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159 真・野良犬弁当

 それ(●●)に最初に気付いたのは、グラスパリーンであった。



「隊員3号、アンタなにやってんのよ」



「犬食いしてるのん。なりきるのにも程があるのん」



「ち、違いますぅ! お弁当の匂いを嗅いでたんですぅ! なんだか卵焼きの匂いがしたから……」



「卵焼き? くやしいけど、こっちの弁当には入ってないでしょうが! まったく……気が利かないんだから!」



「卵焼きは敵側の弁当にしか入っていないのん。あんな離れた所にあるオカズの匂いを嗅ぎ取るとは、ついに五感まで犬化したのん」



「ううん、違うんです。たしかにこのお弁当から……」



 もっとよく匂いを嗅ごうと、マスクの切れ目から鼻だけ出して、持ち上げた弁当の淵に乗せるグラスパリーン。

 小鼻がウサギのようにヒクヒク動いている。



「アンタ何やってんのよ」



「こうやって嗅ぐと、匂いがよくわかるんです。プルさんに教えてもらいました」



 説明しながら少しずつ顔を近づけ、弁当に顔を突っ込んでいくグラスパリーン。



「そういえばこの前、腹ペコキャラどうしで、露店の匂いを嗅ぎながらオニギリを食べているのを見たのん」



「み、見てたんですね……。あれは匂いがおかずになるか、プルさんと一緒に試してたんです」



「アンタ本当になにやってんのよ」



「うん! やっぱり、このお弁当からです!」



 と、上げた鼻先にはケチャップが付いていた。

 その少女の確信をバトンのように受け取り、核心に迫ったのは……やはりあの少女であった。



「……もしや、のん……」



 フォークで自分の弁当をかき分ける、ミッドナイトシュガー。



「弁当箱の外見(そとみ)より、底がだいぶ浅いのん」



「それはどういうことよ、隊員2号!?」



 ミッドナイトシュガーは答えるかわりに、赤い頭巾を俯かせ、正座している膝の上に弁当箱を置いた。

 そして箱の淵に指をかけ、引っ張り上げると……。



 ……パカッ!



 入れ物の容器が、蓋のように外れ……。

 宝石箱を開けたかのような輝きが、あふれ出したのだ……!



「ああっ!? こ……これはっ!?」



「ご……ゴルドくんが作ってたメニューと、同じですぅ!?」



 そう……!

 配られた弁当には、マザーの愛情がたっぷり詰まった料理だけではなかったのだ……!


 この日のために用意された、ゴルドウルフ特注の『ゴルドくんお弁当箱』は、底が二重になっていて……。

 その下段には、今まさに地下迷宮(ダンジョン)で振る舞われている、ゴルド飯と同じものが入っていたのだ……!


 ゴルドウルフはツアーの数日前、リインカーネーションに依頼していた。



「ツアーのお弁当を作るのであれば、このお弁当箱を使ってもらえますか? これは量産前のサンプルですが、ツアー当日の早朝に人数分が届きます」



「あらあら、まあまあ! ゴルドちゃんのお弁当箱ね! こんな可愛いお弁当箱だったら、みんな喜ぶわぁ! ママ今回は5人前を作るつもりだから、お弁当箱もそのぶん多くしてもらえるかしら?」



「わかりました、数を5倍にして発注しておきます。それとマザー、もうひとつお願いがあるのですが……」



「なあに? ゴルちゃんのお願いだったら、ママ、なんでも聞いちゃう!」



「弁当のメニューから、卵焼きとサラダを外してほしいのです」



 美味しさと彩り、そして栄養バランスまで考えられたマザーの弁当には、卵焼きもサラダも毎回必ず入っていた。

 しかし今回は敢えて、それを外すよう依頼したのだ。


 なぜかというと……これは、ゴルドウルフなりのヒントであった。

 定番メニューが入っていないことに、疑いを持つ者が現れれば……誰かがきっと、秘密の上げ底の謎を解いてくれるであろうと。


 そしてツアー当日、ホーリードール家の台所に搬入されたのは……。

 下段のほうに秘密のメニューがこっそりと隠されている、ゴルドくん弁当箱……!


 リインカーネーションは何も知らず……。

 その上段に、おかずを詰めたのだ……!


 わざわざ専用の弁当箱まで用意して、隠しメニューを仕込んだ理由はひとつしかない。

 オッサンはこうなることをすべて、予測済み……!


 しかしてその予想は、見事に的中。

 『ゴージャスマート』の妨害を逆利用して、サプライズを届けることに成功したのだ……!


 これぞ、『なりきりゴルドくん スペシャルバージョン』の秘密機能の、番外編にあたる……。


 『ゴルドくんワクワク弁当箱』っ……!


 その見た目にも愛らしい弁当箱をガッついてファンたちは、いったん食べる手を休める。

 わんわん騎士団の真似をして、次々に蓋を持ち上げはじめた。


 すると、あちこちで歓喜の悲鳴が巻き起こる。



「わあっ! 『アーミーバットの卵焼き』だぁーーーっ!」



「うわぁ! 伝映で観たのより、ずっとずっと美味しそう!」



「きれーい! デコレーションケーキみたーい!」



「『メンリオンアームのしゃぶしゃぶ野草サラダ』も素敵! 高級なサラダみたい!」



「お肉がつやつやしてて、すっごく美味しそう……!」



「まさかツアーで出されたご飯と同じものが食べられるだなんて、すごくない!?」



「しかもこうしてモニターを見ながら食べると、大聖女様とビッグバン・ラヴちゃんたちといっしょにお食事している気分になれるわ!」



「ああん、もう最高っ! このツアー観覧に来て、本当に良かったわぁ!」



 もはや誰かさんを観に来たことなどすっかり忘れている、野良犬サイドの観客たち。

 かたや、勇者サイドはというと……。



『そ……そんなの……きっと、美味しくない……はず、じゃん……』



 力なく言い返すだけで、精一杯だった。

 生唾を飲み込んでいるのを悟られないようにするだけで、精一杯だった。


 ……勇者と、野良犬……。

 両者の差は、地下迷宮(ダンジョン)探索という名のツアーが進むにつれ、歴然となっていった。


 それは『ゴージャスマート』側の面々においては、ジェノサイドロアー以外は誰も、予想だにしていなかったことである。


 しかし野良犬の猛威は、それだけにとどまらなかった。


 まるで次元を超越するかのように、モニターから飛び出し……。

 ついには観客席にまで、その格差をもたらし始めたのだ……!

次回、ゴルド弁当に、観客は…!?

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― 新着の感想 ―
[良い点] ・・・これで何度目かになるかもう分かりませんが、何度でも言いましょう・・・。 相手の嫌がらせを逆に利用するこの手腕!! オッサンお見事!! そしてこの仕掛けに気付いた先生もお見事!! 良い…
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