188 骨肉
「ああ、やったよ。そして今までよくやってくれたよ、オヤジ」
その声は、愛する家族が発したとは思えぬほどの骨肉のなさで、ふたりだけの店内に響いていた。
オヤジはちょっとボンヤリしていて、それで聞き間違えたんだろうと、棚に掴まったままブルルと顔を左右に振った。
そんな父親の様子を気にも止めず、息子は続ける。
「ずっと違和感はあったんだ。だがそれが決定的になったのは、ポップコーンチェイサーの商品押しつけが始まった頃だった。オヤジは、不自然には思わなかったのか?」
「な、なにを……?」
「ふぅ、その様子じゃ、気付かなかったようだな。ポップコーンチェイサーは何者かに操られて、商品の押しつけをしていたんだ」
指呼の距離で話しているというのに、声はだんだん離れていっているようだった。
まるで走叫を要するかのように、遠くで響く。
「な、なんだと……!?!?」
オヤジはヘッドフォンごしの会話のように、いつも以上に声を張り上げていた。
「だって、おかしいだろう? ポップコーンチェイサーが送りつけてきていた商品は……」
嫌がらせかと思うほどに、すべて不人気商品だった……!
「そ、それが、何だってんだ……!?!?」
ふぅ……ここまで言っても、まだわからないのか?
ポップコーンチェイサーの目的は、『伝説の販売員』を利用して、減りつつあったゴージャスマートの売上を回復させること……。
売上が戻れば、ヤツへの上納金も元通りになるからな。
決して嫌がらせをするために、商品を押しつけていたわけじゃないんだ。
しかし送られてくる商品は、どれも嫌がらせのように、売れない商品ばかりだった。
「そ、それは……!! あのクソ坊ちゃんは商売の事なんて何にもわかっちゃいないから、適当に送りつけてたんだろう!?!?」
もしそうなのであれば、不人気でない商品も混ざっていないとおかしいだろう?
送られてくるものが、すべて狙いすましたようなワースト商品というのは、あまりにも不自然……。
商売の事がわかっているヤツが、背後にいると考えたほうが、自然だろう……?
その黒幕は、商売の事が何もわかっていないポップコーンチェイサーにかわって……。
俺たちに送りつける商品を、チョイスしていたんだ。
「ううっ……!?!? そ、そいつは……ソイツは誰なんだっ!?!?」
そんな事よりも……。
これは、何かに似てると思わないか……?
「何かって、何に……!?!?」
俺たち兄弟が幼い頃に、オヤジが話してくれた……。
オヤジが『伝説の販売員』となるキッカケとなった、誤発注に……!
「!!!!」
オヤジは言ってたよな、オヤジが店長だったころ、上司にとんでもないパワハラ野郎がいて……。
誤発注のフリをして、大量の不人気商品を押しつけられたって。
しかしオヤジはそれらを売りさばいていたから、さらにパワハラ上司の反感を買ってしまい、『最果て支店』に飛ばされてしまい……。
その先でも、今まで以上の誤発注を受けて、在庫の山を押し付けられたが、負けずにぜんぶ売ってみせたって……。
『最果て支店』を、トルクルム領での売上ナンバーワンに押し上げてみせたって、言ってたよな。
そんな経験があるはずなのに、ポップコーンチェイサーからの商品押しつけに、オヤジは無力だった。
『伝説の販売員』ならば、当時のことを思い出し、乗り越えられていたはずだろう?
それなのに、オヤジがしたことといえば……。
店員たちに怒鳴り散らし、恫喝し……根性論を振りかざすばかりだった。
だから俺は、オヤジのことを調べてみることにしたんだ。
オヤジに、伝説の挑戦を勧めたのは……。
オヤジが本物の『伝説の販売員』なのかどうか、突き止めるためだったんだ……!
「そ……それなら!! それならもう、疑いは晴れただろうがっ!?!? 俺はこうして、ちゃんと最果て支店を軌道に乗せた……!! 今も送られてくるクソ坊ちゃんからの商品も、ぜんぶ売りさばいてみせてるだろうがっ!?!? ゴルァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
ふぅ……。
俺が、なにもわかってないと、思っているのか……?
オヤジはすでに伝説挑戦のルールを破っていることを、俺が知らないとでも、思っているのか……?
オヤジは『最果て支店生活』にあたり、同行していた記者たちを殺し、目撃者を消し……。
医療団を捕まえ、協力を迫った。
それだけじゃない。
麓の集落の住人たちを脅し、この店の建築と、不良在庫を彼らに買わせたんだ。
勇者がその気になれば、集落ごと焼き払うことだってできる……。
そう脅迫されて逆らえる人間など、いるわけがないからな。
しかしその脅しが外部に漏れてしまっては、オヤジは犯罪者だ。
だからオヤジはそのキッカケとなりえる、派遣されてくる記者たちを……。
次々と、殺していったんだ……!
「なっ!? なにぃ!?!? 記者たちは勝手にやって来て、勝手に山の中で行方不明になっただけだ!! 憲兵局が何度も捜査に来たんだ!! もし死んでいるのなら、死体が発見されているはずだろうが!!」
オヤジは『最果て支店生活』の途中で、渓流の滝壺に流されたことがあったんだろう?
その時に、身をもって体感したはずだ。
ここに死体を投げ込めば、二度と上がってくることはないと……!
「で、デタラメ抜かすなっ、ゴルァァァァァ!! だいいちどこに、そんな証拠が……!?!?」
ピッ……! と真写の束が、オヤジの眼前に突きつけられる。
ババ抜きのトランプのように、ずらずらと扇状に広げられた、それらには……。
医療団や集落の者たちを、鞭を打って働かせ、ログハウスを作らせ……。
それどころか泣き叫んですがる彼らに、在庫の詰まった木箱を押しつけ……。
強盗のように金を毟り取っていく、オヤジの姿が……。
さらには白昼堂々、滝壺のそばに立ち……。
肩に担いだ死体を投げ込む、オヤジの姿が……。
これ以上ないほどにハッキリと、映っていたのだ……!
「なっ!?!? なんだこれはっ!?!? き、記者は、全員始末したはずなのに……!?!?」
「ふぅ……いたのさ、ずっと……。そして、視てたんだよ……。乾いた右目ですべてを見通す、『白日を這う者』がな」
「ぐぎぎぎぎぎ……!! だ、だが……だがそれが、何だってんだ!! 伝説挑戦の最中に、不敬を働いたヤツらを、勇者の権限で懲らしめただけだ!! それに……そんな真写ごときじゃ、俺が『伝説の販売員』ではないことの、証拠にはならねぇ……!! 俺が、命がけで築き上げた伝説……! それだけは何をしても、覆らねぇんだよっ!! ゴルァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
たしかに真写はどれも、現在のもの……。
伝説のルールは破っているかもしれないが、だからといってそれが、過去の偉業への否定にはならない。
それに真偽のほどは定かではないが、もし取材に訪れていた記者たちが皆すべて、オヤジに対して不敬を働いていたのであれば……。
その度合いによっては、殺人すらも罪に問われることはない。
オヤジは再会を喜んだのも束の間。
思わぬ人物から牙を剥かれ、声を荒げ、ぜいぜいと肩をいからせていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……!! わかったぞ……!! おおかた、このスキャンダルで俺を失脚させ、自分が本部長の座につこうってハラだったんだろうが……!! お前に『暴言の秘伝』を教えたこの俺を、ハメられるとでも思ったかっ!! この、バカ野郎がっ……!! せっかく、正式に副部長のポストを与えようと思っていたのに……!! 一時的なポストも、今日で取り消しだっ、ゴルァァァァァ!!!!」
オヤジにカミナリを落とされても、息子は動じなかった。
彼のほうは、親子の関係すらも取り消したかのように……。
最後の縁すらも切り落としたかのような瞳で、崩れ落ちるかつての父親を見下ろしていた。
ヨーゼフ様よりレビューを頂きました、ありがとうございます!
そして次回、ロアーの『最後の秘策』の全貌が明らかに!