176 シャオマオとマオマオ
シャオマオは不思議に思っていた。
――なぜ? どうしてなのね?
ゴルドくんはシャオマオと、ビッグバン・ラヴに裏切られたのに……。
どうして、驚かないのね? どうして、何も言わないのね?
それに……大剣技と大魔法が向けられようとしているのに……。
なぜ、止めようとしないのね……!?
どうして、一歩も動こうとはしないのね……!?
少年が困惑を感じているうちに、最初に詠唱が終わる。
「…………爆炎打法よ、あやつを打てっ! バーニング・バラージ・ドラムソロっ!!」
かざした少女の手が、カッと赤熱。
その先はぶれることなく、ゴルドくんに向けられていた。
……ドバババババババババババババババババッ!!
轟音がシャオマオの横を通り過ぎる。
連なった火球がゴルドくんに着弾した。
……ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォォォーーーーーーンッ!!!!
無数の蜂にたかられたような爆炎が、ゴルドくんを包む。
灼熱に浮かび上がるシルエットめがけ、さらなる大魔法が炸裂する。
「…………氷結奏法よ、あやつを貫けっ! ブリザード・ブリッツ・ペンタトニックっ!!」
しなやかな指が、さした先は……まぎれもなく、ゴルドくんっ……!
……キイン! キイン! キイン! キイン! キィィィィィーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
血も凍るような、冷徹なる金属音がシャオマオの真横を貫いていく。
槍のように長い、青い光の筋がゴルドくんを串刺しにする。
……ドスッ! ドスッ! ドスッ! ドスッ! ドシュゥゥゥーーーーーーーーーーーーーーッツ!!
熱気によるかげろうと、冷気による白い霧が打ち消し合い、瘴気が消え去る。
ふたつの大魔法が向けられた、そこには……。
仁王立ちのまま動かない、ゴルドくんが……!
爆発と炎の衝撃により、着ぐるみはボロボロに破れ、痛々しく地肌が見えている。
古傷だらけの腕、腹、脚には……氷の槍が容赦なく突き刺さっている。
泉をたたえる彫像が、壊れてしまったかのように……身体じゅうからこんこんと赤い液体をあふれさせ、床に血だまりをつくっていた。
「ご……ゴルド……く……ん?」
シャオマオは構えていた剣を、降ろしてしまっていた。
ビッグバン・ラヴたちも、杖を取り落とさんばかりに唖然としている。
「ど……どうして……!?」
「どうして、なにもしてこないの……!?」
「まさか、ゴルドくんは……!? ううっ!?」
突如、シャオマオの中に声が響いた。
――なにをしているのシャッ!?
野良犬はもう、虫の息……!
一気にトドメを刺してやるのシャッ!!
あの野良犬は……あの野良犬は……!
ボーイの、憎き仇なのシャァァァァァァァーーーーーッ!!
「う……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」
見えない糸に引きずられるように、少年は走っていた。
そして、
……ドスゥゥゥゥゥッ……!!
両手で構えた曲刀で、ゴルドくんの胸を、貫いていた……!!
湾曲した刃先が背中から飛び出し、おびたたしい量の血が噴出する。
それでもゴルドくんは、動かない……!!
「ど……どうして!? どうしてなのね!? どうして何もしないのね!? ゴルドくんなら、シャオマオの剣をよけるなんて、簡単なはずなのに……!?」
ゴルドくんは、そっと手を差し伸べる。
それはいつもと変わらない、やさしさに溢れた手だった。
シャオマオの頬に伝う涙を、そっと拭う。
「私は……マオマオを、守ることができませんでした……」
「……!!」
カッと見開いた少年の瞳に映っていたのは、とぼけた顔ではなかった。
走馬灯のような速度で過ぎていく、あるオッサンと、少女の笑顔であった……!
あった……!
った……!
た……
……。
こんにちは、いらっしゃいませ。『ゴージャスマート』へようこそ。ひとりでここまで来たんですか?
はい! わたしマオマオ! 来たのは、ヘンリーハオチー! ゴブリン、どこ!?
あの……もしかして、ひとりでゴブリンのいる遺跡に行くつもりですか?
マオマオ、カンフーすごい使うね! だから、不安いらないね!
……。
ああ、マオマオさん、無事だったんですね、よかった……!
うわあ!? ゴブリン、ついに出たね!
待ってください、私はゴブリンではありません! ゴルドウルフという者です!
ゴブリンウルフ!?
……ゴ……。
マオマオ、ゴブリンに拷問されるために、ここに来たね。
えっ、拷問されるために……!? なぜ……!?
……ライドボーイ・ゼピュロス様のためね。
ゼピュロス様の喜びは、マオマオの喜び……! そのためなら生命だって惜しくはないね……! ゼピュロス様のことを考えるだけで、マオマオ……顔がこんなになってしまうね……!
……ゴ……ル……。
ああ、気がつきましたか。よかった……! 差し入れに行ったら、ゴブリンに火あぶりにされていたので、助けてペンションまで運んだですよ!
どうして邪魔、したね……。マオマオ、ゼピュロス様のために、我慢してたのに……。
でも……あのままではマオマオさん、殺されていたんですよ!? ペンションの宿泊客の中に、聖女様がおられたので、なんとか助けていただきましたけど、処置があと少し遅かったら……!
こんな所で、寝ているヒマ、ないね……。ゼピュロス様が、来るかも、しれない、ね……。遺跡に、戻る、ね……!
……ゴル……ド……。
あはっ! くすぐったい! くすぐったいね! あはははははははっ!
ああっ!? ゴルドウルフさん、シャオマオ! マオマオのこと見て、笑ったね!? よぉし、みんな! あのふたりをマオマオと同じ目にあわせるね!
ふたりとも、まいったね!? マオマオに勝てるわけがないね! だってマオマオ、ヘンリーハオチーでも動物たちと仲良しだったね!
……ゴルド……ウ……。
ゴージャスマートへようこそね! わたしマオマオ! こちはシャオマオ!
マオマオさん、シャオマオの毛を染めてしまったのですか!?
はい! ゴルドウルフさんにもらった塗るやつで、シャオマオをパンダにしたね! これでみんな怖がらないね!
……ゴルドウ……ル……。
ゴルドウルフ、さん……。
マオマオに、本当の愛を教えてくれて……。
ありが、とう……。
……。
…………。
………………。
「……!!!!!!!!!」
水鏡のような瞳が、再び焦点を結ぶ。
「ご……ゴルドくんは、ゴルドウルフさん……!? そして、そして……マオマオを、助けてくれた……!?」
朽ち果てた顔が、左右に揺れる。
燃えカスになった耳が、ぽろりとこぼれ落ちた。
「……いいえ、助けることはできませんでした。だから私は、シャオマオさんから責められて当然なのです」
「そ……そんな……!?」
「シャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」
突然、禍々しい笑い声が、ふたりの間に割り込んでくる。
「ドブガキっ! ご苦労だったのシャーーーーーッ!! これでもう、野良犬はおしまい……!! マオマオとかいうメスブタと一緒に、姉弟揃って、野良犬ごとあの世に送ってやるのシャァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
すでに告知済ですが、本日の4/30、明日の5/1のは、令和&ゴールデンウィークスペシャルとして、連日2話更新させていただきます!
今回はこのあと、23:00頃にもう1話更新し、そして日付が変わってすぐ(令和になってすぐ)に1話更新予定です!
日付と元号をまたいでの、3話更新…!
そこでゼピュロス編のファイナルざまぁに突入しますので、ご期待ください!