184 ロアーの決断
時は、ほんの少しだけ遡る。
「た……大変ですっ! ジェノサイドロアー様っ! 信じられないことが起こりました!」
「ふぅ……今度はなんだ?」
「不死王の国に向かわせていた2000人のスタッフが、巨大な落とし穴に落ちて……全員、消えてしまったんです!!」
「そうか」
「そ、そうか、って……!? 20人や200人じゃないんですよ!? 2000人、2000人ですよ!?」
「起こってしまったことを、いちいち騒いでもしょうがない。結果というものは、すべて静粛に受け止めるものだ。でないと、次の判断を誤ることになるからな」
「で、でもいったい何者が、あのような仕掛けを……!?」
「ふぅ……お前はさっそく判断を誤っているな。そんなことは今はどうでもいい。ツアーに仕掛けをした者は、いずれ割り出す必要はあるが、それは今考えることではない」
「で、では、どうすれば……!?」
「衛兵局に連絡して、暴徒鎮圧の要請をするんだ。そして同時に全店に、今すぐ閉店を伝達しろ」
「えっ!? 暴徒鎮圧!? それに閉店!?」
「そうだ。ゼピュロスの本性は、これからさらに曝け出されるだろう。『ゴージャスマート』を利用していた女性客たちは、返金を求めて暴動を起こすだろう。その先手を打つんだ。店舗での中継を終了し、客を全員外に出せ。そして俺の次の指示があるまで閉店するんだ」
「で、でもそんなことをしたら、しばらく営業が……!」
「ふぅ、かまわん。2000人ものスタッフが行方不明となった以上、どのみち営業は続けられん」
「わ、わかりました! あ……そうだ! ゼピュロス様の事務所への謝罪はどうしましょう!?」
「そんなものは必要ない。ヤツが戦勇者である以上、地下迷宮での失敗の責任は本人にある。それが勇者の原則だ。もし事務所側が損害賠償を請求してくるようなことがあったら、それをタテに言い返してやるんだ。ゼピュロスの戦勇者の能力の低さからツアーは失敗し、ゴージャスマートのイメージは著しく失墜させられたとな」
「わ……わかりましたぁ!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ジェノサイドロアーの決断は実に迅速で、一切の迷いがなかった……!
多数のスタッフが行方不明になった知らせを聞いても、ゴージャスマート本部の窓から、ゼピュロス花火を見ても……。
決して、取り乱すことはなかった……!
今回のツアーにおいても、大敗が決する前から手を打っていた。
イメージキャラクターを主軸に置いた商法において、そのキャラのスキャンダルというのは致命的。
しかもターゲットの顧客をメスブタ呼ばわりし、あまつさえ殺傷にまで及んでいるとなると、これはもはや……。
即死クラスの、超絶不祥事っ……!
しかしロアーの判断により、その被害は、一大不祥事……。
再起不能クラスにまで、抑えられていたのだ……!
しかしこれは客商売としては、本来ありえない判断である。
常識的な判断としては、謝罪会見を行ない、客たちへの返金対応。
そしてその分の補填を、ゼピュロス側に請求する……などが考えられる。
だが相手は、勇者のなかでも一大勢力であるライドボーイ一族。
ジェノサイド一家よりも、遙かに高ランクの面々が揃っている。
もし相手が訴えてきた場合は別だが、争うのは得策でないと判断したのだ。
勇者のかわりに、ロアーが敵に回すことを選んだのは……。
今回の新ブランド展開で獲得した、女性客……!
そう……!
返金対応は行なわず、もし苦情を訴え出るようなことがあれば、暴徒として扱ったのだ……!
しかしこれは重ねて言うが、客商売としてはありえない対応である。
新規に開拓した客をすべて、犯罪者扱いしたのだから……!
これはロアーにとっては、ガンが転移するまえに切除するのと同義であった。
ゼピュロスというイメージキャラに付いてきた客を、まるごとカット。
その施術を容易に可能にするために、彼はあらかじめ店舗を別に分けていたのだ。
もちろん今までのゴージャスマートも、悪評により営業は続けられなくなる。
しかしそれは、あくまで一時的なもの……。
全店閉店してしまっても、今まで荒稼ぎした金で、ほとぼりがさめるまでは、乗り越えられる……!
そう判断したのだ……!
ジェノサイドロアーは王都にあるゴージャスマート本部に、この国じゅうのゴージャスマートスタッフを集めて、演説を行なった。
以下は、その全文である。
……今回の決定により、ハールバリーにあるゴージャスマートは、最果て支店をのぞいて、しばらくのあいだ閉店となる。
全員、自宅待機をしていてくれ。
しかしその期間中も、給料のほうは払おう。
それでも辞めたいと思う者がいれば、辞めてもらってもかまわない。
俺の判断を愚考だと思っている者たちも、多くいることだろうからな。
だがスラムドッグマートの勝利は、一時的なものでしかないことを、ここに宣言しておこう。
野良犬は、勇者には絶対に勝てない……。
なぜならば、築き上げてきたものが違うからだ。
ゴッドスマイル様が、このハールバリー小国のアントレア領に、ゴージャスマートの1号店を開店した。
そこから瞬く間に、ゴージャスマートは世界展開を果たした。
我々に、神がいるように……。
野良犬にもきっと、神がいることだろう。
だが、思い出すんだ……!
我々には、ゴッドスマイル様がおられることを……!
そして……それだけじゃないっ!
オヤジが……! 俺のオヤジがいるんだ!
若くからゴージャスマートで働き、裸一貫で、小国本部長となった、ジェノサイドダディが……!
『伝説の販売員』が、俺たちにはついているんだ……!
いまオヤジは、アントレアの最果て支店でがんばっている……!
最初は新聞で笑い物になっていたが、今ではあんな山奥だというの立派な店舗を経営し、売上をあげている……!
オヤジは本当に、『伝説の販売員』として蘇ったんだ……!
オヤジは今、ここにはいない……!
だかその遺伝子を受け継ぐ、俺がいる……!
みんな……! 今は少し……ほんの少しの辛抱だ……!
この俺に、ついてきてくれ……!
そうすれば……絶対に……!
絶対に不死鳥のように、羽ばたいてみせるっ……!
集まった店員たちは、溜息をつかないジェノサイドロアーを、このとき初めて目にした。
そして彼がこれほどまでに、声を高らかにする姿も……!
これには多くの店員たちが、心を動かされ……そしてガッシリと掴まれた。
かくして、ジェノサイドロアー率いるハールバリー小国の『ゴージャスマート』は、営業を停止する。
しかし、かつての弟たちとは違い、限界まで追い込まれたうえでのことではなく、自らの判断で……。
そして、かつての弟たちとは違い、離職者をひとりも出すこともなく……。
静かに、その幕をおろしたのだ……。
そう……!
まるで獅子が、ひとときの眠りにつくように……!
これにてジェノサイドロアー編、終了~!
…では、ありません! この後にある、ゼピュロスの最後のあとに、さらに続きます!