177 悪行の果て
シャオマオが振り返ってみると、そこには……。
血を欲するような狂気の光を瞳に宿し、殺人鬼のごとく顔をゆがめる勇者の姿が……!
その両隣にいたビッグバン・ラヴたちは、半ば夢うつつで声を振り絞る。
「ま……待ってください、ゼピュロス様っ! シャオマオを巻き込むだなんて……! ありえなくなくなくないっ!?」
「ふぅーん、それ……絶対ダメじゃんっ!」
ゼピュロスもはや歯抜けを隠そうともせず、剥き出しにした歯茎を噛みしめていた。
「……チイッ! ゼピュロス・タッチの洗脳が、解けはじめているのシャッ! まさかこんなに早く、綻びが出るとは……! しかし、『ハートスラッシュ・ローリングダンサー』の準備は、もう完了しているのシャッ! こうなったら……まとめて、始末してやるのシャァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
シャァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!
そしてゼピュロスは、剣圧とも雄叫びともつかぬ奇声とともに、大回転をはじめる。
ドラゴンゾンビすら切り裂く真空刃が、ギャルたちを襲う。
「キャァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?!?!?」
しかし、顔を伏せる彼女たちにもたらされたのは、懐かしい感触。
もこもこで柔らかく、ほっこりと暖かい……。
しかし今はそこに、ごつごつとした筋肉の固さが加わっていた。
……ふわっ。
としていて、
……ガシィィィィッ……!!
と力強く抱きしめて、守ってくれる。
一度経験していた彼女たちは、その正体がすぐにわかった。
「「……ご……ゴルドくんっ!?!?」」
かなり距離があったはずなのに、まるで瞬間移動のような速さ。
そして、彼女たちの瞳にも、走馬灯が走る。
「ま、まさか、ゴルドくんが……ゴルドウルフさん!?」
「ミグレアさんの憧れの、尖兵の……!?」
「……マオマオさんも、ミグレアさんも、私は守ることができなかった……。だから、だからこそ、シャオマオさん、バーニング・ラヴさんとブリザード・ラヴさんは、この生命に変えても、守ってみせます」
ゴルドウルフが言った、「守ってみせる」……。
これは、この場だけでのことではなかった。
これから先もずっと、少年少女を守るために……。
敢えて、今のこの状況を引き起こしたのであった。
その真意とは、果たして……!?
しかし、その前にっ……!
「この『ハートスラッシュ・ローリングダンサー』を受けて、生きていたヤツはいないのシャァァァァァァア!! 死ね! 死ね死ね死ね死ね死ねしねっ!! 死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーっ!! シャハハハハハハハハハハハハハハ!!」
もはや自らの正体を隠そうともせず、殺意を剥き出しにし、切り刻む愉悦に高笑い。
ゼピュロスは殺人ゴマのように回転し、ゴルドくんにガンガンと体当たりを繰り返している。
しかしゴルドくんはその全てを、丸めた背中で受けきっていた。
抱いているシャオマオとビッグバン・ラヴは、まるでバリアに守られているかのように、カスリ傷ひとつ付くことはない。
……本来であれば、ゴルドくんはとっくに、ナマスになっていなければおかしかった。
ギャルたちの火球で焼けただれ、氷の刃で切り裂かれ……。
少年の一撃で、ドラキュラのように胸を貫かれてしまった彼は、すでに瀕死状態。
そのうえ、威力では遥かに上の大剣技を受けては、ひとたまりもないはずだった。
しかしそれは……あくまで……。
中の人が「攻撃を受ける」と決めた場合でのこと。
そう決めた場合は、蚊に刺されても痒くなるし、爪を切りすぎて深爪になっても痛い。
しかし、そうでない場合は……。
1000体以上のマジック・スケルトンと、ドラゴンゾンビ4体を、一瞬で葬る攻撃程度では……。
魔狼である彼には、傷ひとつ付けることすら、不可能……!
そして……この場にいる、彼ら、そして彼女らだけが見ていた。
闇に埋もれたような、ゴルドくんの……。
いや、ゴルドウルフの眼光が……。
……ギィィィィィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーンッ!!
血の川のような、禍々しい光を放ち……。
激情の奔流となって、部屋中を飲み込む瞬間を……!
……ズヴォァァァァァァァァァァァァァァッ!!
まるで異星人の幼体のような、巨大な蜘蛛のような掌が、着ぐるみを突き破り、
……グワシィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
勇者の歪んだ凶顔を、鉄爪のように鷲づかみにする。
ゼピュロスは、触れたら指ごと切り落とすような大回転の真っ最中であったが……それはあくまで相手が人間の場合。
悪魔の手にかかれば、オモチャの駒をつまむよりもあっさりと止められてしまう。
「ぎひいっ!?!?!?」
勇者は、軋むような悲鳴をあげた。
「な……!? 『ハートスラッシュ・ローリングダンサー』が効かないなんて、ありえない……!? ありえないのシャァァァァッ!?!?」
……勇者、ライドボーイ・ゼピュロスよ……!!
震空のような響きを持つ声が、勇者の鼓膜を、皮膚を、そして臓物をも震撼させる。
それは不死王の圧力ですら、比較にならないほどの重圧……。
さながら、地獄の閻魔大王ような……。
声だけで人の身体をくしゃくしゃにできそうなほどの、豪圧であった……!
「ひっ!? ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいーっ!?!?」
たった一言かけられただけであるというのに、ゼピュロスは胸から黄色い液体を溢れさせていた。
……貴様の悪行は……万死をもってしても生ぬるい……!!
「な……なんなのシャッ!? なんなのシャなんなのシャなんなのシャッ!? も、もしかして不死王しゃま!? ぜ、ゼピュロスはなんにも悪いことはしていないのシャッ!? わ、悪いのは……いまここにいる、野良犬なのシャッ!? ゼピュロスは悪者退治をしているだけなのシャァァァァァァァーーーーーッ!?!?」
……この期に及んでも、シラを切り通すというのか……!!
ならば貴様の罪……すべて、見せてもらうぞっ……!!
グワアッ……!!
いったんゼピュロスの顔から外れ、再び振りかぶられた異形の手……。
そこに握られていたのは、法玉……!
グワシィィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーッ!!
「グッ!? グエッ!? グエエエッ!? 苦しい!? 苦しいのシャァァァァァーーーッ!?!?」
ゼピュロスの口には、ゴルフボール大の法玉が押し込まれていた。
再びフェイス・ハッグで吊り上げられ、絞首刑に処されるように脚をバタバタと暴れさせている。
その頃……。
アリーナの外では……いいや、この国じゅうでは、驚愕の悲鳴があがっていた。
「み……見て!」
「決闘が始まってから、ずっと乱れてた映像が……元に戻った!?」
「でも、映っているのは、ぜんぜん違うような……?」
モニターに映し出されていた光景は、地下迷宮などではなく……。
とある山の上にある、きれいに整地された牧場のような施設であった。
登山道から、美しき勇者と取り巻きたちが登ってくる。
彼らは勝手知ったるように、ズカズカと敷地内に入り込んでいた。
山小屋のまわりを練り歩き、楽しそうに花を踏み荒らし……。
そして裏庭で、1匹のパンダを見つけた。
「……ここにはレディに人気の温泉があると聞いて、ゴブリン退治の前に立ち寄ってみたが……まさかパンダがいるとは思いもしなかったのさ」
「パンダって初めて見た! かわいいーっ!」
「レディたちの喜びは、ゼピュロスにとっての血液。このパンダを持ち帰ることができれば、ゴブリン退治などとは比較にならないほどの熱い血潮が得られるのさ。さぁパンダ君、ひと思いに……」
「……きゃあっ!? ゼピュロス様が突いたら、怒った!? このパンダ、怖いっ!? かわいい見た目なのに、まるでクマみたい!」
「ゼピュロス様、こわーい! 早く殺しちゃってぇ!」
「な……何をしているね!? ああっ、ゼピュロス様っ!?」
「うわっ、なにこの子? このペンションの子?」
「顔に包帯巻いてるし、杖ついてるし……なんかババアみたーい!」
「顔を隠してるってことは、きっと化け物みたいに不細工なのよ! 気持ち悪い、ゼピュロス様に近寄るんじゃないわよ!」
「や、やめるね! シャオマオは、マオマオの友達ね! 乱暴なんて、許さないね!」
「えっ、あんたマオマオなの? アンタたしか、ゴブリンをおびき寄せるためのエサに立候補したはずでしょ!? なのになんでこんな所にいるのよ!?」
「えっ、これがあのマオマオ!? あの男の子みたいな顔してた!?」
「自分の顔がコンプレックスになっちゃったから、自分でメチャクチャにしちゃったのね! うんうん、わかるわー!」
「このゼピュロスの、栄養源だったレディか……。いや、元レディだったと言うべきか……。なんにせよモンスターを斬ることに、このゼピュロスはためらわないのさ」
「きゃ~っ! ゼピュロス様ぁ~!」
「やった、ゼピュロス様のアレが見られるわ!」
「あはははっ! 見て見て! ちっちゃいのとおっきいの、モンスターどうしがかばいあってる!」
「どうせどっちも殺されちゃうのにね!」
「や、やめるね! ゼピュロス様! マオマオはどうなってもいいね! だから、だから……シャオマオだけは……!」
「化け物の指図など受けないのさ……! このゼピュロスの心を動かせるのは、レディだけ……!」
「あっ! ついに出るわよ、ゼピュロス様のアレが! みんな一緒に、せぇーのっ!」
……ズバァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーンッ!!
……映像は、それだけではなかった。
次々と映し出されたシーンでは、ゼピュロスをけしかけていた、フォロワーたちが、続々と……!
ゼピュロス・タッチにかかって、生命を奪われる瞬間が……!
……スバシィィィィィィィィィィィーーーーーーーーーンッ!!
「……ああ、とうとうこのメスブタも、死んでしまったのシャ。まあいいのシャ。以前、山小屋で別のメスブタを殺したのを、新聞の記事にするなどと、ブタのくせしてこのゼピュロスを脅迫していたのだから……! メスブタはただ、ブヒブヒ鳴いていればいいのシャ……!」
アリーナの三面モニターには……。
いいや、この国じゅうのゴージャスマートにある、特設モニターにも……。
ゼピュロスの悪鬼羅刹のような笑顔が、これでもかというほどに……。
大写しになっていたのだ……!
このあと日付が変わってすぐ(令和になってすぐ)、00:00頃に明日の分の1話目を更新予定です!
日付と元号をまたいで、ついにゼピュロス編のファイナルざまぁに突入しますので、ご期待ください!