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170 さらなる魔の手

 シャオマオは薄暗い瞳のまま、しばらく茫然自失となっていた。

 しかし不意に、その瞳にカッと光がともると、



「ゆ……許せないね! あの野良犬! いますぐにでも、マオマオの仇を……!」



 草原を舐め尽くす烈火のごとく駆け出そうとした。

 しかしゼピュロスは、すかさず後ろから抱きすくめる。



「待つのさ! 辛いだろうが、今は我慢するのさ!」



「は……離すね、ゼピュロス様! どうして止めるね!?」



「まだ野良犬に騙されている者たちがいるのさ! しかも相手は大聖女と、大魔導女のビッグバン・ラヴ……! 今斬りかかったところで、彼女たちはまんまと利用されて、命がけで野良犬を守ろうとするのさ!」



「……くっ……!」



「だから今は、彼女たちの目を覚まさせるのが先決なのさ! でないと何の罪もない彼女たちを、傷付けてしまうことになるのさ! それではあの野良犬と、何ら変わりない……! 無差別に人を傷付けているだけになるのさ!」



「うううっ……! くぅぅぅっ……!」



 ギリギリと歯を食いしばり、ボロボロを涙を流すシャオマオ。

 そこに、ふたつの足音が近づいてきた。



「シャオマー!? そろそろ出発……って、なにやってんだよっ!?」



 呼び声とともに秘密の通路に飛び込んできたバーニング・ラヴは、すぐにゼピュロスを見咎めた。

 続いて入ってきたブリザード・ラヴも、「ふーん、ド変態じゃん」と冷たく蔑む。



「おいっ! ド変態ヘタレ野郎っ! シャオマオから離れろっ!」



 しかしその誤解に弁解したのは、ド変態ヘタレ野郎という名の勇者ではなかった。



「ご、誤解ね! ゼピュロス様は、シャオマオたちを助けに来てくれたね!」



 すっかり取り込まれてしまった、異国の少年であった……!



「ハァ? あーしらを助けに来た? なに言ってんのシャオマオ」



「ふーん、意味不明じゃん」



「……それについては、このゼピュロスが話してあげるのさ」



 ゼピュロスはこの機を逃さず、ゆらりと立ち上がる。


 しかし途中で何かを思いつくと、再びしゃがみこんでシャオマオにささやきかけた。

 すっかり勇者の手下となってしまった少年は、ウンウンと頷きながら聞いている。


 彼は「わかったね!」と駆け出し、ビッグバン・ラヴの横をすり抜けて、部屋へと戻っていった。



「おい、シャオマオになにを吹き込んだんだよっ!?」



「ふーん、怪しさ爆発じゃん」



 しかしゼピュロスはその問いには答えず、コツコツと鋼のブーツを鳴らし、ビッグバン・ラブの元へと近づいていく。


 彼は無害を装った笑みを浮かべていたが、頭の中は高速回転していた。

 シャオマオにしたように、どんな真実(ウソ)で彼女たちをモノにしようか、必死に考えていたのだ。



 ――真実(ウソ)のコツは、強いインパクトをぶつけること……。

 『驚き』という名のスパイスで、疑う心を麻痺させれば……マヌケなメスブタは、勝手に信じ込むのさ……!



 やがて見えない電球が、ピコーン! と彼の頭上で輝いた。



「……レディたちのプロデューサーにして、人生の師である大魔導女とは、懇意の仲なのさ」



 こんな持って回った言い方から始めたのは、今回の話のネタとして思いついた、キーとなる人物の名前を知らなかったから。

 こうやって相手から情報を引き出すのが、彼のやり方であった。



「え、ミグレアさんと……?」



 そうとも知らず、まんまとその名前を口にしてしまうバーニング・ラヴ。



「そう。そのミグレアがなぜ、車椅子に乗ることになったのか……レディたちは知っているかい?」



 「たしか、クエスト中の事故だって聞いたけど」とブリザード・ラヴ。



「表向きはそうなのさ。でも……本当はミグレアの脚は、邪神の生贄として、捧げられてしまったのさ……!」



 「「……えっ?」」とハモるふたり。

 我が耳を疑うように、目を見開いている。


 ここまでは、上出来……! とほくそ笑むゼピュロス。

 そしてここからは例によって、口からでまかせのオンパレード。



「ミグレアは、クエスト中に儀式の生贄にされ……脚を奪われてしまったのさ」



「ええっ!? それ、ウソっしょ!? ミグレアさん、言ってたし! クエストには、ずっと一緒に冒険してたすげー尖兵(ポイントマン)がいたって! その人には何度も危ないところを助けてもらってたって! むしろ勇者が……!」



 ああ……!

 ここでうっかり、尖兵(ポイントマン)の事実を出してしまったバーニング・ラヴ……!


 それを利用されるとも知らず……!



「それはその尖兵(ポイントマン)に、真逆のことを言わされているのさ。脚を取られているからね。一度身体の部位を生贄に捧げさせられた者は、いつでもその魂を奪われてしまう……。それを利用されて、彼女は脅され続けているのさ」



「な……何のために!?」



 ゼピュロスの脳内ではすでに、


 謎のすごい尖兵(ポイントマン) → ゴルドくん → スラムドッグマート → 今回のツアー


 という図式が出来上がっていた。


 そしていかに『さっきシャオマオに言ったでまかせ』に繋ぐかも……!



「レディたちは、不自然だとは思わなかったかい? 『大魔導女学園』で、スラムドッグマートの装備が正式採用されたことに……。いままではずっと『ゴージャスマート』だったものが、突然……」



「べ……別に……! そんなの、不自然でもなんでもなくなくない!?」



 バーニング・ラヴはすでにゼピュロスの術中にハマり、声を荒げていたが、



「それは、学園のオーナーの娘でもある、ミグレアさんの推薦だって聞いたけど……。ふーん、それも脅しだって言うの?」



 ブリザード・ラヴはまだ取り乱してはいなかった。

 しかしその冷静さがかえって、ゼピュロスの真実(ウソ)をアシストしてしまうことになる。



「そうさ。ミグレアはカリスマモデルで、『大魔導女学園』のオーナーの娘という、大いなる立場にいるレディなのさ。魂を生贄に捧げるよりも、脅し続けるほうが価値がある存在なのさ」



「その口ぶりだと、『スラムドッグマート』の社長の、ゴルドウルフさんが黒幕みたいじゃん」



「その通り、レディは察しがいいのさ。そうなると、実行犯のほうも、もう目星がついているんだろう?」



 ブリザード・ラヴは思案するようにうつむいて、そしてつぶやく。



「……ゴルドくん……」



 隣にいたバーニング・ラヴが、怒声とともに彼女の肩を掴んだ。



「ちょ、なに言ってんのブリっち!? ゴルドくんがミグレアさんをあんな風にした犯人だっていうの!? それ、ありえなくなくない!? こんなヤツの言うことなんて、真に受ける必要なくなくなくなくない!?」



「でも確かに、不自然なんだよ、バーちゃん。『勇者教育委員会』の規定で、教育に使う装備は『ゴージャスマート』のものが推奨されているんだよ」



「ハァ!? 意味わかんなくなくない!? ミグレアさんは、『スラムドッグマート』のほうがいいから変えたって言ってたし!」



「うん、確かにそうなんだけど、『ゴージャスマート』以外の装備を採用すると、勇者教育委員会から村八分にされるらしいから、冒険者学校はどこも『ゴージャスマート』の装備を使わざるを得ないみたいだし……」



 もし彼女たちが、ミグレアが憧れている尖兵(ポイントマン)が、ゴルドウルフだと知っていたら……。

 こんな疑惑は起こるはずもなかった。


 そしてミグレア自身も、学園に採用されている装備を変えた理由を、彼女たちに正直に話していればよかったのだが……。


 さすがに『自分を何度も助けてくれた尖兵(ポイントマン)に恩返しをしたかったから』。

 などという個人的な理由で、ずっと使われていた『ゴージャスマート』の装備を変えるわけにはいかなかったのだ。


 そのわずかな掛け違いのせいで、あれよあれよという間に作り上げられていく……。

 なにもかもが間違っている、歪んだ既成事実……!


 ゼピュロスは彼女たちから情報を引き出し、それをどんどん自分の都合の良いように作り替え、言葉の調べに乗せた。


 黒幕はゴルドウルフで、実行犯はゴルドくん。


 悪魔憑依者(デリビッシュ)のゴルドウルフの命を受け、魔王信奉者(サニタスト)であるゴルドくんの中の人が、尖兵(ポイントマン)として動き……。


 かつては、ミグレアを……。

 そして今まさに、シャオマオやビッグバン・ラヴのふたりを、生贄に捧げようとしていることを、デッチあげたのだ……!

多くの読者様から、話の進みの遅さを指摘されております。

ゼピュロスのターンはあともう1話で、そこからゼピュロス編のラストの展開に入ります。


そのあとはジェノサイドロアー編となり、話が一気に進みますので、もう少しだけお付き合いいただけると嬉しいです!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今までのヘタレっぷりはどこへやら・・・前回に引き続き悪の才能を存分に発揮するヘタレ勇者!! こうなったらこっちも観念して、良い点として挙げますよ畜生・・・!(泣) [一言] だが今だけだぜ…
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