168 狙われた無垢
「どーすんだよっ!? 勇者様が、あんな着ぐるみのチンドン屋にひれ伏してる姿が、いまこの国じゅうに流れてるんだぞっ!? もう客はドン引きだよっ!」
『不死王の国』は、この国では田舎と呼ばれるトルクルム領、しかも山奥に存在する。
しかしこんな僻地にいても、彼らはハッキリと感じていた。
いまこの国じゅうにあるゴージャスマートでは、勇者の痴態が絶賛公開中。
それを目の当たりにしている女性客たちが、潮のように引いているであろうことを……!
各店舗は大変なパニックになっているであろうことは、容易に想像できた。
しかしどうすることもできない。
ゼピュロスは同行の約束を取り付けるまで、人間に戻るつもりはなさそうだった。
となると、あとはゴルドくんが同行を承諾してくれるのを祈るしかない。
裏方たちは、モニターに向かって拝みはじめる。
「早く、早くあの野良犬が、首を縦に振ってくれますように」
と……!
そうすれば、この悪夢のようなショーも終わる……!
ゴルドくんが何者なのかは謎だが、今までの活躍ぶりから優秀な尖兵であることは明白。
この、歯車をかけ違えてしまったような狂気の地下迷宮から、勇者様を救いだしてくれるであろうと……!
しかし野良犬は無言のまま、足元で転がる勇者を見つめるばかり。
まるで勇者のさらなる醜態を、引きだそうとしているかのように……!
「ああんあんあん! 野良犬しゃま! どうして、どうしてウンと言ってくれないのしゃぁぁぁ~! このゼピュロスは野良犬のしゃまの犬になったのしゃぁぁぁ~! だから野良犬しゃまのためなら、こんな事だって……!」
「あの、ゴルドくんっ!」
突然ふたりの背後から、声がかかる。
ゴルドくんが振り向くと、そこには……廊下から秘密の通路を覗き込む、シャオマオがいた。
「も、もしその人が、あの勇者様の……ライドボーイ・ゼピュロス様なのであれば、一緒につれて行ってあげてほしいね!」
「……それは、なぜですか?」と静かに問い返すゴルドくん。
「シャオマオ、ゼピュロス様を訪ねてこのハールバリーの国に来たね! 『ライクボーイズ』のライブに行って、控え室を訪ねたこともあったね! でも、ボディガードの人に追い返されてしまって……。一度でいいからゼピュロス様とお話がしたかったのね! ……お願だから、この通りね!」
今度はシャオマオが土下座せんばかりに頭を下げはじめる。
気付くとゼピュロスは立ち上がっていた。
それどころか、かっこいい腕組みポーズで壁に寄りかかり、フッとニヒルな表情。
「そこまでお願いされてしまっては、ウンと言わないわけにはいかないのさ。特別に、野良犬の灰色ツアーに花を添えてあげるのさ」
先ほどまでの泣きつきっぷりはどこへやら、完全に上から目線である。
ゴルドくんは悔しがることも残念がることもしない。
いつもと変わらぬ様子で、おどけた顔を縦に振っていた。
「……わかりました。シャオマオさんがそうおっしゃるなら、ゼピュロスさんに同行してもらいましょう」
「ありがとうね、ゴルドくん!」
もうすっかり当たり前のように、ゴルドくんにもふっと飛び込んでいくシャオマオ。
そしておねだりするような上目遣いを向ける。
「それで、あの……。なるべく早く、ゼピュロス様とお話がしたいね。できれば、ふたりっきりで」
「わかりました、それなら今ここでどうぞ。私はみなさんのいる部屋に戻って、後片付けの続きをしていますから」
「あ……ありがとうね、ゴルドくん!」
ゴルドくんは「何かあったら大声を出してくださいね」とだけ言い残して、秘密の通路をあとにした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ゴルドくんが去ったあと、シャオマオは念のために廊下を確認する。
誰もいないことを確かめると、壁に寄りかかった勇者に向かって切り出した。
「……あの、ゼピュロス様……ちょっと、お聞きしたいことがあるね」
勇者は流し目でシャオマオを見つめ、こう返す。
「本来はボーイの言葉など、ゼピュロスにとっては馬の唱える説法のように、右から左なのさ。でも今日だけは特別に、左の耳に栓をしておいてあげるのさ」
持って回った言いっぷりであったが、そんなことよりもシャオマオは『ボーイ』と言われたことに驚いていた。
「ええっ!? シャオマオが男の子だって、なぜわかったのね!?」
「ボーイは食料と排泄物を区別するときに、口に入れてするのかい? ゼピュロスにとってレディとメンズは、それと同じものなのさ」
目をまんまるにするシャオマオ。
その愛らしい顔は、どう見ても女の子そのもの。
今まで少年は、男の子だと見られたことは一度もなかった。
そして彼は姉と同じように、見抜いた勇者に大いなる衝撃と、信頼のようなものを感じてしまう。
「す、すごいね! や、やっぱりあなた様は、ゼピュロス様ね! マオマオを女の子だと見抜いたように、シャオマオの性別も見抜いてみせたね! 話というのは、そのマオマオのことなのね!」
シャオマオは急ききって、勇者に話しはじめる。
姉のマオマオも、ゼピュロス様に女の子扱いされて嬉しくて、ファンになったこと。
そしてゼピュリストになるために、故郷のヘンリーハオチーからハールバリー小国に来たこと。
しかし……何者かの手にかかり、志なかばで倒れてしまったこと。
弟であるシャオマオは、姉の仇を討つために、このハールバリー小国を訪ねたこと……。
熱心に話す少年は、姉のことを思い出しているのか、ときおり言葉を詰まらせていた。
しかし瞳を充血させながらも、なんとか事情を話しきる。
ゼピュロスは小鳥のさえずりに耳を傾けるように、瞼を閉じて聴いていた。
そして……。
心の中で、ほくそ笑んでいた……!
――これは……。
またとないチャンスが転がり込んできたのシャッ!
この、ブタ以下のドブガキを利用すれば……。
ゼピュロスはまた、返り咲けるに違いないのシャァァァ……!
悪徳勇者は壁から離れると、少年の前まで歩いて行く。
そしてしゃがみこんで、目線を合わせて語りかけた。
「ボーイ。キミはゼピュロス以外のメンズにしては、とても立派なのさ。ゼピュロスはボーイの姉君であるマオマオのことも、もちろん知っているのさ。だからこそ、こうやって助けに来たのさ」
「えっ? シャオマオを、助けにきた……?」
キョトン、と目を丸くするシャオマオ。
いま目の前にいる勇者の、スカーフによって隠された口元が、裂けんばかりに歪んでいるとも知らず……!
「あの、ゴルドくんの正体は……とんでもない○○○なのさ……!」
次回、意外な真実が明らかに…!?