169 ゴルドくんの正体
「あの、ゴルドくんの正体は……とんでもない殺人鬼なのさ……!」
ゼピュロスの口から明かされたのは、意外なる真実……!
勇者と少年だけが佇む静かな通路のなかに、切り裂くような悲鳴が轟き渡りかけた。
「……ええ……!? んむぅぅぅーーーーーっ!?!?」
とっさにゼピュロスが、シャオマオの口を手で押さえたのだ。
「しっ! 大きな声を出すんじゃないのさ! あの殺人鬼に聞かれたらどうするのさ!」
信じられない様子で目を白黒させるシャオマオの口を塞いだまま、彼は続ける。
「驚くのも無理はないのさ。でも、これは本当のことなのさ。これからそれを説明するから、騒がずに聞いてほしいのさ、いいね?」
瞳が小刻みに震えているほどのショックを受けているシャオマオ。
しかし気丈に、こくりと頷いていた。
ゼピュロスはそっと手を離し、話しはじめる。
「実はこのゼピュロスは、あの野良犬の皮を被った殺人鬼を退治するために、ここにやって来たのさ。これ以上、不幸なレディを増やさないようにね。そして、ボーイを救うために」
「シャオマオを、救うために……?」
「そう。あの殺人鬼は、魔王信奉者なのさ。ツアーと称して、罪なき者を『不死王の国』に連れ込んで、不死王リッチへ生贄として捧げようとしているのさ」
「えっ、その生贄が、もしかして……?」
「そう。今回の生贄に選ばれたのは、ボーイと、ホーリードール家の聖女たちと、ビッグバン・ラヴ……その5人さ。あの殺人鬼はそうやって、多くの人間を手にかけてきたのさ」
「ご、ゴルドくんは、そんなことをする人間じゃないね!」
まだ信じられない様子のシャオマオ。
ゼピュロスは「かわいそうに」とでも言いたげな哀れみを表情を作る。
「いいかい、ボーイ、よく聞くのさ。悪魔というのは人間の絶望をもっとも好むんだ。愛する人に裏切られ、生贄にされた場合、その絶望は頂点に達する……。あの殺人鬼はこのツアーを利用して、レディやボーイたちの好意を集めていたのさ」
「う、うそ……! うそね!」
「そうやって、庇いたくなるほど好きにさせるのが、ヤツの狙いなのさ。冷静になるのさ、ボーイ。このツアーで何か、不自然なことがあったはずなのさ」
そう問われ、しばらく瞳を泳がせたのち、ハッ……! と息を呑むシャオマオ。
「そ……そういえば……! 何度も絶体絶命のピンチがあったのに、ゴルドくんはぜんぶそれを乗り越えてみせたね……!」
ゼピュロスは「やはり」という感じで頷き返す。
それは完全にハッタリで、シャオマオから次のネタを引き出すための演技であった。
「そうだろう。なぜならばそれは、起こったピンチはすべて、あの殺人鬼が仕組んだものだったからさ……!」
「……!!」
さらなる衝撃の真実が、少年の全身を貫いた。
「何よりもそれを裏付けているのが、あの着ぐるみなのさ。あんな重そうなものを着ていて地下迷宮の探索など、できるわけがないのさ。ただ……」
ここでゼピュロスはためを作る。
次の一言を、より印象づけるために。
「起こることをすべて知っていれば、可能なのさ……!」
「うっ……!!」
少年は、今までとは異なる色の動揺を見せた。
『驚き』ばかりであった彼のなかで、『疑惑』がついに鎌首をもたげ始めたのだ。
ゼピュロスは心の中で、しめしめと笑いながら、さらにたたみかける。
「ボーイ、『吊り橋効果』というのを知っているかい? ドキドキを好意と勘違いさせる、汚いやり方さ。あの殺人鬼は、仕込んでおいたピンチでドキドキを演出し、それを乗り越えることによって好感を集めていたのさ」
「そんな……! ゴルドくんが……そんな人……だったなんて……!」
少年は、噛みしめるようにつぶやく。
彼は野良犬のことを信じ続けていたかったが、とうとうそれもできなくなってしまった。
これには、4つの要素が強く作用していた。
1つめは、ゼピュロスが勇者であるということ。
『勇者の言うことはすべて正しい』という大原則が、この世界の根幹にはある。
そしてそれはシャオマオも例外ではなかったのだ。
2つめは、ゼピュロスに対するシャオマオの印象が良かったこと。
まず、姉のマオマオはゼピュロスの大ファンであった。
姉の憧れの人、というイメージがあるうえに、姉と同じく自分の性別を見抜かれてしまったのが効いていた。
「このゼピュロス様という御方は、シャオマオの本当の姿を見てくれたね……!」
と、姉とほぼ同じ感激が、勇者への第一印象を最高に良いものにしていたのだ。
さらに3つめは、ゼピュロスの外道っぷりを知らなかったこと。
もし少しでも、勇者がこのツアーでしてきたことを彼が知っていれば……。
勇者の言葉の説得力はなくなり、彼もゴルドくんを信じ続けていたかもしれない。
そして4つめ……。
それはゴルドくんが、有能すぎたこと。
通常の尖兵であれば、もう10回は死んでいてもおかしくはない危機を、彼は余裕すら感じさせるほどに軽々と乗り越えていた。
それは確かに、仕込みだと疑われてもしょうがないほどに完璧だったのだ。
さらにシャオマオのなかで決定打になったのが、坂道の罠でゴルドくんからかけてもらった言葉。
「シャオマオさん、私は何があっても、あなたを見捨てません。そして絶対にあなたを死なせはしません」
シャオマオはこの時、ゴルドくんに向かってこう叫んでいた。
「ど、どうして!? シャオマオはスラムドッグマートで薬草を買っただけね!? それなのにどうしてそこまで……!」
そう。
薬草を買っただけの客に命をかけるなど、ありえない。
その疑問が皮肉にも、ゼピュロスの『野良犬殺人鬼説』を、少年に信じ込ませる最大の要因となっていたのだ……!
「あの殺人鬼は、顔も心も醜く歪んでいる……。だからこそああやって顔を隠し、卑怯なやり方をしないと、人に好かれないのさ。このゼピュロスと違ってね」
勇者のいけしゃあしゃあとした真実っぷりも、さらに後押ししていた。
しかしシャオマオはまだ、迷っている様子だった。
「でも……あの、あのゴルドくんが……信じられないね……」
不意に、少年の肩がガッと掴まれる。
ハッと顔をあげると、そこには……怒りに震える勇者が……!
「ボーイ、まだわからないのかい……!? ボーイのお姉さんであるマオマオは、全身を滅多刺しにされるという、むごたらしい姿にされたじゃないか!」
ゼピュロスはトドメとして、ついに禁断の領域へと、足を踏み入れたのだ……!
「……どうして、それを!?」
「このゼピュロスは……マオマオを愛していたのさ……!」
「……!!」
もはや言葉を忘れた口を、瞬きを忘れた瞳を、ことさら大きく開くシャオマオ。
顔を伏せたゼピュロスの、長いまつげには……光る雫が浮かんでいた。
「マオマオは、狂人に襲われたかのように……身体じゅうをズタズタにされ、二度と見れない無惨な姿にされた……! あれは魔王信奉者が、生贄を苦しめるやり方なのさ……! このゼピュロスはそれを手がかりに、犯人を捜した……! そしてたどり着いたのが、あの野良犬だったのさ……!」
「……!!!!」
「ヤツはこのツアーの最後に、同行者たちを拷問にかけるのさ……! いままでの好意を利用して、どん底に突き落とし……! たっぷりと、不死王に絶望を捧げるために……! ヤツはその時に、ボーイに明かすつもりだったのさ……! 自分がマオマオを殺した、張本人だと……! そうやってボーイから、極上の絶望を引きだそうとしていたのさ……!!」
……ズガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!!!!
シャオマオは豪雷に打たれたように、ビクーンッ!! と身体をわななかせた。
そしてワナワナと震え始める。
ゼピュロスはガッと彼の身体を抱き寄せ、涙声を振り絞った。
「ボーイ……! 目を覚ますのさ……! そしてゼピュロスといっしょに、戦ってほしいのさ……! 姉弟として、恋人として……! マオマオを愛した者どうし……! 力を合わせて、復讐するのさぁぁぁぁーーーーーーっ!!」
この時、少年は感じていた。
抱きしめられ、合わせた勇者の頬が、震えているのを。
そして、少年は思っていた。
その震えは自分と同じ、怒りや悲しみによるものだと。
しかし、少年は知らなかった。
己の肩に乗せられている、勇者の顔が……。
ハロウィンのカボチャさながらに、ニタァ……! と歪んでいることを……!
ゼピュロスの手に、堕ちてしまったシャオマオ…!
彼はどうなる!?