172 第四の裁き
ゼピュロスはしなだれかかってくるビッグバン・ラヴに愛をささやくように、作戦を伝授した。
「今までと変わらない様子で振る舞うのさ」と指示されたのには不満のようであったが、ふたりとも「ゼピュロス様のためなら」と承諾する。
そして、魔導女姉妹は頬を赤らめながら、勇者はさやわかに……。
そしらぬふりを装い、みんなのいる部屋へと戻った。
そこには……椅子に縛り付けられ、よってたかって身体を揉み込まれるゴルドくんが。
「あの、シャオマオさん、そろそろビッグバン・ラヴさんたちの様子を見に行かないと……。せめてこの拘束だけでもほどいてもらえませんか?」
しかしそばに立っているシャオマオは「だめね!」と一喝する。
「ヘンリーハオチーに伝わるマッサージ法は、こうやって椅子に縛り付けないと効き目がないね! もう少しで終わるから、我慢するね!」
ゴルドくんの膝上には、うっとりした表情のリインカーネーションが跨がっていた。
毛布をふみふみする猫のように、一心不乱に着ぐるみごしの胸板を揉み込んでいた。
「あらあら、まあまあ……こんな素敵なマッサージがあるだなんて……。これならゴル……ドちゃんの身体に触り放題ねぇ。お屋敷に戻っても、毎日やってあげたいわぁ」
プリムラはゴルドくんの後ろで、肩もみをしている。
「本当に、素敵です! わたしもこうしておじ……ゴルドくんの肩を、お揉みさせていただきたいと、ずっと思っていたんです!」
ちなみにプリムラは過去何度か、おじさまの肩もみにチャレンジしようとしたことがある。
しかしいずれも寸前で断念。
妹のパインパックが「たんとんたんとん」と楽しそうに肩たたきしている姿を、うらやむように見つめるばかりであったのだ。
今回は突然のことではあったが、シャオマオが故郷に伝わるマッサージをしたいと言い出したので、それにうまく乗っかれる形となった。
さらにゴルドくんは、女囚に捕まった看守のようになすがままだったので、その状況にも助けられた。
これは、シャオマオがゼピュロスに命じられ、ゴルドくんをウソのマッサージで足止めしたためだ。
本来の目的としては、ゼピュロスがオッサンに邪魔されることなく、ビッグバン・ラヴを掌中に収めるためのアシストだったのだが……。
ついでに聖女姉妹が、オッサンの身体を堪能するアシストにもなっていたのだ。
ビッグバン・ラヴは、今まではこんなイチャイチャを見せつけられたら、すぐさま参加していた。
しかし今は、ゴルドくんに出会ったばかりの頃のように、さしたる興味もなさそうにしている。
「あ……! ゼピュロス様が戻ってきたね! ちょうどマッサージも終わりね!」
シャオマオはゼピュロスの姿を認めるなり、そそくさと縄をほどいた。
自由になったゴルドくんは、なおもしがみついているマザーを抱っこして横に降ろす。
そして特にいぶかしがることもなく、みなに言った。
「先ほども説明しましたが、ここからはゼピュロスさんもツアーに同行することになりました。全員揃ったことですし、そろそろ出発しましょうか」
ゴルドくんは、いつもと変わらぬ様子で先導を再開。
ツアーコンダクターのように手を挙げながら、部屋から出発する。
すぐ後ろには、シャオマオとビッグバン・ラヴ。
いつチャンスが来てもいいように、少年は背中の刀に手をかけ、少女たちは杖を構えながらついていく。
つづいてリインカーネーションとプリムラ。
さきほどまでのゴルドくんの感触について、あれこれ意見交換をしている。
そして最後には、聖女たちによからぬ視線を絡みつかせる、ゼピュロスが……!
今宵の勝利の晩餐について、思いを巡らせていた……!
――シシシ!
聖女の名家である、ホーリードール家の姉妹に……。
人気モデルである、ビッグバン・ラヴ……!
どちらも器としては申し分ないのシャ!
それに加えて、野良犬の丸焼きがあれば……。
ゼピュロスの地位は元通りどころか、さらにうなぎ登りになるのシャーッ!!
そして一行は、ついに……。
また、あの場所へとたどり着いた。
『不死王の国』において、ちょうど中心部に位置する……。
第四の『裁きの間』へと……!
行く手を阻む壁画は、おそらく冬がテーマでなのであろう。
亡者たちを丸めて、雪だるまを作る不死王が描かれていた。
部屋にはやはり邪神像。
しかし今回は中央ではなく、少し北側にずれたところに鎮座していた。
光を吸い込むような、どこまでも黒い岩肌。
左右あわせて八本ある手には、扇と軍配を持ち、戦の前の舞のようなポーズをとっている。
方角としては北を司る、その暗黒神の名は、チャウチルトリク……!
巨大な蜘蛛を水着のように身体に貼り付かせている、惑いと邪智の女神であった……!
『よくぞ来た、生者どもよ……! ここまで生命を落とさずに来られたことは、褒めてやろう……!』
すでにおなじみとなった不死王のアナウンス。
しかしその声は壁画からではなく、遙かな高みより降り注いだ。
部屋に入った野良犬パーティは、いっせいに上を仰ぎ見る。
するとそこには天井はなく、部屋と同じ広さの空間の暗黒が、どこまでも広がっていた。
この『裁きの間』は、他とは構造が異なり、まるで塔の内部にいるかのようであった。
『ここで行われる第四の裁きで、勇者と野良犬に最後の審判が下される! それにより生き残れるのは、どちらか片方のみ……! この審判で支持数が多いほうを、無罪放免としてやろう! たとえひとりの差であっても、多いほうが自由の身となれるのだ!』
威厳のある声が、ごうごうと空を鳴動させるように反響しながら降りてくる。
『そして支持数の少なかったほうは、そのまま第五の裁きの間へと送還され、さらなる審判を受けることとなる……! そこで下される裁きは、今までのものとは比較にならぬほどの荼毒と知れい!』
プリムラとマザーは怖くなって、ゴルドくんに抱きつく。
ゴルドくんはふたりを落ち着かせるように、両腕で包み込んでいた。
ビッグバン・ラヴのふたりは、ゼピュロスに抱きつこうとする。
ゼピュロスは「企みが野良犬にバレてしまうだろう」と、足で蹴って追い払っていた。
そして、シャオマオはひとり……野良犬の背後に立ち、大きな背中を睨みすえていた。
今なら背後から串刺しにできるのだが、ゼピュロスの合図があるまでは、ぐっとこらえる。
『それでは……最後の審判とまいろうか! 外にいる人間どもも、覚悟を決めよ! これは、勇者と野良犬の生死を分かつ、重大なる選択……! そなたらは、断首の刑吏も同じなのだからな! フハハハハハハハハハハハハハハ!』
ジャジャジャーーーーーーーーーーーンッ!!
ステージ裏のオーケストラによるショッキングなBGMが、より事の重大さを強調していた。
東焼豚様よりレビューを頂きました、ありがとうございます!
次回、いよいよ最後の審判が始まります!