158 野良犬弁当
ホーリードール家の家長である、マザー・リインカーネーション。
彼女は大聖女という、この世界では勇者、王様に次ぐ権力者である。
言ってしまえば、歩くのですら他人任せにしてもよいほどの人物なのであるが、家族にまつわることはすべて自分がやらないと気が済まない性質であった。
本来は多忙であるはずの聖務を、優等生の夏休みの宿題のように午前中でこなし、家事や家族といっしょにいることをなによりも優先する。
そして弁当まで作り、働く家族の元へと届けるのも彼女は買って出ていた。
彼女の作る弁当は、一般的なものと比べると、いつも必ず3倍の量がある。
「バッカじゃないの、こんなに食べられるわけないじゃない。胸も弁当も加減ってもんを知りなさいよ」
「フードファイターになった気分のん」
「残りを持って帰れるので、私はとっても嬉しいです~!」
わんわん騎士団から、2対1の評価を下されても、
「途中でお腹が空いちゃうといけないでしょう?」
いつもニコニコ顔で、重箱をひっさげてくるのだ。
と、そんな何事にもスーパーサイズなママが、数十名のお供を連れて地下迷宮に向かうとなっては、張り切らないわけがない。
彼女はこう言っていた。
「ママ、今日はいつもより早起きして、メイドさんたちと一緒に、たっくさんたっくさんおかずを作ってきたの!」
そう、今回の『不死王の国ツアー』に出かけるにあたり……。
ひとりあたり、5人前の弁当をこしらえていたのだ……!
スラムドッグマートのツアー同行者は30名であったが、バックアップや救護のために、総勢70名近い人員が動員されることとなった。
従って、今回彼女が用意した弁当は……。
なんと、350人前っ……!!
完全に、業者の仕事である。
これは、ある種の奇跡でもあった。
なにせ、野良犬を支持している観客数は、この時329名。
ひとりにひとつ配ったところで、余裕で行き渡る……!
ただの白米を50¥どころか、無料で……!
大聖女の手作り弁当を、振る舞うことができたのだ……!
「んふっ、みなさん、お待たせしました。おいしいおいしいお弁当の差し入れですよ。あはんっ、応援してくださっているので、もちろんお金はいりません」
妙に色っぽい声音をした、もうひとりの野良犬マスクが弁当を配り始める。
野良犬サイドの観客達は、わあっ! と歓声をあげて、屋台の前に詰めかけた。
さて、もうお気づきであろう。
今回の強襲配給作戦は、クーララカとミスミセスの独断であることを。
彼女たちは地下迷宮にいるゴルドくんたちと分断され、別の入り口を探しつつ、遠方からゴージャスマートのステージイベントの様子をうかがっていた。
そして観客席にシャルルンロットたちが紛れ込んでおり、野良犬支持を呼びかけていることに気付く。
兵糧攻めにあっているわんわん騎士団に、なんとかしてこの弁当を届けられれば、さらなる支持者獲得に繋がるはず……。
そう考えたクーララカは、『錆びた風』の馬車を使って会場に乱入する。
そして取り押さえてこようとしたスタッフに、一世一代のハッタリをかました。
野良犬への差し入れを、ジェノサイドロアーからの指示であると錯覚させ……。
見事、潜入工作員たちに物資を送り届けることに、成功したのだ……!
野良犬サイドの観客たちが、渡された弁当を開くと……。
あちこちから歓声が起こった。
三角形のおにぎりに、ひとくちサイズのサンドイッチ……。
ウインナーにからあげ、ミートボールに海老フライ、煮物に焼き魚……それに、いっぱいのフルーツまで……!
「わぁ……! 大きなお弁当箱!」
「蓋にゴルドくんの絵が描いてあるわ! 箱もゴルドくんの顔をかたどってて……うふふ、かわいいーっ!」
「中もすごいよ! 運動会のお弁当みたい!」
「ウインナーはタコさんだし、うさぎさんのリンゴも入ってる! 中身までかわいいだなんて、素敵っ!」
童心に帰ったような観客たちに向かって、馬車の屋根の上に登ったシャルルンロットが音頭を取った。
「よぉーし! じゃあみんなで食べるわよ! せーの!」
「いただきまぁ~す!!!!」
和やかな雰囲気で始まる、野良犬たちの昼食。
かたや勇者サイドは、妬みや嫉み、人間の醜い感情が凝縮したかのようなムードであった。
「なんでお金を払った私たちが、こんなわびしいご飯を食べなきゃいけないの……」
「あっちはあんなに豪華なお弁当を、タダで食べてるっていうのに……」
「やっぱり私も、あっちに行けばよかったなぁ……」
「な……なによあんたたち! 『ゼピュロス様のブロマイドで、白飯3杯はいける』が、私たちゼピュリストの合い言葉だったじゃない!」
「私たち、どうかしてたのよ……あんなヘタレ……勇者様を見ながら、ご飯なんて食べられるわけないじゃない……」
「次の審判があったら、みんなで野良犬のほうに行っちゃおうよ!」
「そうだよね! なんか目が醒めた気分だわ! 考えてみたら、『ゴージャスマート』のやり方って、なんだかおかしいのよ!」
「そうそう! 何かと言えばお金お金だし!」
「おっ、お金は……! 私たちの愛情を、目に見える形で示せるものよ! 多く払ったほうが、よりゼピュロス様を愛しているに決まってるじゃない!」
「だからもう、その愛が無くなったっていうの!」
勇者サイドにいるというのに、うらやましさを隠そうとしない者たちが続出。
紛れ込んでいるスタッフたちは慌て、ジャンジャンバリバリは思い切った。
『じゃ、じゃぁーーーんっ! ここで特別プレゼントじゃーーーんっ! ゼピュロス様のお弁当を買ってくれたみんなに、豪華プレゼントじゃーーーんっ!!』
そして急遽、スタッフたちの仕出し弁当が振る舞われる。
もちろんマザーの弁当に比べれば見劣りするものだったが、そこは狂信者たちの腕の見せ所。
「やったーっ! 箱からして、野良犬の形をした子供っぽいのより、ずっと良いわ! 紙でできてるからかさばらないし!」
「しかも見て! おしぼりが付いてる! それにゼピュロス様のブロマイドまで付いているわ!」
「あっ!? しかもこれ、直筆サインじゃない! ってことは、これはゼピュロス様からのサプライズプレゼントに違いないわ!」
そのサイン入りブロマイドは、急遽用意されたものであった。
捨てられたブロマイドをかき集めて、裏方たちが手分けして、必死になってサインを書き殴ったものである。
「ゼピュロス様の直筆サインなんて、滅多にもらえないのに……! ゼピュロス様は私たちの愛を試していたのよ!」
「そうね! それはお弁当の中身にも現れているわね! 海苔でLOVEって書いてあるなんて! これはきっとゼピュロス様が作ってくださったのよ!」
それも裏方たちが手分けして、必死にのり弁を手でいじくったものである。
「私たちファンのために、700人分ものお弁当を作ってくださるだなんて……! ゼピュロス様はなんて、愛情深いお方なのかしら……!」
さらに狂信者たちは野良犬弁当の違いを目ざとく見つけ、糾弾することも忘れない。
「それに見て! 野良犬の弁当にはない、卵焼きが入っているわ!」
「それだけじゃないわよ! サラダも! サラダもあっちに入ってない!」
「お弁当といえば卵焼きとサラダは欠かせないのに、野良犬はわかってないのねぇ!」
「きっと残飯をあさって作ったから、用意できなかったのよ!」
……さて。
サラダはともかく、卵焼きは弁当の定番メニューのひとつである。
そしてシャルルンロットとミッドナイトシュガーの好物。
それはゴルドウルフはもちろん、マザーやプリムラでも知っている事実。
なのになぜ、野良犬側の弁当には、それが入っていなかったのか……?
その答えは、ただひとつ……!
次回、その理由が明らかに…!