07 オラオラ勇者、クエスト失敗…!
ゴルドウルフが新たなる旅立ちの決意を固めていた頃、彼を捨てた戦勇者パーティ一行は、深い闇に満たされた地下迷宮を進んでいた。
新たな尖兵、アル・ボンコスを迎えた初めてのクエスト。
若者たちは小うるさいオッサンがいなくなった解放感で、最初は意気揚々と行軍していたのだが……。
曲がり角のたびに立ち止まり、地図をクルクル回しながら、あっち……いやこっちか、と迷う彼の新人っぷりに、パーティの不満は爆発寸前であった。
「あぁーん!? おい、アル! トロトロ進んでんじゃねぇよ! おらっ!」
リーダーのクリムゾンティーガーは、さっきから彼の尻を何度も蹴り押している。
そのたびにアルはよろめき、「す、すいませんっす!」と振り向いて頭を下げる。
……前任者であるゴルドウルフは、勇者が挑戦するクエストを数日前から調査し、迷宮の構造や、そこに生息するモンスター、罠の傾向などを事前に頭に叩き込んでいた。
なので、慎重に進みながらも滞ることのない探索が可能となっていたのだが、アル青年はそこまでの事前知識は一切持ち合わせていない。
常に罠に怯え、迷いながら進むしかないのだ。
しかしこれは、彼の落ち度というわけではない。
世のポイントマンで、クエストの予習をこと細かに行う人間などひとりもいない。
あのオッサンが、異常なだけだったのだ……!
「……ねぇ、アルさん、ちょっと暗くありませんか? だいぶ……というか、マジありえなくないですか……?」
聖女のリンシラは暗闇が苦手だ。
汚らしいモノがいるに違いないといった顔で、周囲の大半を占める漆黒に不快そうなジト目を向けている。
しかし苦情を言ったところで返ってくるのは「す、すいませんっす!」という切羽詰まった謝罪のみ。
……前任者のゴルドウルフは、『ゴージャスマート』の店員の知識をフルに活かした用具選びで、コンパクトながらも最大光量を誇るランタンを使っていた。
なので、迷宮の階層を深く降りても上層と同じだけの視界が確保できていたのだ。
いまの一行の光源となっているのは、アルの手にした小さなランタンのみ。
パーティの周囲をほんのり照らすだけで精一杯のシロモノである。
しかしこれも、彼に落ち度があるわけではない。
もちろん、ランタンにも。
普通の冒険者パーティの場合は、その普通のランタンを全員がひとつずつ持って光源を増幅するのだ。
やはりあのオッサンが、異常だったのだ……!
「あいたっ!? ……ちょっとアル! つまずいちゃったじゃない! デコボコがあるんだったらあるって言えよ!? このブーツ高かったんだから! あーもう、マジさいってー!」
床のくぼみにヒールブーツのカカトを取られ、傷んでいないかしきりに心配するミグレア。
仲間たちから責められ続きのアルは、「す……すいませんっすぅぅ!」と今にも泣き出しそうだ。
……もちろんこれも、彼の失点ではない。
なぜならば、地下迷宮の足場が悪いのは、常識というか、あまりにも自明……!
猫の前にカツオブシを置いておいて、盗られたと騒ぐようなものだからだ……!
しかし、ゴルドウルフは違った。
床の小さな穴であれば手持ちの石を使って補修し、大きな穴であれば床石をずらして歩きやすくする。
修復不可能とあれば、後続にひと声かけて注意を促していたのだ……!
その細やかな気遣いにより、女性陣たちはまるでレッドカーペットをエスコートされているかのように、優雅にモンスターの巣窟を進むことができた。
やはりあの……あのオッサンが、異常すぎるのだ……!
しかしパーティメンバーにとっては当たり前となっていたので、オッサンに感謝する事など一度もなかった。
むしろそれすらできないアル青年に、「使えないヤツ」と冷たい視線を投げかける始末だった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ナメクジが這うようなのったりした速度で進んでいた一行の前に、ボロボロの木扉が立ちふさがる。
クリムゾンティーガーは、背中の剣を抜きながらアルを押しのけた。
女性陣にウインクを投げたあと、腐りかけの扉にドロップキックをかましながら部屋へと踊りこんでいく。
「おらぁーーーっ!!」 バキイッ!
ゴルドウルフがいたら、絶対に阻止されていたであろう入室方法である。
若き勇者は扉を蹴破った勢いで調子に乗り、暗闇の向こうで演舞をはじめた。
その姿はよく見えなかったが、取り巻きたちは大いに盛り上がる。
「ダイレクト入室からの剣の舞い! 素晴らしすぎるっす、クリムゾンティーガー様! さすが権天級の戦勇者様だけあるっす!」
「マジさいっこー! クリムゾンティーガー様っ! オッサンがいた時は、『罠があるかもしれませんから』ってできなかったんだよね! アレ、超ウザくなかった~!?」
「ええ、こんなオンボロの地下迷宮に、罠など残っているはずはありませんのに。……それにしても、なんと壮麗なのでしょう……! とっても素敵です、クリムゾンティーガー様!」
拍手まで送られ、すでに救世のヒーロー扱いだった彼の背後で……突如、火の手があがった。
……ドッ……ガァァッァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!
耳をつんざく爆炎。
白銀の鎧に身を包んだ身体が、鈍い残光とともに吹き飛ぶ。
衝突実験用のダミー人形のような、四肢を投げ出した格好で、こちらに向かってくる。
爆風によってダイレクト退出させられた勇者は、勢いあまってアルに体当たりしてしまう。
ふたりして部屋の外の廊下を、ずべしゃあっと滑り込んでいった。
「「く……クリムゾンティーガー様っ!?!?」」
青ざめながら駆け寄る、大魔導女ミグレアと聖女リンシラ。
そして衝撃的な光景を目の当たりにする。
勇者の自慢の赤髪は焼け失せ、頭部は火傷によってケロイド状になっていた……!
腕と脚は骨折したのか、糸の切れた操り人形のように、おかしな方向にひん曲がっている……!
いままでは、ただの一度も……ゴルドウルフがポイントマンを務めていた頃は、勇者はただの一度ですら、倒れることはなかった。
それどころか、膝を折ることすらなかったのだ。
しかし……今は、這いつくばっている……!
しかも……瀕死の状態で……!
床に広がっていく血だまりに、少女たちは「ヒイッ!?」と抱き合った。
「ごほっ……! う、うぐ……! た、助け……!」
血まみれの手が、鎧の間から這い出てくる。
倒れたランタンの明かりを受け、白銀の鎧に映り込む赤い手。
たまらなく不気味な光景だった。
「あ……アル!?」「アルさんっ!?」
ふたりとも、助けを求めるその手を決して取ろうとはしなかった。
しゃがみこみ、肥溜めの中を覗き込むような表情で、様子を伺う。
すると、そこには……勇者の剣によって脇腹を貫かれ、坊主頭まで血に染めた青年が……!
「た、助けて……! 助けて、くださいっす……!」
聞くも哀れな声を絞り出し、助けを求めてきていた……!
「……リンシラ! なにボーッとしてんだよっ!? 早く祈りを!」
ミグレアから怒鳴られ、弾かれたように動き出すリンシラ。
しかし途中でハッとなって、
「い……いいえ……! 私の祈りでは、これほどの重傷は治せません……! 増幅触媒がないと……! あっ……アルさん、お持ちではないですか!?」
「な……ないっす……!」
ゴルドウルフであれば、聖女に恥をかかせまいと、尋ねる前にそっと手渡してくれた頼みの綱も、今はない……!
「な……治せないってどういうことだよっ!? 今まではそんなこと、一度もなかったじゃねぇーかっ!? ……ああっ、もうっ、しょうがねぇっ! 他の冒険者に助けを求めるしか……!」
翻ったミグレアのローブの裾が、ガッと掴まれる。
「ま……待て……ミグレア……! 助けなんか……呼ぶんじゃねぇ……!」
引き止めたのは……イケメンフェイスが見る影もなく、ゾンビのように変色した、かつての勇者だった……!
「く……クリムゾンティーガー様っ!? で、でも、ひどい怪我ですよ!? このままじゃ……!」
「うるせえっ! 俺は大丈夫だ……! それよりも、戦勇者である俺がクエスト失敗どころか、冒険者どもに助けられたなんて、ゴッドスマイル様に知られてみろ……! 確実に、降格させられちまう……! せっかく『駄犬』を捨てて、お目をかけていただいてる所だってのによ……!」
「で、でも……アルは……!? アルはこのままだと……ああっ!?」
ミグレアの言葉が終わるより早く、
……ズシャァァァァァァァァァッ……!
アルの脇腹に刺さっていた剣はより深く、彼の主の手によって抉りこまれていた。
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