179 令和最初のざまぁ
勇者ライドボーイ・ゼピュロスの目の前に現れたのは、かつて彼が見捨ててきた、同行者の少女たち……!
そう……!
彼女たちは、死んではいなかったのだ……!
坂道の罠を滑り落ち、ゼピュロスから蹴り落とされた魔導女は……。
穴の底で待ち構えていた、マジック・スケルトンたちが布団で受け止め……。
メンリオンの巣に投げ込まれたラル・ボンコスや、その他の少女たちは……。
穴の底から繋がっていた空洞を落ちて、マジック・スケルトンたちに布団で受け止められ……。
そして食堂で置き去りにされた少女たちは……。
マジックス・スケルトンたちに、布団でくるまれ……。
この『第五の裁き』の部屋の下にある控え室に囚われていたのだ……!
彼女たちは捕まった当初は、激しく抵抗していた。
しかし今では、マジック・スケルトンたちの主人であるかのように馴染んでいる。
それどころか、骸骨から棍棒を渡され「ありがとう」と受け取り……。
ぞろぞろと勇者に向かって歩いてきたのだ。
ゼピュロスは喜び勇んで立ち上がろうとした。
しかし決闘でのダメージと、落下の衝撃でアークギアの駆動部の大半が故障しており、身体が思うように動かない。
それでも懸命に顔をあげて、少女たちを歓迎する。
「ああ、レディたち……! ゼピュロスために、戻ってきてくれたんだね……! ゼピュロスはレディたちのことを思うと、いてもたってもいられなかったのさ……! さあ、再会の抱擁を……!」
……ズガッ!
スイカ割りのように振り降ろされた棍棒が、頭頂部にクリーンヒット。
「ぎゃんっ!?」と、埋まらんばかりに額を床にぶつけるゼピュロス。
「ど……どうしたのさ、レディたち!? ゼピュロスに……このゼピュロスに再会できたのだよ!? なのにどうして……どうしてそんなに、怖い顔をしているのさ!?」
ゼピュロスはパックリ割れた額を持ち上げ、戸惑うように見上げる。
しかし返事として返ってきたのは、
……ガシュッ!
ゴルフスイングのような、棍棒による強烈な一撃……!
「がふうっ!?」と、首ごと引っこ抜けんばかりに頭がゆれ、身体がミスショットのように転がる。
仰向けになったまま、彼はなおも叫ぶ。
「み……見捨てたことを、怒っているんだね!? あ、あれはぜんぶ野良犬の魔の手から、レディたちを守るためだったのさ! このまま同行したら、レディたちは野良犬の魔の手にかかると思って、敢えてあんなひどいことをしたのさ! ほら、現にこうやって、レディたちは無事なのさ……がぶうっ!?」
口に棍棒を突っ込まれ、もがき苦しむゼピュロス。
少女は棒をねじりこむついでにしゃがみこむと、寝たきりの病人にささやきかけるような、ヒソヒソ声でささやきかける。
「(もう黙ってろ。テメーのやり方は、もう全部バレてんだよ。何も知らない私たちを、ずっと騙してただなんて……)」
ちなみに少女たちがいた控え室には、ツアーの模様を中継するモニターが設置されていた。
それどころかフードやドリンクも用意されていて、彼女たちはソファで寛ぎながら一部始終を観ていたのだ。
しかしゼピュロスはそんなことは知らないので、なおも悪あがきを続ける。
「ふがががっ……本当なのひゃっ!? レリィたちは野良犬に騙されているのひゃ! 野良犬の本当の姿を教ひえてはげるから、この手を繋いで、起こしてほしいのひゃっ! ……ぎええええええええええっ!?」
口の中の棒をグリグリとねじ込まれ、すり潰されるような悲鳴をあげるゼピュロス。
「(そーやって手を握ったところで、ゼピュロス・タッチをやるつもりなんだろ? もう通用しねぇんだよ)」
舌まで巻き込まれながら、勇者はハッ!? と目を見開いた。
最後の頼みの綱であった必殺技を見抜かれたのが、今更ながらにショックだったのだ。
しかしめげずに、次なる技である『泣き落とし』を用いる。
「ほ……ほねがい……! ほねがいなのひゃぁぁぁぁぁぁ~! せ……せひゅろすは……にゃんにも、わるくないのひゃぁぁぁぁ~! わ、わるひのはれんぶ、れんぶあののらいぬなのひゃあ~!」
汚い涙をボロボロと溢れさせ、イヤイヤと身体をよじらせるゼピュロス。
「(ゴルドくんのことは知らなかったけど、中継を観て、私らはいっぺんにファンになっちゃった。もっと早く知ってれば、お前のところから抜け出して、ゴルドくんのツアーに参加させてもらったのに……)」
ペッ! と吐きかけられた唾が、びしゃりと勇者の目玉を覆う。
それは入れ替わりたちかわり行なわる。
ひとりを除いて全員から唾棄され、勇者の顔は泡立つほどになってしまった。
「あああんっ!? ちゅ、ちゅばをもっとぉぉぉ~! もっほかけてもひぃから、許ひて! このせひゅろすをゆるひて欲ひいのひゃぁ~!」
杭を打たれたようにその場に固定されているので、最後の頼みの綱である『駄々っ子モード』もあまり効果をなさない。
「(あんたの言葉なんて、あたしらにはもうこれっぽっちも響かないよ。それに、あたしらはゴルドくんに付いていくって決めたんだ。まぁ、ゴルドくんは相手にしてくれないかもしれないけど……別にいいんだ。誰かを愛することって、見返りを求めることじゃないって、ゴルドくんに教えてもらったから)」
「らったら、せひゅろすもあいひて! もっともっとあいひて! あいひてほしいのひゃあ~!!」
「(あんたって本当に、自分のことしか考えてないんだね……)」
少女は見下げ果てたような溜息をついたあと、立ち上がる。
そして今までのささやきは何だったのかと思うほど、わざとらしい大声で言った。
「ゼピュロス様がいくら訴えられたところで、ここにいる全員の気持ちは変わりません! 私たちはゼピュロス様のために、この生命を捧げます! ですからゼピュロス様おひとりだけでも、助かってください!」
思いも寄らぬ一言に、ゼピュロスは「へっ?」と聞き間違いのような声をあげる。
不死王は、誰が荼毒を免れるのか、醜く争うバトルロイヤルを期待していたようだったが……。
助かるひとりは、これ以上ないほどにスムーズに決定した。
というか、少女たちの間ではだいぶ前から満場一致であった。
そして不死王も、特に残念がる様子もなかった。
『生き残る者は、勇者に決定したようだな! それでは、その者をカオツルテクト様の腕に抱かせよ!』
ゼピュロスはなおもキツネにつままれた様子だったが、助かるとわかって、急に元気を取り戻す。
「あ……ありがとうなのシャッ! レディたちが犠牲になって、ゼピュロスを助けてくれたことは、一生忘れないのシャッ! ゼピュロスが生きて戻ったら、追悼ツアーをするのシャっ!」
しかし少女たちは別れを惜しむ様子もなく、今度は骸骨から刺股のような棒を受け取っていた。
その先をゼピュロスにひっかけて、身体に触らないように持ち上げる。
まるでドブさらいのドブのような扱いに、ゼピュロスはいぶかしがった。
しかしその疑問が実を結ぶより早く、
……ガシィィィィィィィーーーーーーンッ!!
電気椅子に拘束されるように、勇者の身体は邪神に抱かれた。
瞬転、不死王が深く感じ入ったような声を漏らす。
『ううむ……! 争うどころか、自分たちの生命を犠牲にして、ひとりの勇者を助けるとは……! なんという、尊い自己犠牲であろうか……! このバルルミンテ、そなたらのような生者の娘たちがいることを、嬉しく思うぞ……! よぉし……! ならば余の独断で、荼毒を受ける者を逆にするとしよう……!』
少女たちは次々と、悲痛? な声をあげる。
「ええーっ!? 私たちが助かって、ゼピュロス様が犠牲になっちゃうんですかぁー!?」
「そんなのダメよぉ、ダメダメぇ!」
「私たちは断固、反対しまぁーすっ!」
「私たちはどうなってもいいから、勇者様を助けてくださぁーいっ!」
そう……!
これは完全なる、出来レースっ……!
一部の同行者たちは、昼食の際にゼピュロスを襲った。
これは毒のせいという言い分はあるものの、勇者不敬の罪に問われた時に、それを立証するのは難しい。
ならば別の証拠として、『少女たちが勇者のことを生命がけで守ろうとした』ことを、こうやって広く喧伝しておけば……。
彼女たち自身は懸命になって勇者を助けようとしていたのに、最後の最後で不死王が、荼毒を受ける者を逆転させてしまったという事実だけが残り……!
勇者の同行者である、少女たちは……。
全員生還っ……!
全員無罪っ……!
「ひっ!? ひぎいいいいっ!? 嫌なのしゃっ!? 嫌なのシャッ!? もう裁きはこりごりなのしゃっ! いやなのしゃいやなのしゃいなやのしゃ!! 許してほしいのしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」
ゼピュロスは死刑を嫌がる死刑囚のごとく暴れた。
しかしもう手遅れ。
がっしりと拘束されているうえに、アークギアはもう思うようには動いてくれない。
半身不随のように脚はだらりと垂れ下がり、腕は肘から先は関節が外れてしまったように宙ぶらりん。
いくら暴れても、まるで中途半端に糸の切れた操り人形のように、ガチャガチャと四肢を揺らすばかりであった。
令和&ゴールデンウィークスペシャルは、これにてラスト…!
明日からは通常更新となります!
そして次回から…本編史上最大のざまぁの始まりです!