163 ヒロインたちの反乱
アリーナの三面モニターには、殺人鬼たちに追い詰められているような勇者が映っていた。
それはかなりの一大事であったが、気にする者はほとんどいなかった。
なぜならば、観客席は暴動状態に陥っていたから……!
とうとう痺れをきらした勇者サイドの観客たちが、野良犬サイドに向かおうとして、ゼピュリストたちとの小競り合いへと発展。
しかもそれを鎮圧するためにスタッフを投入したものだから、さらに騒動は大きくなってしまったのだ。
「お前たち、勇者様サイドに戻れっ!」
「そうよ! 戻りなさいよ! 勇者様を裏切っていいと思ってるの!?」
「キャア!? 痛い、離して!」
「うるさいっ! 黙って大人しく従えっ!」
「どうして!? どうして暴力を振るうの!?」
「勇者ジャンジャンバリバリ様のお許しがあったから決まってるじゃない! 勇者に逆らうものは、こうよ!」
「痛い痛い痛い! 髪を引っ張らないで! これじゃあゼピュロス様と変わりないじゃない!」
混乱のなか、ひときわ大きな声が、頭上から轟いた。
「……そうよっ!! それが勇者の……そしてゴージャスマートの正体よっ!!」
その勇ましい声に、観客たちが一斉に見上げる。
ステージよりも高い、屋根の上であった。
野良犬の屋台の上には……腰に手を置いて仁王立ちになる、3人の子供たちが……!
「化けの皮が剥がれて、いよいよ力ずくできたわね!」
「のんたちはこの時を、待っていたのん」
「け、ケンカはいけませぇ~ん!」
ゴージャスマートのスタッフのひとりが、彼女たちに向かって叫んだ。
「こ……この時を待っていただと!? いったいお前たちは、何者なんだっ!?」
その問いすらも待っていたかのように、野良犬の覆面をかぶった少女たちは、次々とポーズを決める。
「アタシは、力の一号!」
「のんは、技の二号のん」
「わ、私は……えーっと、う、運の三号ですぅ~!」
「「「我ら、『わんわん騎士団』……! 今ここに、見参っ!!」」」
ビッシィィィィィィィーーーーーーーーン!!
どこからともなく効果音が響く。
「いくわよっ! とーう!」
ジャンプ一番、クルクルと回転。
黄金のツインテールをなびかせながら、カッコよく三点着地をキメる1号。
「とーう、のん」
屋根にかけられた小さな梯子を伝って、普通に降りる2号。
「あわわわっ!? ひゃぁー!?」
バランスを崩して屋根から落ち、どべしゃっ! と地面に大の字に叩きつけられる3号。
1号は棒きれを、2号は魔法で出した鬼火を使って男たちに挑みかかっていく。
「よぉし、私も助太刀するぞっ!」
野良犬マスクも御者席から降り、そのあとに続く。
「あんっ……これでいいのかしら? あはぁんっ!」
もうひとりの野良犬マスクは色っぽい掛け声とともに、屋台に繋がれていた『錆びた風』を解き放っていた。
ヒヒーンッ!!
戦車のような巨馬はいななくと、猛然と男たちに突っ込んでいく。
ちなみに錆びた風は、『魔界の冥馬』とも呼ばれるモンスターである。
相手が人間であれば、たとえ世界最強の一個師団であろうとも、鼻息で全滅させられる程の力がある。
しかし今は、主からきつく言いつけられているので、普通の暴れ馬のように振る舞っていた。
わんわん騎士団たちが参戦し、アリーナはまさに戦場の様相を呈する。
そのキッカケをつくった人物はというと、舞台裏に引っ込んでいた。
「どうしよう!? どうすればいいんじゃん!? こんな暴動が起きるイベントなんて、初めてじゃん!? こ、これがもし上層部にバレたら、降格じゃん!? 降格じゃぁぁぁーーーんっ!?!?」
この期に及んでもなお、自分のことしか考えていないジャンジャンバリバリ。
こうなったらスタッフの誰かに責任をなすりつけて、自分はそれを必死にフォローしていた立場に回るしかない、などと企てていると……。
「じゃ、ジャンジャンバリバリ様っ! 大変です! ゼピュロス様が、ゼピュロス様がツアー同行者に襲われようとしています!」
裏方のひとりから声をかけられた。
モニターを確認してみると、たしかに一触即発の状態のゼピュロスが映っていた。
「な……なんでじゃん!? なんでメスブタどもが、勇者を襲っているじゃん!? 今までは殺される寸前のブタみたいに、ビクビク大人しかったはずなのにじゃん!?」
「わ、わかりません……! 考えられる可能性としては、野良犬側の食材だけに入れたはずの毒物が、ゼピュロス様の食材のほうにも、混入していたのかも……!?」
「ええっ!? 野良犬側の食材に入ってた、『毒』って……」
「はい、精神に作用する毒です! 服用すると怒りっぽくなり、イライラするんです!」
「そうじゃん! それで野良犬たちを仲間割れさせ、醜く争う姿をこの国じゅうに晒す予定だったんじゃん! でもなんでそれが、ゼピュロス様の方に入ってるんじゃん!? 何者かがすり替えたんじゃん!?」
「いいえ、そうではないようです! 現に野良犬側の食材にも入っていたようです! ほら、ご覧下さい!」
スタッフが指で示したワイプには、勇者と同じように追い詰められるゴルドくんが……!
「こ……これはチャンスじゃん! 野良犬が大聖女やビッグバン・ラヴに襲われる姿を見せつけてやれば、みんなの目が醒めるじゃん! 野良犬側に行こうとしていたメスブタどもを、引き留めることができるはずじゃん! よぉし、ワイプを切り替えて、野良犬のピンチをでっかく映すじゃん!」
そう叫んでステージへと飛び出していく、ジャンジャンバリバリ。
『ジャンジャジャーン! 野良犬の醜い正体が、ついに明かされるじゃーん! ジャンジャン、バリバリィィィィーーーッ! みんな、モニターに注目するじゃーーーーんっ!!』
彼の掛け声で、争いはピタリと止んだ。
誰もが掴み合ったまま、顔をあげる。
丘の頂上にある、大きなモニターには……。
女性陣に囲まれ壁際に追い詰められている、絶体絶命の野良犬が……!
ゴルドくんは、彼女たちを見回しながら言った。
「みなさん、トマトを食べてしまったのですか? マザー、あれほど食材には手をつけないでくださいと、言ったはずなのに……」
児童虐待も辞さないほどの、怖ろしい表情に変わったマザーが、ゴルドくんににじり寄りながら答える。
「ゴルちゃん、言ってたわよねぇ……? 『ここにある肉や魚、そして野菜には手を付けないほうがいいでしょう』って……! だから果物は大丈夫だと思って、ママ、デザートにしたのよ……!」
その背後にいたブリザード・ラヴが、シリアルキラーのような冷たい表情で言う。
「マザー……トマトは野菜じゃん……!」
隣のバーニング・ラヴが、火を吹かんばかりに吠えた。
「そんなのもう、どうでもよくなくなくなくなくなくなぁーーーーーいっ!! なんかマジで、ムカつかなくなくなくなくなぁーーーーーいっ!!」
ビッグバン・ラヴを押しのけるように、シャオマオが前に出る。
「何もかもぜんぶ、ゴルドくんのせいね……! もうシャオマオ、我慢の限界ね……!」
怒り心頭の彼女たちの背後には、牢名主のようにテーブルの上に正座したプリムラ。
まるで夫の浮気を知った鬼嫁のような表情。
母の胎内に『怒り』の感情を置き忘れてきたと評されるほどの、温和な少女が初めて見せた感情……。
それは並の男であれば、失禁するほどの怖ろしいものであった。
「おじさま……覚悟はよろしいですか?」
口調だけはいつもと変わらず丁寧だったのが、その不気味さに拍車をかけていた。
次回、ゴルドくん絶体絶命!