164 ふたつの絶体絶命
その時、アリーナにいる千人もの観客たちは観ていた。
この国じゅうにあるゴージャスマートでツアーを視聴している者も含めれば、何十万という女性が……。
女たちに襲われる、着ぐるみマスコットを……!
『ゴルちゃんっ! どうしてママって呼んでくれないのっ!? どうしていっしょにお風呂に入ってくれないのっ!? どうして添い寝させてくれないのっ!? どうしてママのおっぱい、飲んでくれないのぉーーーーっ!?!?』
新人歓迎会で、新人に無理矢理飲ませようとする酔っ払いの先輩のような絡み方をしているリインカーネーション。
ゴルドくんの口に、飲め飲めといわんばかりに胸をねじこんでいる。
『ゴルドっち、チューするっち!』
ガッ、とゴルドくんの頭を掴み、中の人を引きずり出そうとするバーニング・ラヴ。
しかし邪神像に振り回されても大丈夫なそれが、ギャルに抜けるわけがない。
とうとう我慢できなくなり、着ぐるみの上からキスの雨を降らせ始めた。
『ふーん、チュッチュじゃん! んん~っ!』
反対側にはブリザード・ラヴがいて、同じように唇を寄せる。
しかし彼女のほうは巧妙だった。
尖らせた唇を、着ぐるみに空いている視界用の穴に差し込んで、『ん~』とディープキスのようにしている。
とうとうバーニング・ラヴも真似しだして、オッサンは戦慄した。
目の前は完全に塞がれ、しかも眼前にはギャルたちの唇がチュウチュウと迫っていたからだ……!
『シャオマオは男の子ねっ!? それでもいいねっ!? いいのねっ!?』
背後からゴルドくんに飛びつき、子泣きじじいのように離れないシャオマオ。
そして肝心の、牢名主はというと……。
ゴルドくんが助けを求めるように伸ばした手を、ガッと掴み……。
『おじさま! わたしとお手々を繋いでください! ほらほら、ギュッって! ギューッて!』
念願の恋人繋ぎに夢中になっているところだった。
4名の少女と1名の少年は、好き勝手に振る舞っているようであったが、お互いを邪魔しあうことはなかった。
示し合わせたわけでもないのに、一致団結してオッサンを追い込んでいたのだ。
それはさながら、ひとりの男を愛するかのように……!
1対5の、ハーレムっ……!?
アリーナにいた観客たちは、肉林に揉みくちゃにされるゴルドくんを、何度も喉を鳴らしながら見つめていた。
「す……すごい……」
「大聖女様も、もう我慢できなくなっちゃったんだ……」
「あんなバーニング・ラヴちゃん、初めて見た……」
「それよりもブリザード・ラヴちゃんだよ、彼女があんな情熱的なキスをするなんて……」
「いつも物静かなプリムラ様も、あんなに取り乱すことがあるんだ……」
『お……おおーっとぉ!? とうとう野良犬の横暴っぷりに耐えきれなくなった女の子たちが、反旗を翻したじゃぁぁぁぁぁぁーーーーーんっ! 野良犬、ボッコボコじゃぁぁぁぁーーーんっ!! ジャンジャン、バリバリィィィィーーーッ!!』
と、MCが叫んでみたところで、
「何言ってんのよ!? あれがボコボコにされているように見える!?」
「どう見たってラブラブじゃない!」
「みんなゴルドくんが好きになりすぎて、我慢できなくなっちゃたのよ!」
「そりゃそうよ! ここで観ている私だって、ゴルドくんのことが大好きなのに……!」
「うん! 私だったら絶対、ゴルドくんに抱きついて離れないかも!」
「ああん! 私もあそこに行きたーい!」
「このツアーが終わったら、みんなでゴルドくんに抱きつきにいこうよ!」
「さんせーいっ!!」
もはや誤魔化しようもないほどに、客席もゴルドくんに浸食されていた……!
『じゃ……じゃんっ……! の、野良犬のアップは観るに堪えないから、美しき勇者のほうを観る、じゃんっ……!』
そして苦し紛れに切り替わった、勇者サイドでは……。
『やめるのシャッ! やめるのシャァァァァァーーー!! このメスブタどもっ! ブタが人間に歯向かうなんて、許されないのシャァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーッ!!』
それこそ本当に観るに堪えない、ヘタレのアップが……!
8名の女性たちは、一致団結してゼピュロスに立ち向かっていた。
魔導女がマナシールドを張って、聖女が最後の力を振り絞って仲間たちを癒やす。
ファイアーボールを飛ばし、包丁で斬りかかり、麺棒で殴りかかり、皿を投げつける……。
それはいままでゼピュロスに気に入られようと、スキあらば出し抜こうとしていたとは思えないほどの連携であった。
1対8の夫婦喧嘩……!?
いいや、夫婦喧嘩のような生やさしいものではない。
変質者との殺し合いさながら。
アリーナにいた観客たちは、怒号と火の玉、そして調理器具に打ちのめされるゼピュロスを、胸がすくような思いで見つめていた。
「す……すごい……」
「勇者であるゼピュロス様に、立ち向かうだなんて……!」
「あんな女の子たち、初めて見た……」
「ゼピュロス様、女の子にやられちゃってる……! 勇者のくせに……!」
「がんばれーっ! もっとやれーっ!」
『お……おおーっとぉ!? ゼピュロス様への愛情に歯止めがきかなくなったのか、女の子たちが熱烈なラブコールを始めたじゃぁぁぁぁぁぁーーーーーんっ! もうラブラブじゃぁーーーんっ!! ゼピュロス様が、うらやましいじゃぁぁぁぁぁぁーーーんっ!! ジャンジャン、バリバリィィィィーーーッ!!』
と、MCが叫んでみたところで、
「何言ってんのよ!? あれがラブラブに見える!?」
「どう見たってボコボコじゃない!」
「ゼピュロス様のヘタレっぷりに、我慢できなくなっちゃたのよ!」
「そりゃそうよ! ここで観ている私だって、ゼピュロス様のことが大っ嫌いなのに……!」
「うん! 私だったら絶対、唾を吐きかけてたと思う!」
「もうっ! 私もあそこに行って、女の子たちを助けたーい!」
「このツアーが終わったら、みんなであのヘタレに石を投げに行こうよ!」
「さんせーいっ!!」
もはや誤魔化しようもないほどに、客席は勇者ヘイトに満ちていた……!
次回、いよいよゼピュロスが、ある決断を…!