイレンのように鳴っていた。

 そして……その狭間で、彼は聞いていた。



『ああああああっ!? 熱い! 熱いざますぅぅぅぅぅ~~~っ!!』



『助けざますっ!! あなたっ! あなたぁ~~~!!』



 紅蓮に包まれる屋敷の中で、窓から身を乗りだし、叫ぶ……。

 古女房たちの、炎の悲鳴を……!


 そしてそれは……幻聴などではなかった。


 オヤジが着いたころには、『伝説の販売員御殿』と呼ばれる屋敷は、黒い瓦礫と化していた。



「……あーあ、あっという間だったな」



「一気に屋敷全体が燃えだしたもんな」



「あれじゃ、消火も間に合わないだろ」



「屋敷の中に残ってたの、ジェノサイドダディ様の夫人たちだろ? 使用人たちはいなかったのかな?」



「使用人たちは偶然、今日は全員休みをもらって誰もいなかったそうだよ」



「ああ、だから夫人たちも逃げ遅れたのか……」



「屋敷が崩れるまで、ずっと熱い熱いって叫んでたからなぁ……苦しかっただろうなぁ……」



「俺、人が火だるまになるの、初めて見たよ」



「今、最果て支店にいるジェノサイドダディ様は、このことを知ったらさぞやショックだろうな……」



 ク……ウウッ!



 瓦礫の山と、人だかり。

 そこから誰もいなくなるまで、オヤジは声を殺して泣いていた。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 すでに日付も変わった丑三つ時。

 炭の山と化した御殿の中で、死にかけの熊のようなシルエットが蠢いていた。



 ガサ、ガサ、ガサ……。



 まだ痺れの続く身体を、持ち前の精神力だけで奮い立たせ、オヤジは瓦礫をかき分けていた。

 途中、黒いミイラのように干からびたものを、ふたつほど見つけたが、邪魔だとばかりに放り捨てる。


 オヤジは言葉もなく、一心不乱に瓦礫を払いのけていた。


 全身はすでに、煤で真っ黒になっている。

 最果て支店生活においても、ここまで身体が汚れることはなかった。


 指の感覚はすでにない。

 指先は凍傷のようになっていて、爪も失われていたが、オヤジは掘ることをやめない。


 肉体は疲労しきり、腕の酷使ももはや限界。


 無理もない。

 匍匐前進で山を下り、馬にしがみついて移動し、そのうえ素手での瓦礫撤去。


 まだ腕が動くこと自体が、不思議なほど。

 オヤジを支えていたのは、精神力と、この先にあるもの。


 すがる希望と、麻痺の残る感覚。

 そのふたつが合わさって、幻覚のようなものが見え始めていた。



『我が息子たちよ! これが『伝説の販売員』の俺が、今まで密かに貯め込んでいたものだ! どうだ、ゴルァァァ!!』



『おぉーっ、すげーっ!』



『金銀財宝の山なんだど!?』



『ふぅ、家の地下に、こんな隠し場所があったなんて……さすがはオヤジだな』



『これは、いざという時のための備えだ! これがあるから、俺は思いきった賭けに出られるんだ! すべてを失っても、このお宝があれば! またやり直せる! それにお前たちにも財産として残せるからな!』



『ええっ!? これを俺たちが貰えるのか!?』



『すごいど! 大金持ちになれるんだど!』



『ふぅ、慌てるな。それは俺たち兄弟が大人になって、オヤジも引退する頃の話だろう? それに言ってたじゃないか、「いざという時のための備え」だと』



『そうだ! 俺はこのお宝を「禁断の金」と呼んでいる! それだけ、手を付けないできたものだ! 俺がいよいよとなったら、遺言がわりにこの金庫に入るための暗証番号を、お前たち3人に教えてやろう! だがこれは、争うためのものじゃない……! 俺たち家族がひとつになるためのものだ! わかったか、ゴルァァァァァ!!』



『わかった! 俺たち家族の絆は永遠……! 今ここにいる兄弟と、この財宝に誓うよ!』



『わかったど! ひとりじめなんかしない! 兄貴たちと仲良くするど!』



『ふぅ……いいだろう』



『よぉし! ではここに、俺たち家族4人の真写を置いておく! もしこれから先、この部屋に入ることがあったら……これを見て、思い出せ! この金は、俺たち家族の最後の希望だってな! この金は、自分だけのものじゃない……俺たち家族がひとつになって、困難や災難を乗り越えるためのもだと、肝に銘じておくんだ、ゴルァァァァ!!』



 オヤジの瞳の奥に、希望の光がともる。



「この地下にある、『禁断の金』があれば……! 俺たち一家は、やり直せるんだ……! たとえゴージャスマートが閉店したって、やり直せる……! 家族が捕まったって、やりなおせるんだ……!!」



 瓦礫はついに、すべて取り除かれ……。



「たとえ、たとえ家族の心が、バラバラになったって……! あの金があれば……! またひとつになれるんだっ! ゴルァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーッ!!」



 地下へと続く床下扉(トラップドア)の取っ手に……ガッ! と手がかかった。


オヤジの受難は、まだまだ続きます!

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― 新着の感想 ―
[良い点] ダディ・・・捨て駒に使われても、まだロアー君への愛は残っているのか・・・。 [一言] ・・・初めてココを読んで、次男の言っていた禁断の金という言葉が出てきたときは・・・ ダディ・・・残念な…
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