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05 天使と悪魔

 三姉妹と再会の挨拶をすませたゴルドウルフ。

 その後、客間にて午後のお茶をご馳走になる。


 パインパックは雷が鳴っても離れなさそうだったのと、しかもそのまま眠ってしまったので、ゴルドウルフは抱っこしたまま話を聞いた。



「あのね、ゴルちゃん。いい子のゴルちゃんに、ママからお願いがあるの」



 と、すっかり母親のような口調のリインカーネーション。


 20以上も年下の少女に子供扱いされても、ゴルドウルフは不機嫌な様子もなく「なんでしょうか?」と丁寧に答える。



「このお屋敷で……ママたち三人と、いっしょに暮らしてほしいの」



 しかし次に飛び出した唐突な申し出には、顔に刻まれたシワをさらに深くしていた。

 一瞬言葉に詰まったが、少し考えて意味を理解した彼は、



「……『ゴージャスマート』を解雇されてしまった私の心配をしてくださっているのですね。せっかくのお申し出ではありますが……お断りさせていただきます」



「まあまあ、どうして? ゴルちゃんはママのお願いがきけない、悪い子になっちゃったの?」



 大聖女という立場でありながら、深い森で迷子になった童女のような困り眉を浮かべるリインカーネーション。

 ゴルドウルフは思わず受け入れそうになってしまったが、咳払いをしてその気持を追い払った。



「理由はふたつあります。まず私のような男が聖女の屋敷に存在していては、世間の誤解を受けてしまいます。ひとりの勇者に生涯仕える聖女にとっては、その噂は致命的でしょう」



 「わたしは……!」とリインカーネーションの隣にいたプリムラが、立ち上がらんばかりの勢いで言葉を遮る。

 「わたしは、どなたの勇者様にもお仕えする気はありません! わたしがお仕えしたいのは……!」と叫びだしそうになったが、喉元でこらえた。


 「……もうひとつの理由というのは、何なのですか?」と代わりの言葉を絞り出す。


 ゴルドウルフは紅茶で口を湿らせると、真剣な眼差しでプリムラを射抜いた。

 それはまるで、これから述べる理由のほうが本命であると言前に伝えているかのようであった。



「もうひとつの理由は……私はもう、飼い主は持たないと決めたのです。ですので、この屋敷で使用人として働くことはできないのです」



 すると、リインカーネーションとプリムラは「えっ」とハモる。

 さも意外そうな表情は、姉妹だけあってそっくりだった。



「違うのゴルちゃん」「違うんですおじさま」



 切り出した言葉がぶつかったので、姉は微笑んで「じゃあ、プリムラちゃんのほうから説明してあげて」と妹に譲る。



「あの、おじさま……わたしたちは使用人としてではなく、同居人として、このお屋敷に一緒に住んでいただきたいとお願いしているのです」



 奇妙な表情が、オッサンに伝染(うつ)った。



「同居人……? 下宿ということですか? 住む所であれば、ご心配いただかなくても……。男ひとり、いざとなれば馬小屋でも……」



 『ひとりじゃないよ!』と抗議の声がどこからともなく響いたが、それを認識できたのはゴルドウルフだけだったので、彼は慣れた様子で黙殺した。



「違うんですおじさま、お家賃もいりません」



 ゴルドウルフの頭の中は、ますます混迷を極めた。


 この街でいちばんの聖女一家である『ホーリードール』一族。

 慈愛に満ちた行いと美貌から、多くの勇者たちから引く手あまたの彼女たちが、なぜ自分のような男を、使用人でも下宿人でもなく、ひとつ屋根に住まわせようとしているのか……。


 『煉獄』で幾多の修羅場を智慧(ちえ)でくぐり抜けてきた彼であっても、いくら考えても答えは出てこなかった。


 探していた答えを、プリムラは祈るように、ささやくように紡ぎ出す。

 それは姉妹にとって、説得の最後の切り札でもあった。



「お母様の、遺言なんです……」



「リグラスさんの、遺言?」



「はい。お母様は亡くなる時に、わたしたち三人に書き残していたんです。自分がいなくなったら、おじさま……ゴルドウルフさんを、頼るようにと」



「私に……? なぜ……?」



「お母様はそれだけ、おじさまのことを信頼していたのだと思います。わたしたち姉妹がおじさまのいる『ゴージャスマート』の常連になったのも、お母様の勧めでしたし……」



「たしかに、リグラスさんにはよく贔屓にしていただきました。でも、それだけです。なにかの間違いではないのですか? 頼りにするのであれば、私よりもゴッドスマイルさんのほうが……」



「それも、遺言に書いてありました。自分が亡くなった時点で、ゴッドスマイル様がいろいろお世話をしてくださるだろうけれど、すべてお断りしなさいと」



 プリムラのその言葉を引き継ぐように、リインカーネーションがおっとりと口を開いた。



「お母様が亡くなったその日に、ゴッドスマイル様がお越しになって、ママたちをハーレムに招待してきたの」



御神(ごしん)勇者である、ゴッドスマイルさんが自ら……!?」



 ゴルドウルフにとってはかつてのパーティメンバーとはいえ、御神(ごしん)勇者といえば神に最も近い存在である。

 彼の住まう『ゴッドスマイル神殿』には、ハーレム入りを希望する女性たちで連日長い行列ができているほどなのだ。


 たとえ聖女であっても、よりどりみどりであるはずの人物がわざわざ訪れてまでスカウトするとは、姉妹に対しての熱の入れようが伺える。


 リインカーネーションはひとさし指を顎に当て、子供が思い出すような仕草で当時のことを語った。



「でも、ゴッドスマイル様からの申し出を、ママたちは断ったの。ゴルちゃんと暮らしますから、って。そしたらゴッドスマイル様は、あの駄犬は今頃のたれ死んでるっていうの。そしたら、プリムラちゃんが……」



 話の行く先に不穏なものを感じたのか、プリムラが話のバトンを奪うように割り込んできた。



「あ、あの、お姉ちゃん、もう、そのくらいで……。そんなことよりもおじさま、どうかお願いです、わたしたちと一緒に、暮らしていただけませんか? わたしたちだけではなく、母の最後のお願いを叶えると思って……!」



「ママからもお願い、ゴルちゃん……!」



 姉妹は揃って、ダンボール箱に入れられた子猫のような瞳を向けてくる。

 オッサンはいまだ捨て犬同然であったし、リグラスの遺言の意図もはかりかねていたが、ここまで懇願されては頷くほかなかった。



「……わかりました。では、お世話になります」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 ホーリードールの屋敷には客間がいくつもあったのだが、なぜかゴルドウルフの部屋は三姉妹の部屋のすぐ前に決まった。

 使用人どころか下宿人でもない、完全に家族の部屋のポジションである。


 それどころか、



「おじさま、お夕食の支度ができたそうですよ。食堂まで、いっしょにまいりましょう」



「ゴルちゃん、お夕食、あれだけで足りた? 足りなかったらお夜食を用意するから、いつでも言ってね?」



「ごりゅたん、えほんよんれ!」



「お、おじさま……あの、今夜は、月が綺麗ですよ。い、いっしょに……い、いえ、なんでもありません」



「ゴルちゃん、お風呂が沸いたわよ。ママと一緒に入る?」



「みてみてごりゅたん! ごりゅたんのえ、かいらの!」



「おじさま、おやすみなさい。ゆっくりお休みになってくださいね」



「ゴルちゃん、はい、お夜食。きっと今頃おなかグーペコだろうと思って、ママ、はりきっちゃった」



「ごりゅたん、いっしょにねうー!」



 何かというと姉妹が部屋のドアをノックしてくるので、ゴルドウルフは落ち着かなかった。


 ……そして、次の朝までは一瞬に感じられた。


 メイクしたてのシーツに覆われたベッドは雲のように心地よく、ゴルドウルフはあっという間に意識を手放してしまったのだ。


 『煉獄』では身体を横に倒すことは、自らの意思であろうとなかろうと、棺桶に足を突っ込むのも同義である。

 従ってあの3ヶ月間は……いや、体感的には永遠といえるほど長かったのだが、その間は立ったまま数秒間だけ目を閉じるという仮眠で凌ぎ、生き延びてきた。


 久しぶりの睡眠とも呼べるひと時は、瞬きほどの短さに感じられた。

 ゴルドウルフはカーテンの外から漏れる光と、さえずりに目を細める。


 そして、両腕にある小鳥のような重さに気づいた。


 彼は裸で眠っていたのだが、傷だらけの身体に寄り添うように、ふたりの少女がいたのだ。



「おはようございます、我が君(マイロード)



 左腕に頭を置いていた少女がしっとりと微笑む。

 年の頃はプリムラより下だったが、お嬢様のように優雅で落ち着いた見目は、年上のように感じさせる。


 パールのような瞳と、絹のような肌触りのロングヘア。

 一糸まとわぬ姿だったので、新雪のような白い肌のきめ細やかさが半身に吸い付いてくるのをゴルドウルフは確かに感じていた。



「おっはよー! 我が君(マイロード)!」



 右腕の少女が元気いっぱいに笑う。

 年の頃は左腕の少女と同じくらいだったが、子供のように無邪気で溌剌とした見目は、年下のように感じさせる。


 ブラックオニキスのような瞳と、ボーイッシュなショートヘア。

 彼女も何も身につけていなかったので、褐色の肌の艶やかさが半身に絡みついてくるのをゴルドウルフははっきりと感じていた。


 ふたりの少女は蛇の交尾のようにオッサンの身体にまとわりついていたが、当人は少し面食らっただけで、慌てて飛び起きるなどということもない。



「……ルクプル……いつの間に、外に……」



我が君(マイロード)がとっても気持ち良さそうでしたから、ルクたちもベッドというものに横になってみたくなったのです」



「ちょっとぉ、我が君(マイロード)! プルたちを一緒に呼ぶときは『プルルク』って言ってるのにぃ!?」



「そんなことよりも、ふたりともすぐに戻りなさい。誰かに見られたら……」



「大丈夫ですわ、我が君(マイロード)。すでにこの屋敷の方々には、ご挨拶をすませておきましたので」



「えっ、いつの間に……?」



「うん! 我が君(マイロード)が寝てる間にルクと行ったんだ! 親戚の子だって言ったら、大歓迎だって!」



「でも……よかったですね、我が君(マイロード)。封印される前に煉獄から脱出できたものの、一時はどうなるかと……」



「そーそー! おなかペッコペコで、プル、死んじゃうかと思った!」



「それで、これからいかがされるおつもりですか? やはりあのゴッドスマイルを……」



「それよりもさー! プル、おなかすいた! 朝ゴハンたべよーよ!」



「もう、プルったら……」



 マシンガンの撃ち合いのような、かしましいやりとりがゴルドウルフの前を行き交う。

 いつもはコレが頭の中で起こっているのだが、目の当たりにしてみるとなんだか微笑ましく感じてしまい、思わず頬が緩んでしまった。



「……そうですね。とりあえず、朝食にしましょうか。ゴージャスティス一族のことについては、まだ、気持ちの整理がついていませんから」



「はい我が君(マイロード)!」

「うん我が君(マイロード)!」



 ふたりの少女は真っ先にベッドから飛び出す。

 プルがゴルドウルフを引っ張り起こし、その間にルクがクローゼットから服を取り出す。


 息ピッタリにオッサンのまわりをちょこまかと動きまわり、彼を着替えさせたあと……自分たちも衣服を瞬着した。


 純白のミニドレスのルクと、漆黒のボンテージ半ズボンのプル。

 天使と悪魔の生まれ変わりのような少女たちを引き連れ、ゴルドウルフは自室をあとにした。

次回、いよいよ店を手に入れます…!

そして次々回は、ついに勇者ざまぁ展開…!

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― 新着の感想 ―
[一言] すいません、補足があります。 三姉妹の、オッサンへの熱の入れように遠く及ばないのは、自分の、オッサンへの熱の入れようでございます。 というか、誰も及ぶまい・・・(確信)
[良い点] >私はもう、飼い主は持たないと決めたのです。 ・・・このセリフこそオッサンの・・・金狼に生まれ変わった男のアイデンティティー・・・! このセリフを聞くたびに、それでこそオッサン! という…
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