189 処理
「……違うんだよ、オヤジ……。そうじゃないんだ……」
「何が違うってんだよっ!?!? 今更弁解しようった遅ぇぞっ!! 俺に牙を剥いたヤツがどうなるか……今までさんざん見てきて、わかってんだろうがっ!?!? だがお前は俺の息子だから、ブチ殺すのだけは勘弁してやる……!! 平社員からやりなおせっ、ゴルァァァァァァ!!!!」
つかまり立ちする赤ちゃんのように、棚にすがりついたまま、膝立ちで怒鳴り散らすジェノサイドダディ。
ひとりでに身体が震え、棚に並んだ薬瓶がカタカタと音をたてる。
「オヤジに伝説の挑戦を勧めたのは、オヤジが伝説の販売員かどうかを突き止めるため、と言ったよな……。でもそれは、オヤジが最果て支店を再建できるかどうかを見極めるためじゃなかったんだよ……」
「なにぃ!?」と目を剥くオヤジ。
彼の足元に、さきほどの真写が、ばさりと散らばり……。
その上に羊皮紙の紙が、はらりと落ちた。
古びた風合いのそれを、オヤジは拾い上げ……さらに目をひん剥く。
「こ、これは……!! 発注書……!?!?」
オヤジの視界が、さらに揺らぎ、霞む。
声はふたたび、遠ざかっていくようだった。
……俺は昔の記録を調べるために、本部内にある資料室に立ち入った。
そこで、各店舗から提出されている書類に目を通してみたんだが、不思議なことに……。
『最果て支店』のものだけが、なぜかごっそり無いことに気付いたんだ。
これでもう、わかっただろう?
俺が伝説の挑戦を勧めた、本当の理由が……。
そう……。
本部長しか入ることのできない、極秘資料のある部屋に入るためだったんだ。
最高機密のある『特別資料室』の鍵を持っている従業員は、最初は抵抗していたよ。
でも、オヤジがいない今は俺が本部長だと言ったら、すんなり中を見せてくれた。
まさか、辺境にあった店舗の発注書や報告書ごときが、最高機密の扱いになっていたとはな。
しかもご丁寧に、金庫の中にまで入れて……。
金庫の番号は、自分しか知らないはずだって?
いいや、番号なんて少し考えたらすぐにわかったよ。
それに……。
そんなにまでして隠し通そうとしていた理由もな。
処理、できなかったんだろう?
発注書や報告書は、ゴージャスマートの業務規則として、勝手に廃棄することは許されていない。
ゴージャスマートで扱われている社内書類にはすべて、ロゴとイメージキャラクターの印刷がなされている。
イメージキャラクターはだいぶデフォルメされているとはいえ、ゴッドスマイル様だ。
ゴッドスマイル様の御尊影の描かれているものを処分するためには、それ相応の手続きを踏まなければ処罰されてしまう。
それに発注書ともなれば、過去のデータとして蓄積されるため、原本はゴージャスマートの情報部に送る必要があるんだ。
しかしその書類が、本部長がまだ必要だと判断している間は、送付の必要はない……。
オヤジは『最果て支店』の発注書と報告書を、情報部に送ることをためらった。
それはなぜか……。
情報部の勇者どもに、自分が『伝説の販売員』ではないと知られてしまうのを、恐れていたんだ。
発注書と報告書を見れば、誰が本当の『伝説の販売員』か、すぐにわかってしまうからな。
発注書も報告書も魔蝋印を押さなければいけない。
しかも魔蝋印には捺印日時まで記録されるから、別の書類を偽装したところで、調べられたらすぐにバレてしまう……!
『伝説の販売員』の事情を知る者は、当時は自分の部下たちや、力のない集落の民ばかりだっただろう。
だから生き証人については、どうとでもできた……。
得意の暴言があれば、こっちのほうの処理はたやすいだろうからな。
だが書類に記載された内容と、それを集めている情報部だけは、暴言ではどうにもならない。
だから機密書類の扱いにして、ずっと隠していたんだろう。
いまはライバル店のオーナーである男が作った、発注書を……!
『ゴルドウルフ・スラムドッグ』のしたためた、報告書を……!
『伝説の販売員』の偉業を、横取りするために……。
ずっと腹の底に、しまい込んでいたんだ……!
それだけなら、まだいい。
オヤジにとっては、何よりも隠しておきたかったのは……。
伝説の販売員にやりこめられた、パワハラ上司が……。
実はジェノサイドダディであったと、世間に知れ渡ることだったんだ……!
発注書には、当時ゴルドウルフの上司だったオヤジが、発注内容を修正した跡が、いくつも……。
魔蝋印つきで、これでもかと残っていたんだからな……!
ああ……。
そうやって書類を食べたって、無駄だよ……。
そんなものはまだ、いくらでもあるんだからな。
ああっ……。
そうじゃない……そうじゃないんだ……。
俺は……俺は……。
オヤジを……信じていたのに……。
どんな時でもオヤジは、己の道を貫いていた……。
オフクロが死んだ時でも、それは変わらなかった……。
『伝説の販売員』ともなると、そのくらいの境地に達せねばならない……。
俺はそう思って、オヤジに激しい怒りを感じると同時に、深い尊敬の念を抱いていたんだ……!
だからこそ俺は、あの時オヤジに言われたとおり、クールに振る舞った。
オヤジの教えにならって、すべてを『価値』に置き換えて……。
涙すらも宝石になるように、生きてきたんだ……!
……ぱたたたっ!
ダイヤモンドの粒がこぼれ落ちたような、果無い音と光が、真写の上に広がる。
オヤジはもう、それすらも判別できないほどに、視界は白いモヤに覆われていた。
俺は……オヤジが『伝説の販売員』ではないと、わかった時から……。
心に、決めたんだ……。
オヤジの築き上げたものを、すべてブッ潰す……!!
そして俺が、新しい『ゴージャスマート』を、築き上げてやるって……!!
そのための準備を、今の今まで、進めていたんだ……!!
……ばさばさばさっ!!
この真写、見えるかい……?
もう、見えないか……?
ポップコーンチェイサーが、俺からの上納金を受け取る瞬間が、写ってるんだよ……。
隠し撮りじゃなく、ほぼ対面から撮っているから、かなりハッキリとな……。
オヤジにかわって俺が上納金を納めるようになってから、撮りためてきたんだ。
そして今朝、最後の上納金を渡してきたところだ。
俺はこの真写を、憲兵局の大臣に送りつけて、取り入った……!
大臣は喜んでいたよ。
これがあれば、次期筆頭大臣は決まったようなものだからな。
これでまず、オヤジが築き上げてきた、コネをぶっ潰し……!
俺は新たなるコネを、手に入れたんだ……!
そして憲兵局を味方につけて、これから何をすると思う……?
もう身体が動かないから、わかってきただろう……?
オヤジが飲んだポーションは、ゴージャスマートで新たに開発されたものじゃない……。
スラムドッグマートで売っていたものを買って、特製の毒を混ぜたものだ。
買うときに、ゴルドウルフ・スラムドッグに選んでもらって……。
瓶には彼の指紋が、べったりとついている……。
ああ……。
そうやって、棚のポーションをガブ飲みしたって無駄だよ……。
ここで売られているポーションや薬草は、すべて調査済み……。
いくら飲んだところで、解毒なんてできない……!
でも、安心するんだ……。
この毒では、死ぬことはない……。
せいぜい身体が痺れて、這って動くのもやっとになるだけ……。
でも、そんなときに……。
もし、この店から火の手があがったら、どうなるか……?
そう……!
オヤジの生命は、ブッ潰される……!
でも……それでも……最後にひとつだけ、残るものがあるよな。
『伝説の販売員』という、名誉が……。
でも俺は、オヤジのすべてをブッ潰すって決めたんだ。
明日の新聞には、『伝説の販売員』が書いた、納品書や報告書が、一面に掲載されるだろう。
それで、オヤジに残った最後の名誉すら、ブッ潰されるっ……!
……え?
そんなことをしたら、この国の『ゴージャスマート』はおしまいになるって?
俺が本部長になったところで、意味はないって?
いや、そうじゃないんだ……。
そうじゃない、そうじゃないんだ……!
そろそろ、わかってくれよ……!
『伝説の販売員』の正体が、ゴルドウルフ・スラムドッグだと公表されたら……。
パワハラ上司が、ジェノサイドダディ・ゴージャスティスだと世間に知れたら……。
人々は、『ゴージャスマート』を批難するだろうけど……。
『ゴージャスマート』はすでに、この店以外は営業を停止しているんだ……!
それに、人々が『スラムドッグマート』を持ち上げたところで……。
それは、一時的なものでしかないんだ……!
え……?
なぜかって?
ふぅ……。
本当に全部説明しないと、わからないんだな……。
オヤジが、この最果て支店で、焼死体で見つかって……。
現場にはゴルドウルフの指紋がついた、ポーションの破片が散らばっていて……。
『伝説の販売員』とパワハラ上司の正体が、新聞に載ったら……。
俺と懇意の憲兵局は、勇者殺しの犯人として、真っ先に誰を疑うか……?
……やっと、わかったようだな。
俺の手によってオヤジは、なにもかも、すべてを叩き潰され……。
同時に、野良犬を叩き潰すための材料として、俺に利用されるんだ……!
勇者殺しは重罪だから、間違いなく死刑……!
『スラムドッグマート』も、永久的な営業停止処分を受けるだろう……!
そこで『ゴージャスマート』が、営業を再開すれば……。
ふたたびこの国は、独占状態に戻る。
ライバルはもういない。
オヤジの手垢も綺麗さっぱり洗い流した、俺の『ゴージャスマート』として……。
すべてが、完全に生まれ変わるんだ……!
……ふぅ。
つまりは、こういうことだったんだよ。
この章の第4話で、ジェノサイドダディがゴルドウルフからの発注書を破るのを思いとどまるシーンがあるのですが、それは書類にゴッドスマイルのイラストが入っているからでした。