表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

297/806

187 笑顔

 ハールバリー小国の王城。

 正門にかかった巨大な跳ね橋の上を、ふたりの身なりのいい若者が、城下町に向かって歩いていた


 格好だけでひと目で、調勇者(ちょうゆうしゃ)とその執事とわかる彼ら。

 身分の差を周囲に知らしめるように、貴族服の青年が前を歩き、その後ろを執事服の青年が付き従う。


 しかしふたりして馬車に乗り込むと、執事服の青年は急に無礼講になる。

 ソファのような座席にもたれかかって、蝶ネクタイを外しはじめた。



「はぁ、この格好するのも、これで最後だよね?」



 馬車が走り出し、緩やかな振動がふたりを包む。

 対面にキチッとした姿勢で腰掛けている青年が「ああ」と頷いた。



「こんな窮屈な服を着るのは久しぶりだから、大変だったよ」



「ふぅ、そう言うな、デイクロウラー。スクープにありつけたんだから、そのくらい我慢しろ」



「そうだねぇ、ジェノサイドロアー。キミといるといつも美味しい思いができるから、あの大臣と話してる最中も、顔がこんなになっちゃいそうだったよ」



 両手のひとさし指と親指で、目尻と唇の端を引っかけて、笑顔を作るデイクロウラー。

 しかしジェノサイドロアーは、溜息とともにスルー。



「ふぅ……それよりも、もうひとつのスクープの準備のほうはどうなっている?」



「バッチリだよ、はいこれ」



 ジャケットの内ポケットから取り出した、分厚い封筒を手渡す。



「頼まれたモノは、全部入ってるよ」



 そして「ふぅ」とした溜息。

 しかしそれを発したのは、ジェノサイドロアーではなかった。



「……どうした?」



「普段から溜息ばっかりついてるくせに、いざ人の溜息となると気になるんだね。いや、ちょっと残念だなと思って」



「何がだ?」



「こうやって物を受け渡しする時、手と手が触れ合うことがあるでしょ? ボクはその感触が好きなんだ。今もそうだったけど、ふたりとも正装でコレしてたから、ちょっと残念だなと思って」



 デイクロウラーはなおもおどけた様子で、両手をパーにして、シルクの白手袋を見せつける。

 ここでジェノサイドロアーはやっと相手をしてくれた。



「ふぅ、その嗜好はよく分からないが……。残念だったな、いずれにせよ白手袋であれば、俺はいつもしている」



「知ってるよ、そんなこと。子供の頃からずっとね」



 馬車は『ゴージャスマート ハールバリー小国本部』の建物前で止まった。



「着いたみたいだよ。あ……これからすぐに行くの?」



 ジェノサイドロアーは、乗った時の姿勢と寸分たがわぬ姿勢のまま「ああ」と頷く。



「そうなんだ、じゃあ()にも連絡しておくね。ボクも社に戻って、準備しておこうかな」



「誰が見ているかわからん。本部の中で変装を解いて、バレないように戻るんだぞ」



「わかってるって、じゃあ、がんばってね」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 オヤジは叫んでいた。

 かつての最果て支店に負けないほどの、立派なログハウスの前で。



「俺はやった! やったぞぉぉぉぉーーーっ!! 見ているか、聞いているか、息子たちよーっ!! 俺はついに最果て支店で、伝説を達成したぞぉぉぉぉーーーーっ!! ゴルァァァァァァァァァァーーーーーーッ!!」



 こうやって、朝と昼と晩の3回、王都のある方角に向かって叫ぶのが、オヤジの最近の日課であった。

 いつもであれば、返ってくるのは山びこだけなのだが……。


 今日はついに、その思いが届いたのか、



「ああ、聞いてるよ」



 登山道からの声に、オヤジがハッと振り向くと、そこには……。



「やったな、オヤジ」



 子供の頃の笑顔を取り戻したかのような、彼の息子が立っていたのだ……!



「じぇ……ジェノサイドロアーっ!? 来てくれたのかっ、ゴルァァァァァーーーッ!!」



「ふぅ、当然だ。この伝説への挑戦は、俺がオヤジに頼んだんだからな」



 感極まったオヤジは、息子の身体をガシイッ! と抱きしめる。



「俺もちょっとヤキが回っちまって、苦労したが……。なんとかやってみせたぞ、ゴルァァァ! それよりも、そっちはどうなんだ!? 『ゴージャスマート』のほうは、うまくいっているのか!?」



「ふぅ、それについてはいくつか報告があるんだ」



「そうか! じゃあこんな所じゃなんだから、中で聞かせてくれ! 今日は定休日だから、邪魔者も来ねぇ! 親子水入らずでトコトン語り合うぞ、ゴルァァァァ!!」



 それからオヤジは、息子を最果て支店へと案内した。


 『最果て支店生活』に挑戦した初期の頃のオヤジは、差し掛け小屋すら作れず、洞窟暮らしであった。


 しかし今や立派なログハウスを構え、内装も『店』と呼んでも差し支えない。

 品揃えも悪くはなく、下手な個人商店などに比べたらずっといい。


 はじめ人間が突然変異を起こし、一気にこの時代の文明まで進化したかのような、恐るべきビフォア・アフターであった。

 聞くところによると、ポップコーンチェイサーから送られてくる商品も、すべて売りさばいているらしい。



「あのクソガキ、相変わらずゴミみてぇな商品ばっかり送りつけてきやがる! だけど『伝説の販売員』だったこの俺にかかりゃ、何てことはねぇ! 今じゃ、即日完売よ! どうだ、ゴルァァァァァァ!!」



「ふぅ、さすがだな……。オヤジはいくつになっても、俺たち兄弟のヒーローだよ」



「がはっはっはっはっはっ! それで、そっちの店のほうはどうなんだ、ゴルァ!?」



「それについては……。ついに、できたんだよ」



 息子はポケットから何かを取り出すと、掌にのせて差し出した。

 雪のような純白の手袋の上には、スノードームのような液体が入った小瓶が。



「ずっと研究していたものが、ついに完成したんだ」



「なにっ!? これはもしかして、フルーツポーション……!? スラムドッグマートの味が、ついに再現できたのか、ゴルアァァ!?」



「ああ……飲んでみてくれないか?」



 オヤジは息子の手から小瓶をひったくると、封を引きちぎって一気にあおった。

 そして、目を剥く。



「う……うめぇじゃねぇか、ゴルァァァァァ!? これはまさしく、スラムドッグマートのポーションの味……! やったじゃねぇか、おいっ!」



 オヤジは興奮のあまり、空瓶を床にたたきつけて割った。



 ……パリーン!



「コイツを大々的に売り出せば、スラムドッグマートは主力商品を失って大ダメージだ! 一気にヤツらを叩き潰せるぞっ、ゴルァァァァァ!! 伝説の達成にあわせて新商品の完成だなんて、こりゃ運が向いてきたな! 同時に記者会見を開いて、反撃といくか! ガハハッ! ざまあみやがれっ、あのクソ野良犬……! ギッタギタにのしてやっからなぁ!! ゴルァァァァァァァァァァーーーーーッ!!!!」



 昂ぶりすぎるあまり、オヤジはめまいを起こしていた。

 立っていられなくなり、棚によりかかる。


 顔はわずかに血の気を失っていたが、ニヤリと笑う。



「やったな、ジェノサイドロアー! やっぱりお前こそが、俺の右腕に相応しい息子だった……!」



「ああ、やったよ。そして今までよくやってくれたよ、オヤジ」



 しかし息子のほうは……。

 再会したばかりの頃の、笑顔はすでになかった。

本当は「10日間くらいお休みしようかな」なんて思っていたのですが…。

多くの応援をいただき、いてもたってもいられなくなったので、一気に構想して書きました!


ここからは、今章のクライマックス…ジェノサイド一家の最期です!

先にもお知らせしておりますが、基本的にはざまぁしかないので、10話もかからずに終わると思います。


ジェノサイドロアーの真意はなんなのか…!?

この先は予想しながら読んでいただけると、さらに楽しめるかもしれません!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ