173 最後の審判
この時、『不死王の国』の上空には黒雲がたちこめており、アリーナは夜のような暗い影に覆われていた。
そして客席は、ひとあし早く雨が降り始めたかのような、ざわめきに包まれていたのだ。
不死王の言っていることが本当であれば、支持数が多いほうが生還できるというわけだ。
観客たちは今更ながらに、自分たちの責任の重さを感じていた。
それは、観客に交ざったスタッフたちも同じ気持ちであった。
本来は台本どおりに進んでいれば、勇者側の勝利は揺るぎないはずであったのだ。
しかし今は、どうなるかは全くの未知数。
前回の裁きでは、勇者支持が701名、野良犬の支持が329名であった。
ひとりでも支持数が多いほうが勝ちなのであれば、勇者勝利の可能性が高いが……。
あれほどの醜態を晒したあとでは、さらなる支持低下も考えられる。
しかも乱闘騒ぎのせいで、勇者と野良犬はいまノーサイド状態。
両者が入り乱れていて、壁を作って離反を阻止することも難しい。
ここにきて、『野良犬殺人鬼説』が急浮上してくれたことだけは僥倖であった。
ゼピュロスが秘密の通路で明かした、真偽も定かではないことだが、スタッフたちはそこにすがる。
「ねぇ! みんなよく聞いて! そしてよく考えて! あの野良犬は殺人鬼なのよ!?」
「そうよ! シャオマオちゃんのお姉さんを、酷い目にあわせた極悪人を許してもいいの!?」
「それにゼピュロス様は言っていたわ! 野良犬はホーリードール家の聖女様たちや、ビッグバン・ラヴのふたりも狙ってるって!」
「野良犬を支持するということは、あそこにいる女の子たちを殺すのも同じことなのよ!?」
「それだけじゃないわ! 無罪放免になったら、アイツは野に放たれる……! 狂犬の鎖を外すのも同じなのよ!?」
「殺人鬼はきっと、次は私たちを狙ってくるわ! だからお願い、目を覚まして!」
「こうなったら、いま勇者サイドにいる者たちを、全員ブン殴ってでも足止めするんだ!」
「そうだ! 髪を引きずってでも、ケガをさせても……なにがなんでも、野良犬サイドに行かせるなっ!」
ついには、暴力に訴え出るスタッフたち。
『ジャンジャジーーーン! ここで一大発表じゃぁぁぁぁぁぁーーーんっ!! 勇者を支持してくれたファンには、ドーンと現金をプレゼントしちゃうじゃぁぁぁぁぁぁーーーーーんっ!! さぁさぁ、現金取り放題のビッグチャンスじゃぁぁぁぁぁぁーーーーーんっ!!』
そしてついには、実弾攻撃まで持ち出すジャンジャンバリバリ。
まるで、上棟式の餅……。
いや、魚を餌付けするかのごとく、ステージ上から勇者サイドめがけて金をばらまきまくっている。
暴力と金が吹き荒れる勇者サイド。
かたや、野良犬サイドでは……。
わんわん騎士団が嵐のように、最後の訴えを叫びまわっていた。
「デタラメ言うんじゃないわ!! あんなヘタレ勇者の言うことを、信じちゃダメよ!!」
シャルルンロットは、はらわたがひっくり返らんばかりに、腹の底から声を振り絞っていた。
「むしろ殺人鬼は、あのヘタレ勇者のん! 今までの同行者に対する行動を鑑みれば、明らかのん! それがバレかけているから、ゴージャスマートは暴力と金に訴えてるのん! ヘタレ勇者と同じことをしているのん!」
決して声を荒げることのなかったミッドナイトシュガーも、感情を剥き出しにして叫んでいた。
「あああんっ! お願いですっ! お願いですぅぅぅ~!! ゴルドくんは、私の大切な人なんです!! その人がいなくなったら、私……私……! 生きていけませぇぇぇぇぇぇぇんっ!!」
グラスパリーンは崩れ落ち、涙の池を作らんばかりに号泣していた。
彼女たちの声は、すっかり枯れてしまっている。
かつての凜々しさ、冷静さ、可愛らしさは見る影もない。
このままでは、声を失ってしまうのではないかと、大人たちは心配した。
しかし、
「うるっさいわね!! 声くらいなによっ!! 大好きな人と会うために、声を犠牲にした人魚だっているのよ!! ゴルドくんを助けられるんだったら、アタシは喉ごとくれてやるわよっ!!」
「あのヘタレ勇者は、絶対にウソを言ってるのん! いいや、むしろウソと虚飾で肥え太ったブタのん! 人を不幸にするウソをつくヤツは、たとえ勇者でもブタでも許せないのん!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーんっ!! お願いです!! お願いですぅ!! 土下座でもなんでもしますからぁ!! 助けてください!! 助けてくださぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーいっ!!!!」
枯れた声は、尽きかけたロウソクのように、激しく燃え上がる……!
そしてついに、大人たちも触発された。
「頼む! ゴルドくんを支持してくれっ!! もし負けたら、私は切腹するっ!!」
「あはぁんっ!! なんでもしますから、お願いします!! お願いしまぁぁぁぁーーーす!!」
ヒヒヒヒヒーーーーーーーーーーンッ!!
馬まで参加した応援合戦に、ついに運命の木槌が振り下ろされる。
「よん! さん! にぃ! いちっ! ……ぜろぉぉぉぉーーーっ……!!」
……ズドォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーンッ!!
…………最終審判、締め切りっ……!!
不死王の国の上空は、なおも暗雲に包まれていた。
晴れ間はなく、夜の帳のように深くたちこめている。
雨が降り出さないのが不思議なくらいの空であった。
そこに、ゴロゴロとした不死王の声が響く。
『最後の審判は、下された……! 泣いても笑っても、これですべて終わりとなった……! さぁ、その結果はっ……!?』
雷雲のように、ビカビカと空が明滅。
……ドゴォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
爆音とともに、近くの山に落雷が落ちる。
しかし誰も気にも止めていない。
誰もがモニターに映し出された、開票結果に釘付けになっていた。
勇者の支持……516名
野良犬の支持……516名
『全くの……同数っ!!』
そう……!
アリーナの客席は、まるで海割りの奇跡のように、真っ二つに分かれていたのだ……!
観客たちのほとんどは野良犬側に移動しようとした。
しかし金……特に暴力のせいで、強制的に留められてしまったのだ。
「ええええええええええええええええええええええええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」
不死王からの発表に、激声がほとばしった。
まるで遠い空の向こうからも届いているかのように、国じゅうの声がひとつになった。
人々は唖然としたあと、口々に話しはじめる。
「ま、まったく同じ数だなんて……!」
「この場合、どうなるの!?」
「両者とも助かるとか……!?」
「まさか、不死王とまで呼ばれたリッチがそんなことしないでしょ!?」
「ってことは、両者とも……!?」
しかしある者が、ある異変に気付く。
立場上は中立なのだが、もはや隠しようもないほどに勇者サイドに肩入れしている、アイツが……!
『ちょ……ちょっと待つじゃぁぁぁぁぁぁーーーーーーーんっ!! 合計すると、1032名になってるじゃぁぁぁぁぁぁーーーーーんっ!! 今まではずっと1030名だったのに……!! ふたり増えてるじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーんっ!?!?』
その理由は、すぐにわかった。
アリーナじゅうの視線が、そのふたりに集中したからだ。
みなの視線の先に、立っていたのは……。
屋台の上の、クーララカと、ミスミセスであった……!
『ず……ずるいじゃんずるいじゃんずるいじゃぁぁぁぁぁぁぁーーーーーんっ!?!? あのふたりは招待客じゃないじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーんっ!?!?』
指さして糾弾するジャンジャンバリバリ。
モニターが切り替わり、壁画の不死王がアップになった。
『両陣営の同意があれば、飛び入りは認めるものとする!! そこのふたりは昼食時からずっと場内にいたため、双方の合意があるものとみなした!! もし不服なのであれば、飛び入り不可とするが……!!』
『不可不可不可! 不可に決まってるじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーんっ!!』
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ジェノサイドロアー様っ! たった今、最終審判の結果が出ました!」
「……勇者と野良犬が同数だったんだろう?」
「えっ!? どうしてそれを……!?」
「ふぅ、いままでの支持者の推移と、お前の驚きようを見れば、そのくらいの予想はつく」
「で、ではやはり、ジェノサイドロアー様は、こうなることを予測して、あのご命令を……!?」
「当然だ。我々は、ただの勝利では許されない。圧倒的な勝利を世間に知らしめる必要があるのだからな」
「でもあのプランなら、絶対にそれができます! さ……さすがです! さすがです、ジェノサイドロアー様っ!」
「ふぅ、スマートではないのが……不本意ではあるがな」
ジェノサイドロアーが下していた命令が、いよいよ明らかに…!
そして次回、プチざまぁです!
あと、活動報告にも書いたのですが…。
明日の4/29、あさっての4/30、しあさっての5/1の3日間は、ゴールデンウィークスペシャルとして、連日2話更新させていただきます!
この3日間で一気に、ゼピュロス編のざまぁに突入できればと思います!
ですので、ここまで読まれた方は、あともう3日だけお付き合いいただけると嬉しいです!
そしてこうやって事前告知したのは、後には引けないようにするため…。
果たして書き切ることはできるのか…!?
ご期待ください!