187 笑顔
ハールバリー小国の王城。
正門にかかった巨大な跳ね橋の上を、ふたりの身なりのいい若者が、城下町に向かって歩いていた
格好だけでひと目で、調勇者とその執事とわかる彼ら。
身分の差を周囲に知らしめるように、貴族服の青年が前を歩き、その後ろを執事服の青年が付き従う。
しかしふたりして馬車に乗り込むと、執事服の青年は急に無礼講になる。
ソファのような座席にもたれかかって、蝶ネクタイを外しはじめた。
「はぁ、この格好するのも、これで最後だよね?」
馬車が走り出し、緩やかな振動がふたりを包む。
対面にキチッとした姿勢で腰掛けている青年が「ああ」と頷いた。
「こんな窮屈な服を着るのは久しぶりだから、大変だったよ」
「ふぅ、そう言うな、デイクロウラー。スクープにありつけたんだから、そのくらい我慢しろ」
「そうだねぇ、ジェノサイドロアー。キミといるといつも美味しい思いができるから、あの大臣と話してる最中も、顔がこんなになっちゃいそうだったよ」
両手のひとさし指と親指で、目尻と唇の端を引っかけて、笑顔を作るデイクロウラー。
しかしジェノサイドロアーは、溜息とともにスルー。
「ふぅ……それよりも、もうひとつのスクープの準備のほうはどうなっている?」
「バッチリだよ、はいこれ」
ジャケットの内ポケットから取り出した、分厚い封筒を手渡す。
「頼まれたモノは、全部入ってるよ」
そして「ふぅ」とした溜息。
しかしそれを発したのは、ジェノサイドロアーではなかった。
「……どうした?」
「普段から溜息ばっかりついてるくせに、いざ人の溜息となると気になるんだね。いや、ちょっと残念だなと思って」
「何がだ?」
「こうやって物を受け渡しする時、手と手が触れ合うことがあるでしょ? ボクはその感触が好きなんだ。今もそうだったけど、ふたりとも正装でコレしてたから、ちょっと残念だなと思って」
デイクロウラーはなおもおどけた様子で、両手をパーにして、シルクの白手袋を見せつける。
ここでジェノサイドロアーはやっと相手をしてくれた。
「ふぅ、その嗜好はよく分からないが……。残念だったな、いずれにせよ白手袋であれば、俺はいつもしている」
「知ってるよ、そんなこと。子供の頃からずっとね」
馬車は『ゴージャスマート ハールバリー小国本部』の建物前で止まった。
「着いたみたいだよ。あ……これからすぐに行くの?」
ジェノサイドロアーは、乗った時の姿勢と寸分たがわぬ姿勢のまま「ああ」と頷く。
「そうなんだ、じゃあ彼にも連絡しておくね。ボクも社に戻って、準備しておこうかな」
「誰が見ているかわからん。本部の中で変装を解いて、バレないように戻るんだぞ」
「わかってるって、じゃあ、がんばってね」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
オヤジは叫んでいた。
かつての最果て支店に負けないほどの、立派なログハウスの前で。
「俺はやった! やったぞぉぉぉぉーーーっ!! 見ているか、聞いているか、息子たちよーっ!! 俺はついに最果て支店で、伝説を達成したぞぉぉぉぉーーーーっ!! ゴルァァァァァァァァァァーーーーーーッ!!」
こうやって、朝と昼と晩の3回、王都のある方角に向かって叫ぶのが、オヤジの最近の日課であった。
いつもであれば、返ってくるのは山びこだけなのだが……。
今日はついに、その思いが届いたのか、
「ああ、聞いてるよ」
登山道からの声に、オヤジがハッと振り向くと、そこには……。
「やったな、オヤジ」
子供の頃の笑顔を取り戻したかのような、彼の息子が立っていたのだ……!
「じぇ……ジェノサイドロアーっ!? 来てくれたのかっ、ゴルァァァァァーーーッ!!」
「ふぅ、当然だ。この伝説への挑戦は、俺がオヤジに頼んだんだからな」
感極まったオヤジは、息子の身体をガシイッ! と抱きしめる。
「俺もちょっとヤキが回っちまって、苦労したが……。なんとかやってみせたぞ、ゴルァァァ! それよりも、そっちはどうなんだ!? 『ゴージャスマート』のほうは、うまくいっているのか!?」
「ふぅ、それについてはいくつか報告があるんだ」
「そうか! じゃあこんな所じゃなんだから、中で聞かせてくれ! 今日は定休日だから、邪魔者も来ねぇ! 親子水入らずでトコトン語り合うぞ、ゴルァァァァ!!」
それからオヤジは、息子を最果て支店へと案内した。
『最果て支店生活』に挑戦した初期の頃のオヤジは、差し掛け小屋すら作れず、洞窟暮らしであった。
しかし今や立派なログハウスを構え、内装も『店』と呼んでも差し支えない。
品揃えも悪くはなく、下手な個人商店などに比べたらずっといい。
はじめ人間が突然変異を起こし、一気にこの時代の文明まで進化したかのような、恐るべきビフォア・アフターであった。
聞くところによると、ポップコーンチェイサーから送られてくる商品も、すべて売りさばいているらしい。
「あのクソガキ、相変わらずゴミみてぇな商品ばっかり送りつけてきやがる! だけど『伝説の販売員』だったこの俺にかかりゃ、何てことはねぇ! 今じゃ、即日完売よ! どうだ、ゴルァァァァァァ!!」
「ふぅ、さすがだな……。オヤジはいくつになっても、俺たち兄弟のヒーローだよ」
「がはっはっはっはっはっ! それで、そっちの店のほうはどうなんだ、ゴルァ!?」
「それについては……。ついに、できたんだよ」
息子はポケットから何かを取り出すと、掌にのせて差し出した。
雪のような純白の手袋の上には、スノードームのような液体が入った小瓶が。
「ずっと研究していたものが、ついに完成したんだ」
「なにっ!? これはもしかして、フルーツポーション……!? スラムドッグマートの味が、ついに再現できたのか、ゴルアァァ!?」
「ああ……飲んでみてくれないか?」
オヤジは息子の手から小瓶をひったくると、封を引きちぎって一気にあおった。
そして、目を剥く。
「う……うめぇじゃねぇか、ゴルァァァァァ!? これはまさしく、スラムドッグマートのポーションの味……! やったじゃねぇか、おいっ!」
オヤジは興奮のあまり、空瓶を床にたたきつけて割った。
……パリーン!
「コイツを大々的に売り出せば、スラムドッグマートは主力商品を失って大ダメージだ! 一気にヤツらを叩き潰せるぞっ、ゴルァァァァァ!! 伝説の達成にあわせて新商品の完成だなんて、こりゃ運が向いてきたな! 同時に記者会見を開いて、反撃といくか! ガハハッ! ざまあみやがれっ、あのクソ野良犬……! ギッタギタにのしてやっからなぁ!! ゴルァァァァァァァァァァーーーーーッ!!!!」
昂ぶりすぎるあまり、オヤジはめまいを起こしていた。
立っていられなくなり、棚によりかかる。
顔はわずかに血の気を失っていたが、ニヤリと笑う。
「やったな、ジェノサイドロアー! やっぱりお前こそが、俺の右腕に相応しい息子だった……!」
「ああ、やったよ。そして今までよくやってくれたよ、オヤジ」
しかし息子のほうは……。
再会したばかりの頃の、笑顔はすでになかった。
本当は「10日間くらいお休みしようかな」なんて思っていたのですが…。
多くの応援をいただき、いてもたってもいられなくなったので、一気に構想して書きました!
ここからは、今章のクライマックス…ジェノサイド一家の最期です!
先にもお知らせしておりますが、基本的にはざまぁしかないので、10話もかからずに終わると思います。
ジェノサイドロアーの真意はなんなのか…!?
この先は予想しながら読んでいただけると、さらに楽しめるかもしれません!