表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

281/806

171 ゼピュロス・タッチ

 ゼピュロスが奏でた、いくつもの真実(ウソ)……。

 それはビッグバン・ラヴのふたりに二重のショックを与えていた。


 まずゴルドくんは、危ないところを何度も助けてくれた。

 しかしそれは、すべて仕組まれたピンチであったというのだ。


 好意を抱かせて、裏切られたときの絶望を、より大きくするための……!


 そう考えると、あの紳士的な態度も頷ける。

 あの夢のようなごちそうも、より良いフォアグラをとるためのものであったのだ。


 そしてさらに衝撃だったのが、ミグレアに売られてしまったこと。

 自分が助かりたいがために、ゴルドウルフの言いなりになり……。


 『スラムドッグマート』の装備を採用し、それどころか自分たちをイメージキャラクターに推薦し……。

 あまつさえ、生贄にされるとわかりきっているツアーに、送り出したのだ……!


 それは親から捨てられたほどのインパクトを、ブリザード・ラヴに与えていた。


 氷のような色のローブに負けないほど、顔面蒼白。

 もはや立っていられないほどに、悲しみに押しつぶさそうになっている。



「ねぇ……バーちゃん、どうしよう……ねぇ、どうしよう……」



 迷子のような表情で、バーニング・ラヴにひしっと抱きつき、胸に顔を埋めていた。

 いつもなら、自室でふたりっきりの時にしかやらない事だったが、今はなりふり構っていられないほどに追い詰められていたのだ。


 声を殺して泣く彼女の頭を、バーニング・ラヴはやさしく撫でていた。



「ねぇ、ブリっちはどう思ってるの?」



「ど……どうって……あの人の言うことは、ぜんぶ筋が通ってるし……」



「ううん、そうじゃなくて、ブリっち自身はどう思ってるの?」



「信じたく、ない……」



 埋めたままの顔を、イヤイヤと振る。



「ミグレアさんが……憧れのミグレアさんが、そんなことをするなんて……それに大好きなゴルドくんが、そんなことをするなんて……信じたく、ないよぉ……」



「うん、それはあーしも同じ!」



 あまりにもあっけらかんとしていたので、天の岩戸から覗くように、ブリザード・ラヴは顔を上げた。

 目が合うと、バーニング・ラヴはにへっと笑う。



「あーし、ブリっちと違ってバカだから、ヘタレ野郎の言ってたことの半分もわからなかったけど……。あーしもブリっちと同じで、信じてるよ! ミグレアさんも、ゴルドくんのことも!」



「で、でも……。あの人の言っていることは、たしかに筋が通ってて……」



「筋? ブリっちが取るのがうまかったやつっしょ? きれーに取って、あーしに食べさせてくれたもんね!」



「それは、ミカンの筋……」



「あんなド変態ヘタレ野郎の言ってる筋なんて、その程度のもんっしょ!? だからさ、あーしらの気持ちを大事にしようよ! ミグレアさんも言ってたじゃん! 勇者なんて……きゃあっ!?」



 ……スバシィィィィィィィィィィィーーーーーーーーーンッ!!



 突如、弾ける音が割り込んできて、バーニング・ラヴはのけぞった。

 いつの間にか背後に立っていたゼピュロスに、どさりと身体を預ける。



「な、なに……!? バーちゃんに、なにをしたの!?」



 ブリザード・ラヴ涙の残る顔で、ゼピュロスをキッとにらみつけた。

 勇者は腕の中にいる、茫洋とした瞳の少女の髪を撫でつけている。



「……『吊り橋効果』を知っているかい? ゼピュロスはその何十倍にも相当するドキドキを、自在に起こせるのさ……。こうやって、ね……!」



 アークギアのひとさし指が伸びてきて、ブリザード・ラヴの胸をトンと突いた。



 ……スバシィィィィィィィィィィィーーーーーーーーーンッ!!



 途端、激しい電流のようなものが少女の中を駆け巡った。


 心臓が急激に鼓動をはじめ、息が荒くなる。

 視界が歪み、どっと汗が噴き出した。



「な……なに……こ……れ……」



 とうとうビッグバン・ラヴはふたりとも、ゼピュロスの腕に落ちてしまった。

 瞳の焦点が定まっていない少女たちに、勇者はやさしくささやきかける。



「愛しているよ、レディたち。レディたちも、ゼピュロスなしではいられない……そうだろう? さぁ、レディたちは今から、ゼピュロスの身体の一部なのさ。手となり、足となり……悪の野良犬を恋の拳で打ちのめし、愛の脚線で足蹴にするのさ」



 その言葉は催眠術のように、心地良く鼓膜を揺らし、身体に染み込んでくるかのようであった。

 そして少女たちは、心までもとろけはじめる。



「は……はい、ゼピュロス様……」「ゼピュロス様ぁ……」



 甘えるようにすがりつかれ、ゼピュロスは微笑む。

 心の中では大爆笑していた。



 ――シシシ! シーッシッシッシ!


 このゼピュロスの必殺技……。

 『求愛の指ウォンチュー・フィンガー~ゼピュロスタッチ~』さえあれば……。


 どんな強情な女でも、思いのままなのシャッ!


 人間というのは、ドキドキすればするほど、好意を抱く……!

 もしそれが、命の危機に晒されるほどのドキドキであれば……もうメロメロになってしまうのシャッ!


 ゼピュロスタッチは、アークギアのゼピュロスだからこそできる、ラブ・テクニック……!

 アークギアの原動力の魔法触媒から、強力な電撃と魅了(チャーム)を生み出し、指を通じてメスブタの身体に送り込む……!


 メスブタは心臓麻痺を起こしたも同然となり、臨死体験という最大のドキドキを感じる……!

 そして魅了(チャーム)の効果を最大限に引き出し、洗脳レベルにまで達するのシャッ!


 本当は『スラムドッグマート』に行ったときに、ホーリードール家の聖女にも施してやるつもりだったのに……。

 あの忌々しいオーナーに、邪魔されてしまったのシャッ!


 しかもこのゼピュロスタッチは、同じ相手に繰り返すことにより、何度目かに本当に心臓が停止してしまうのシャ。

 だいたいその時は、そのメスブタに飽きている頃なので、始末もできて一石二鳥……!


 でもまさか、このラブ・テクニックをドブガキにも使うことになろうとは、思いもしなかったのシャ……。


 まあいいのシャ!

 ドブガキはすぐに殺して、このメスブタ二匹は、たっぷりと弄んで……ポイ捨てしてやるのシャーッ!


 そしてこれで、野良犬退治のための準備は整ったのシャ。

 聖女たちは戦闘能力が無いから、ほっといても問題はないのシャ。


 あとは最高のタイミングで、あのドブガキと、このメスブタどもに、襲いかからせれば……。

 ゼピュロスの大逆転ショーの始まりなのシャッ!


 シシシシシ……! シーッシッシッシ……!

 シーッシッシッシッシッシッシッシッシッシッシッシッシッ……!!

先に書いてしまうとネタバレになってしまうので、直接的な表現をしなかったのですが、実はシャオマオもゼピュロスタッチの餌食になっています。

読み返していただくと、どのあたりでゼピュロスタッチが仕掛けられたかすぐにわかると思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ・・・なんて頼もしいんだバーちゃん・・・! 馬鹿かどうかはさておき、こういう滅多なことで迷わない人というのは個人的には好ましいですね・・・。 [一言] ・・・それでも、勇者の毒牙にかかれば…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ