表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

272/806

162 レディたちの反乱

 その変化は最初、勇者サイドに訪れた。


 ゼピュロスはフルコースを女たちに作らせたのだが、まず前菜として、8種類のサラダが彼の前に並べられた。

 しかし主賓である勇者は、これをすべて女たちに突き返したのだ。



「色も見た目も、どちらも好みではないのさ。一言でいうなら、過剰……。例えるなら、素肌こそ美しい少女が、厚化粧をしているようなもの……。素材の良さを、自ら殺しているようなものなのさ。しかし気にすることはないのさ、その少女の気持ちは、ゼピュロスを想うがためのこと……気持ちはしっかりと、ここに届いているのさ」



 食卓の上座に座っていたゼピュロスはそう評し、自分の右胸のあたりに手を当てていた。



「そのサラダは、レディたちが食するといいのさ」



 下座では、返されたサラダをむっつりと口に運ぶ女たち。

 そしてこれがキッカケとなった。


 コースの次の料理はスープ。

 ゼピュロスは、並べられた8種類のうち7種類を突き返し、真っ白なジャガイモのスープを選んだ。



「このスープは、まるでこのゼピュロスの肌のように、きめ細やかでなめらかで、穢れない美しさで良いのさ。作ったレディは、ゼピュロスのことをよくわかっているのさ。これぞ、相思相愛というもの。……まずはこれを食前のスープとして頂くのさ」



 勇者はそう評し、スープを口に運ぼうとしたのだが……。

 返されたスープを食べていた、女のひとりが「チッ」と舌打ちした。



「なにがゼピュロスの肌だよ……気持ち悪い厚化粧のクセして……」



 ゼピュロスのスプーンが、一瞬ピタリと止まったが、



「……ああ、どうやら、耳に虫が入ってしまったようなのさ」



 と優雅に受け流す。

 しかし食べようとするたびに舌打ちされたので、結局、スープには口を付けられなかった。


 そんなことが、メニューの度に続いたのだ。

 次は肉料理。



「肉料理は、このホワイトシチューに決めたのさ。しっかりと煮込まれて崩れた野菜、ほろほろになった肉……。今のゼピュロスの気分にピッタリなのさ」



「チッ。なにが今の気分よ……。もうバレてないと思ってるの……? 歯抜けで食べられないから柔らかいものばっかり選んでるクセに……」



「……お、おや? なんだか今日は、虫が多いようなのさ」



 そして魚料理。



「うん、魚料理はぜんぶ合格なのさ。どれもちゃんと骨が抜いてあるようだね。このゼピュロスはレディも魚も、骨抜きのものしか口にしないというのを、よくわかっているのさ。でもこんなには食べられないから、ひと口ずつ……」



 それはゼピュロスなりに、女たちを気遣っての判断であった。

 しかし彼女たちは愛想笑いのひとつもなく、次々と手を伸ばして料理を奪っていった。



「食べられないなら、食べなくて結構ですよ」



「そーそー、私たちがぜんぶ食べますから」



「私たちはゼピュロス様のママじゃないんで、無理して食べなくてもいいんですよぉ」



「しかも共食いになっちゃうじゃないですか、骨なし野郎同士で」



 今までは怯えながらも従っていた女たちが、急に反抗的な態度を取り始めたので、ゼピュロスはうろたえた。



「れ、レディたち……いったい、どうしたのさ? そんな顔をしていては、美しい顔が台無しなのさ」



 しかし、



「別に」


「私たちはどうもしてませんよ?」


「どうかしているのはゼピュロス様のほうじゃないですか」


「それにゼピュロス様のお顔よりマシです」


「そうだよ、この歯抜け」



 と、にべもなかった。


 次は米を使った料理だったのだが、ゼピュロスは半熟卵のリゾットオムライスを選んだ。

 これはリゾットの上にオムレツが載っていて、ナイフで切り分けると、とろーりとした半熟卵が広がるという、見た目にも楽しい料理だった。



「うん、これは実に良いのさ。豪華でありながらも楽しい。高級感がありながらも庶民的。まさにゼピュロスのような、すべてのレディに愛される素晴らしい料理なのさ」



 この料理は、とある聖女が作ったものだった。

 彼女はツアー当選を知ると、愛しの勇者様に食べて頂きたいと、一流シェフの父親と特訓して作った渾身の力作である。


 父親は、彼女にこう教えていた。



「料理というのは、出世や名誉のために作ってはいけない。食べてくれる人の笑顔、それだけを考えて作るものなんだよ。そうすればきっと、食べてくれる人に気持ちが伝わるものなんだ」



 その父の尊い教えと、彼女の純粋な気持ちと努力が実を結んだのか……。

 名もなき聖女はついに、憧れの勇者に見初められたのだ……!


 しかしその少女は、ずっと求めていた笑顔を前にしたというのに、親を殺されて感情を失った子供のように無表情だった。



「ゼピュロス様、その料理には最後の仕上げがあるんです」



 そう言って立ち上がると、ゼピュロスの席の横について跪く。

 手にはケチャップを持っていた。



「ケチャップを使って、卵の上にメッセージを書くのです。私から、ゼピュロス様にふさわしいお言葉をお贈りします」



 一流メイドのようなうやうやしい手つきで、ケチャップの筆を走らせる少女。

 かくして、卵の上に現れたのは……。



 ヘ タ レ



 例の、3文字……!

 しかも、ハートつきっ……!


 少女は急に自我を取り戻したかのように叫んだ。



「お前みたいなヘタレ野郎に食わせる料理なんてないんだよっ! だけどこうやってヘタレになりきるんだったら食わせてやるよっ!」



 一気にまくしたてられ、驚きのあまり固まっているゼピュロス。

 少女は勇者の顔にあった、ヘタレの焼き印とは逆の頬めがけて、ケチャップを絞り出す。


 かくして、勇者(ヘタレ)の顔に現れたのは……。



 ヘ タ レ



 またしても例の、3文字……!

 しかも、ハートつきっ……!


 ゼピュロスは呆然自失としていたが、まわりは胸のすくような快哉をあげていた。



「あはははははははっ! 見て見て、ヘタレだって!」



「しかも3つも! きゃはははははは!」



「あーっはっはっはっ! トリプルヘタレ! トリプルヘタレーっ!」



「でも、まだまだ足りなくない!?」



「そうそう! 私たちもやろう!」



 赤や黄色の調味料ボトルを手に、ゼピュロスのまわりに殺到する女たち。

 誰もが、いじめっ子のようなサディスティックな笑顔を浮かべて……!



「な……なにをするのシャッ!? 勇者にこんなことをして、ただですむと思ってるのシャーーーッ!?」



 振り払うようにして椅子から立ち上がるゼピュロス。

 さすがの(ドメスティック)(バイオレンス)(スケコマシ)も、怒るよりも戸惑いのほうが大きかった。


 なにせ勇者というのは、法的にも世間的にも手厚く守られている存在。

 肩がぶつかっただけで斬り捨ててもよいどころか、悪口だけでもその者を抹消できる。


 なのでほとんどの勇者は、人の悪意というものに晒されたことがない。

 だからこそ、それをされた時のショックは計り知れないのだ。


 ゼピュロスは親に裏切られたかのような表情を浮かべ、椅子を蹴り飛ばすほどの勢いで後ずさる。


 じりじじりと迫ってくる、かつてのファンたち。

 しかし今は獲物を狙う獣のように怖ろしい。


 手の調味料はいつの間にか、魔法触媒の杖や、包丁や麺棒に変わっていた。

 完全に、勇者を攻撃する気マンマンである。



「ど……どうしたのさ……!? なぜ……なぜっ!? レディたち、どうしたのシャァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーッ!?!?」



 困惑と恐怖に満ちた勇者の悲鳴が、この国を揺るがさんばかりに響き渡っていた。

ここから事態は急展開!?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ついに来た・・・! 勇者ガールズ達の感情が爆発する瞬間が・・・!(恐怖) [一言] こんなヘタレ勇者に大事な自信作を振る舞う羽目になった聖女さんには同情を禁じ得ない・・・(泣) ・・・ヘ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ