190 逆襲
ジェノサイド家族の長男にして、いちばんの知能派……。
ジェノサイドロアー・ゴージャスティスが仕組んでいた、最後の秘策……。
それは、母親を殺したも同然のジェノサイド・ダディを殺し……。
さらには、ゴルドウルフをその犯人として、仕立て上げること……!
父親への『復讐』と、野良犬への『逆襲』……。
そのふたつを、同時にやってのけることだったのだ……!
これには彼の友人である、デイクロウラーが多いに暗躍した。
まずポップコーンチェイサーに上納金を納める際、彼を執事として同行させ……。
黄金のチョコレートに目の色を変えるポップコーンチェイサーを隠し撮りさせた。
そしてデイクロウラーはさらに、スラムドッグマートで買い物をした。
「主に買い物を頼まれたが、ポーションのことが何もわかっていない」執事のフリをして、ゴルドウルフに選んでもらう。
執事であれば、白手袋をしていても何ら不自然ではない。
デイクロウラーは、自分の指紋を付けることなく……。
ゴルドウルフの指紋だけが付いたポーションを、手に入れていたのだ。
ちなみに物的証拠だけでなく、目撃証言のほうも抜かりはない。
かつて、ゴルドウルフのゴシップを捏造するために雇っていた、『ゴルドウルフ風オッサン』を再び起用。
最果て支店の麓にある集落のあたりで、人目を避けるような感じで、ウロつかせておけば……。
事件当日にゴルドウルフらしき男を見たという証言は、いくらでも出るだろう。
あとは最後の仕上げとして、ジェノサイドロアーから受け取った、『最果て支店』での発注書と報告書を、新聞に掲載し……。
『伝説の販売員は、まやかしの栄光だった! ジェノサイドダディ様の、真の正体が明らかに!』
などと見出しに付けてやれば、明日のハールバリー小国は、一大スクープで大騒ぎになるだろう。
そして、その日の夕刊の一面は、もちろん……。
『ジェノサイドダディ様、最果て支店で焼死体で発見! 伝説の販売員の名声を横取りされた者の、遺恨による犯行か!?』
……これにて、おしまいっ……!!
かつての商売の神様は、すべてを奪われ、この世から消え……。
新たなる商売の悪魔は、ひと時の栄華の後、この世から去る……。
まさに神様は死に、悪魔は去るのだ……!
「……ふぅ。つまりは、こういうことだったんだ」
親子ふたりだけの最果て支店には、ギラつくナイフのような西日が差し込んでいた。
息子の足元には、すでに足腰の立たなくなった、彼の父親が。
「うぐ……ぐ! そ、そんな……こと……! させ……て……! たまる……か……! ゴルァ……!」
いつも頬を張り飛ばすようだった怒声は、もはや栄枯の衰え。
もはや息子にとっては、過去から蘇ったミイラ同然の、遺物のような存在であった。
「ふぅ……じゃあ、俺はもう行く。弟たちのことなら、心配しないでくれ」
どんどん自分を失っていく父親とは対照的に、彼はいつもの自分を取り戻していた。
溜息とともに、会計カウンターにあったゴージャスマートのロゴ入りマッチを手に取る。
……シュッ!
擦って生まれた炎の向こうには、唸りながら這いずってくる父親の姿が。
彼はそれを、マッチが見せた幻のように瞳に映していた。
「ふぅ……これで、さよならだ。どんな人間であっても、アンタは俺のオヤジだったよ」
炎を幻ごと、燃えやすい枯れ草のハーブ棚に投げ込もうとした、その時……。
彼は、鼻腔の刺激を感じた。
風でカタカタと揺れる窓に視線を移すと、燃えるような夕陽が。
いや、それは比喩ばかりでもなかった。
「……!?」
なんと、空が、森が、草原が、一面……。
オレンジ色の炎をたたえているではないか……!
「山火事だと!? なんでこんな時に……!?」
彼は燃え尽きたマッチを捨て、走り出した。
途中、ハンガーラックにかかっていたマントをひったくって、外に飛び出す。
そして、息を呑んだ。
前方、いや、全方位……!
高波のような炎が、今まさに迫ってきているのを目にしたのだ……!
この『最果て支店』に来るための一本道は、すでに灼熱に飲み込まれ……!
もはや見渡す限りの炎の厳海……!
「なぜだっ……!? なぜ今まで気づけなかった!? なぜこんなになるまで……!? くそっ……!!」
ジェノサイドロアーは背後を一瞥。
後ろから這いずってくるオヤジが、手を伸ばしていた。
「ま……ま……て……。待つんだ……む……。息子、よ……」
しかしその声は届かなかった。
息子はマントで全身を覆って、がむしゃらに炎に向かって飛び込んでいったのだ。
少し遅れて店から這い出たオヤジは、むせかえるような熱気を肌で感じる。
そして……昔を懐かしむように、目を細めた。
――この炎の回り方からするに、自然に起こった山火事じゃねぇ……。
誰かがまわりに油でも撒いて、火を放ったんだ……。
……燃え広がり方が、あの時と、同じ……。
ああ……あの時は安全な場所から、炎に巻かれる野良犬を眺めてたが……。
野良犬からしたら、こんな感じだったのか……。
今……俺の側に立って、この炎を見つめているのは……。
いったい、どこのどいつなんだろうなぁ……。
その男は、あの時のオヤジと、全く同じ場所にいた。
「やった……やったど! これでオヤジと兄貴が焼け死ねば……! おでがこの国の本部長になれるんだど!」
彼は連なった山の頂きから、炎に包まれる隣の山を眺め、小躍りしていた。
かなりの巨躯なので、まるでゴリラが興奮しているかのように、どしんどしんとした足音をあたりに響かせている。
すでに包囲されていることなど、気付く様子もなく……。
「放火の罪で保釈中だというのに、まさかまた放火をするとは……。これはかなりの重病でありますな」
茂みをかきわけて出てきたのは大柄な男。
そのあとに衛兵たちが続く。
「だ、誰なんだど!?」
「憲兵局、対魔王信奉者課のソースカンであります。人々を導く立場の勇者様が放火など、許せないでありますな。ジェノサイドナックル・ゴージャスティス! 放火の現行犯で逮捕するであります! 神妙に、お縄につくでありますっ!」
「うがあああっ!? せっかく本部長になれると思ったのに!? さては、お前らも本部長になりたくて、おでから横取りしに来たな!? そんなことはさせない! させないんだどぉぉぉぉっ!!」
ジェノサイドナックルは側にあった木を根っこごと引っこ抜き、力任せにブン回しはじめる。
衛兵たちは竜巻の直撃をくらったかのように、次々と吹っ飛んでいった。
ソースカンは負けじと近くにあった岩を持ち上げ、ナックルめがけてブン投げる。
「くらえであります!」「くらわないんだどっ!」
木の横薙ぎを受け、岩はまっぷたつに割れる。
同時に木も、剛速球を受けたバットのようにへし折れてしまった。
お互い、只者ではないと察したふたりの大男。
ほぼ同時に相手に殴りかかっていく。
それはケンカと呼べるほど、スマートなものではなかった。
鉄柱のような豪腕が、旋風とともに振り上げられ、隕石のような拳が、ごうと唸りをあげる。
それが、右! 左! 右! 左! と絶え間なく続くのだ。
お互いよけることものけぞることもせず、風神のようにひたすらパンチの嵐を浴びせあう。
見ようによっては、子供のケンカのグルグルパンチであったが、そんな生やさしいものではなかった。
巻き込まれた木はなぎ倒され、岩は粉々に砕け散る。
さながら、怪獣どうしが戦っているような光景であった。
近づけば踏み潰されてしまいそうな迫力に、衛兵たちも手出しできない。
まるで、よその惑星からやって来たヒーローの戦いを見守るように、声援を送るばかり。
しかしその激戦もついに、終わりがやってくる。
悪の怪獣は腹部への攻撃に耐えられなくなり、ついにウッとえづいたのだ。
その一瞬のスキを、ヒーローは逃さなかった。
両手をがばぁと広げると、無防備に突き出された顔面の、両耳めがけ、
「もらったで……ありますぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーっ!!」
……スパァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
渾身の、サンドイッチ・ビンタ……!
「うがっ!?!? あっ……がっ……!? あああっ!?!?」
ジェノサイドナックルは目を回してしまい、苦しそうな息を肺から絞り出す。
方向感覚を失ったかのように、千鳥足になって後ずさった。
クラクラと天を仰ぐ顔。
すでに立っているのもやっとのように白目を剥き、口の端からは泡を吹いている。
「お……おで……は……悪く……ない……んだ……ど……。へんな……オッサンに……教えて……もらって……。それを……やっただけ……なん……だど……。だから……悪い……のは……その……オッサン……なん……だ……ど……」
……ズズゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
うわごとのような言葉を繰り返したあと倒れ、それから動かなくなった。
『ゴルドウルフ風オッサン』というのは、今章の65話にちょこっとだけ出ていた、ゴルドウルフのスクープを捏造するために登用されていた人物です。