174 ロアーのプラン
……ドドドドドド。
不意に、濁流が流れるような音と、地を揺らす振動が、アリーナを揺らした。
それはだんだん大きくなっていく。
そして狼煙のような土煙をあげ、こちらに迫ってきているのがわかった。
「あ……あれはっ!?」
観客の誰もが指さし、不安に叫んでいた、その迫り来る者の正体は……!?
「ゼピュロスさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!!!!」
怒り狂う巨大昆虫のような、『ゴージャスマート』のスタッ……。
い……いやっ……! ゼピュロスファンの群れだったのだ……!!
その数、およそ2千っ……!!
そう……!
これがジェノサイドロアーが、第二の裁きの結果を受け、部下に発令していた……!
『バックアッププラン』……!!
ジェノサイド一家の長男にして、一番のインテリジェンスが考えていたのは……。
仕込みのファンの、大量投入っ……!
ファンたちは業務命……いや、ゼピュロスの危機を知らされて集結し、『不死王の国』を目指していた。
2千人もの徒歩移動であったので、今の今まで時間がかかっていたのだ。
ジェノサイドロアーは、この秘策に対し、こう述べていた。
「そうだ。たとえ野良犬がどんなに優秀で、たとえゼピュロスがどれだけ愚かでも、絶対に負けることのない、あのプランを」
確かに……!
この作戦の前には、野良犬がどれだけ優秀であろうと、勇者がどれだけ愚鈍でも、関係ない……!
野良犬がスーパーヒーロー、勇者が悪役という逆転現象が、奇跡的に起こったとしても……!
まるで、まったく、意味をなさない……!
たとえ1千人もの招待客が、すべて野良犬サイドに移ったとしても……。
その倍の数が、追加投入されるのだから……!
このプランの存在は知っていたが、発動されたことを知らなかったジャンジャンバリバリは狂喜した。
そして慌てて取り消した。
『い……! いやっ! やっぱ可! 飛び入り可っ!! 可に……可にきまってるじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!!!』
これにはスタッフもお祭り騒ぎ。
ツーアウトからの、逆転満塁サヨナラホームランをかっ飛ばしたヒーローを出迎えるように、ステージ裏から飛び出し、さっそく受け入れ体勢を整える。
アリーナを仕切っていた柵を取り払い、勇者サイドに2千人が入れるだけのスペースを設けた。
それどころか、ドサクサまぎれに運営スタッフたちもその中に加わり、勇者支持はさらに数を増していく。
野良犬サイドは抗議の声をあげたが、5倍以上に膨れ上がってしまった数の力の前には無力であった。
これはもう、どうしようもない……!
そんなムードが、全体を支配しつつあった。
『それでは飛び入り可とし、再集計を行うっ! ……勇者の支持、2943名! 野良犬の支持、516名!』
』
この非情なる結果は、裁きの間にいるゼピュロスにも届いていた。
彼は、例のバックアッププランが発動したのだとすぐに察し、
「ふふっ、天はやはり、正義の味方なのさ。そして勝利の神が、レディである以上……。ゼピュロスにとってはこの大逆転すら、造作もないことなのさ」
ありもしない髪を、華麗にかきあげていた。
その勇者の言葉を、オッサンは黙って受け止める。
彼は命乞いどころか、言い返すことすらしていない。
なにがあっても絶対離れなさそうな、聖女たちとともに……。
静かにそこに、佇んでいた。
……。
…………。
………………。。
そして、あれほど大騒ぎだったアリーナのほうは……。
なぜか、オッサンの無口さが伝染してしまったかのように、不気味なほどの静けさに包まれていた。
『あ……』
場内に、突如として巻き起こった、あまりの出来事……。
それには弁舌の使者も、その原初ともいえる一文字を、口にするだけで精一杯であった。
「い……」
狂信的な信者たちも、同様に……。
「う……」
敵対していた者たちも、同じく……。
そこにいた誰もが、その瞬間を目撃した者たちは一様に、言葉とも呻きともつかぬことを漏らすのみ。
そして、
「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?!?!?!?!?!?!?」
意識がバーストしてしまったような、今生において最大最強。
そして驚天動地の「ええーっ!?」を大噴火させていた。
その場にいた、1032名は、たしかに見ていたはずなのだ……!
新たに設けられた、飛び入り参加用の観客席……。
そこにたしかに、2427名もの、自称ゼピュロスファンたちが、いたことを……!
しかし、しかしっ……!
それが忽然と……!
さながら消える魔球のように、いなくなってしまったのだ……!
おそらく消された者たちも、何が起こったのかわかっていなかったのだろう。
「えっ?」くらいの声しかあげられず、見事なまでに、ストーンと沈んでいったのだ。
最初にそこに向かったのは、わんわん騎士団だった。
かつていた敵の増援は、すでに影も形もなく……。
底の見えない深い穴が、ぽっかりと……。
まるで誰かさんのように、静かに佇んでいたのだ……!
「お……落ち、ちゃった?」
「ひぃやぁぁぁ~! もしかして重すぎて、地面が沈んじゃったんですかぁ!?」
深淵を覗き込み、ひたすら狼狽する1号と3号。
しかし2号だけは、誰よりも早く落ち着きを取り戻していた。
「これは天然の地盤沈下などではく、人工的に仕掛けられた落とし穴のん。それを証拠に、ホラ、蓋がまた閉まっていくのん」
グググ……! と大きな門戸が動くような音をたてて、観音開きの床が再び閉じていく。
ズズン……! と合わさると、もはやそこが穴であるかもわからないくらいに、ピッタリと閉じてしまった。
「たぶんもう、百人……いや、何千人乗っても平気のん」
地面に戻った仕掛けの上に、ためらいなく足を踏み入れるミッドナイトシュガー。
と言われても、後に続く者はいなかった。
そしてこれはかなりの大事故であったが、何かをしようとする者もいない。
なぜならば……このツアーの運営スタッフは、裏方も含めてみんな穴の中に落ちてしまったからだ。
これは前代未聞の、大規模没シュート……!
もし『落とし穴にいちどに落とした人数』のギネス記録があるのであれば……。
間違いなく掲載され、永遠に破られないであろう大記録……!
こんなとんでもない仕掛けを思いつき、しかも成功させてみせた者は、いったい何者なのであろうか……!?
やっぱりあの、不死王……!?
しかし彼も、しばしの間、言葉を失っていた。
『さ、さすが……! あ、い……いや! ウォッホン! 脱落者多数のため、再び集計を行うっ! ……勇者の支持、516名! 野良犬の支持、516名! 再び同数とあいなった!』
『「そ……そんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?!?」』
その抗議の雄叫びは、地下迷宮の内と外で、同時に起こった。
『そんなそんなそんなそんな!! そんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーー! ずるいじゃんずるいじゃんずるいじゃんっ!!! ずるいじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!!!』
「そんなそんなそんなそんな!! そんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーー! ずるいのしゃずるいのしゃずるいのしゃ!!! ずるいのしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
まるで兄弟のようなシンクロした動きで、ふたりの勇者は床を転げ回る
しかし、
『喝ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!! 喼急招雷っ!!!!』
ズガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!
同時にカミナリオヤジのような喝破と、リアルカミナリが内と外に降り注ぎ、駄々っ子たちの身体を撃った。
『「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!?!?!?」』
ジャンジャンバリバリとゼピュロスは、帯電した身体を大の字に飛び跳ねさせたあと、揃った動きでズダァン! と倒れ伏し、動かなくなった。
これにてゼピュロス編、終了~!
…では、ありません! ここからいよいよゼピュロス編は、クライマックスに入ります!
そしてすでに告知しておりますが、本日の4/29、明日の4/30、あさっての5/1の3日間は、令和&ゴールデンウィークスペシャルとして、連日2話更新させていただきます!
この3日間で一気に、ゼピュロス編のざまぁに突入できればと思います!
なので本日はあともう1話、掲載させていただきます!